第33話 口説き

 メンバーが二人も離脱、一人は派遣なのにソロで中級者ダンジョン、他の二人はバイトで日銭稼ぎ。必然的に周りの視線が以前より冷たくなっているが、気にしてはいけない。ストレスで変な病気になっても困るからな。

 着実に借金を減らしているんだから、胸を張れ。俺は間違ってないはずだ。


「シャグランさん、厚かましいことは重々承知しているのですが……」


 フレネーゾさんが畏まった態度で話しかけてきた。最初は何事かと思ったが、三度目となれば皆まで言わずとも用件がわかる。


「ええ、わかってます。お出かけですよね?」

「はい……。ご迷惑をおかけします」

「いえいえいえ、貴女のおかげで助かってるわけですし、お安い御用です」


 フレネーゾさんの休息日は俺とお出かけするのが定番となっている。貴重な休日なのだから、少しでも体を休めてほしいというのが本音だ。しかし、本人が休息よりお出かけを優先したいと言っている以上、俺も強くは言えない。

 おそらくだが、フレネーゾさんからしてみれば中級者ダンジョンなど、俺らにとってのスライム狩り程度の感覚なのだろう。


「そういえば、ロトリー姉さんは酒場で働いてるんですよね?」


 姉さん……? そんな呼び方してたんだ。知らなかったな。


「そうですね、厳密にはバーですけど」

「そっちなんですね。確かに大人っぽいロトリー姉さんにお似合いです」


 大人っぽいというか、大人なんだよなぁ。あの人何歳だっけ? 確か初対面の時が二十四歳だから、もうすぐ二十五歳か? 俺の故郷だったら、親から結婚を急かされる時期だな。


「バーは紳士的なお客さんが多いですから、酒場よりは安全かと思いまして」

「シャグランさんの提案なのですか?」

「まあ、そうですね。大衆酒場だと変な冒険者に絡まれてもおかしくないですし」


 そもそも大衆酒場で二度も暴れたしな。美人だから採用してもらえるとは思うが、さすがに気まずいだろ。


「シャグランさんは本当に仲間想いですね」


 そんな羨望の眼差しを向けないでくれ。本当に仲間想いだったら、冒険者の仲間にバイトなんてさせないんだよ。派遣冒険者にソロで中級ダンジョンに潜らせないんだよ。自分のノルマのために、仲間に無理なことを強要する最低な男なんだよ。

 話を逸らしがてら、前々から思ってたことを伝えてみることにした。


「仲間のことを考えてるのは貴女のほうですよ」

「え、私が……ですか?」

「色々と後ろめたさを感じているでしょう?」

「それは……」


 やはりな。いやさ、気持ちは痛いほどわかる。

 狂暴化して雇い主に暴力を振るったり、自傷で瀕死になった挙句、結果論とはいえ仲間を再起不能にしたり、敵を追い回してダンジョンの奥深くまで突っ走った挙句に武器を失い、酒場で大暴れして借金をこさえて、リーダーに何度も何度もメンタルケアを強要して……。いや、改めて罪状書きだすと中々ひでぇなこの銀髪女。


「出会った当初は明るい感じ……快活な女性だったのに、気付いたら大人しくなってるじゃないですか。仲間への申し訳なさから、そういう態度になったのでしょう?」


 ウィークさんに負けず劣らず大きな声だったのに、今は近くにいないと声が届かない。正直たまに聞き取りにくい時があるけど、傷つけてしまいそうなのであえて指摘していない。うん、こういうところでも気を遣わせてくるんだよな。別に不満はないんだけど。


「……ええ。きっと皆さん、内心では私のこ……」

「好いてますよ、安心してください」


 卑屈になりそうな気配を感じたので、先手を打った。この場合、本当に好いているかどうかは重要じゃない。


「無理に明るくしろとまでは言いませんが、そこまで気に病むことはないですよ」

「です……」


 お得意の『ですが』が出そうになったので、またまた先手を打たせてもらう。逆の立場だったら鬱陶しいだろうな。


「フレネーゾさんが損害を出したのは事実ですが、それ以上の利益を出しているのも事実です。ミスを仕事で取り戻してるんですから、その辺の大人よりもよほど大人ですよ」


 そうさ、大人なんて責任を取らないヤツばっかりさ。減給だの懲戒免職だので、責任を取ったつもりになってるけど、責任ってそういうもんじゃないだろ?


「今までに組んだ冒険者さん達は……私を恐れ……軽蔑して……それで……」


 ポツポツと過去のトラウマを語りだす。予想通りすぎて特に驚くことはないが、それを聞いてある予感が走った。

 この大人しいフレネーゾさんって……もしかしたら素なのでは?

 恐れられた過去があるから、無理に明るく振舞っていたんじゃないか? もしそうなら凄い人だよ。俺は性根が腐ってるから、そんなふうに自分を変えることなんてできないよ。


「誰だって欠点の二つや三つあるもんですよ。貴女は一つだけなんですから、誇るべきですよ。その一つの欠点でさえ、補って余りある能力を持ってるんですし」


 俺らなんて欠点しかないんだぜ? 俺とシュリムさんの攻撃魔法は、ゴブリンでさえ一撃で倒せない。素早さに秀でている道化師のロトリーさんは、年齢と胸のせいで鈍足だ。ウィークさんは非力な上にプニプニしてるから鈍いし、リュゼさんのデバフなんか対人でしか使えない。いや、対人でさえろくに使えない。フェーブルさんは、武道家なのに俺より肉弾戦が弱い。チェロットさんは……セラピストとしては優秀かもしれんけど、戦闘においては役に立たん。


「でも、こんないつ暴れるかわからない女なんて」

「酒場はともかく、ダンジョンで暴れるぶんにはいいじゃないですか」


 基本的に仲間は攻撃しないわけだし。

 え? 俺はアレだよ、無理に近づいたからだよ。それにあの時はまだ信頼関係を築けてなかったし。


「……他の皆さんは冒険者を引退したって生きていけますけど、私みたいな戦闘しか取り柄が無い女は……」


 ……生きていけるかな? ロトリーさんとか、冬場に泥酔したまま路地裏で寝て凍死しそうだけど。


「そん時は俺の故郷に来たらいいじゃないですか」

「シャ、シャグランさんの?」

「のんびりした田舎ですからキレるようなことはありませんし、お年寄りばっかですから若い人は歓迎されますよ」


 まあ、俺だったら断るけどな。あんな辺鄙な田舎なんて、生きてる実感が湧かん。

 せめてエッチな店があればなぁ……。本番無しでもいいから、綺麗なお姉さんが尻枕とか……。


「ほ、本当に私でいいんですか?」


 尻枕かぁ。適当に出したワードだけど、これ画期的な……。ん?


「え、ええ。貴女がいいんです」


 なんかフレネーゾさんの反応が少しおかしい気がするけど、流れで返事してしまった。まあ、問題ないでしょう。


「でも私、お料理とかお洗濯とか全然……」

「なんとでもなりますよ、そんなの」


 年寄りにやらせときゃいいじゃん。どうせ金稼ぎは若者がやるんだし、それぐらい年寄りに押し付けてもバチはあたらんだろ。


「……斧を振り回して、こんなボロボロの手なんですよ? 私は……」


 なぜその話をする流れになったのかわからないが、両手を俺に差し出してきた。

 ……こんな小さな手で、斧をブンブン振り回してるのか。よく見ると腕もわりと細いし、不思議だよなぁ。冒険者、特に女性の冒険者って見た目と力が釣り合ってないんだよな。


「一流の手じゃないですか。女性に言うのも失礼かもしれませんが、それは誉れ高いことだと思いますよ」

「っ!」


 ど、どういう感情だ? その顔は。


「それに小さくて可愛いじゃないですか。白いですし」


 地雷を踏んだ気がしたので、サラッと方向を変えた。


「あ、貴方はすぐそうやって……もう……」


 ええっと……? ウィークさんが褒められた時にする動きに似てるけど、これは良コミュニケーションってことでいいんだよな?

 女性の扱いって難しいなぁ。

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