第34話 有用バフ

 順調に金を稼いでいるのだが、相変わらず生活は楽にならない。ウィークさんが暴食しているのを理由に、追加の金を請求してきやがったんだよ。恥を知れ、恥を。

 まあ、まだ払えるレベルだからいいけどさ。


「シャグランさん! シャグランさん! シャグランさーん!」


 うるさっ……。朝からなんだよ、一体。ここ、ギルドのロビーだぞ?

 大声出しながら走ってくるなよ。


「おはようございます。珍しいですね、チェロットさんが大声……」

「覚えました! すんごい魔法覚えました!」


 無視かいな。いや、それよりも魔法だって?

 ……はぁ。前にもこんなことあったけど、その時は確か〝野菜が好きになる〟バフだったっけ? 実用性はあるっちゃあるんだけど、なんで頑なに戦闘向けのバフを覚えないんだろう。


「そうですか……。まあ、コーヒーでも飲んで落ち着い……」

「なんと! こう……おっと、危ない危ない。周りの人に聞かれるところでした」


 ここまで注目集めといて、いまさら何を危惧しているというのか。どうせ聞かれたところで『またしょうもない魔法覚えたらしいぞ』ってバカにされるだけだし。


「一体何を覚えたんです?」


 ここまで興奮してるってことは、それなりに良い魔法なんだろうけど、どうせ戦闘向けじゃないんだろうな。

 仮に戦闘向けでも、この人のバフって気休め程度だし。まあ、メンタル壊れかけた時に助けてもらったから、あんまり強くは言えないんだけど。


「絶対に大きい声出さないでくださいね?」

「はいはい、わかりましたわかりました」


 俺が、いつ大きい声を出したよ。どうせ落胆のため息しか出んて。


「なんと、幸運になる魔法です」

「へぇ、凄いですね」


 大きい声を出すなと釘を刺されたから控えめなリアクションを取った、というわけではない。大して期待していないがゆえのことだ。

 幸運ねぇ。今流行りの血液型占い? とかいうヤツで良い結果が出るとか、どうせそのレベルだろ? あんなの本職じゃない占い師のシノギだろうし、なんの価値もねえって。


「アイテムのドロップが良くなるんですよ」

「へぇ」


 それはまあ、珍しく有用だな。ようやくまともな魔法を覚えるなんて、本当に成長遅いなあ。シュリムさんなんて、二種類の魔法を同時に使えるようになったんだぜ? 天才だよなぁ……。威力が低い上に、燃費が悪くてすぐぶっ倒れるけど。


「リアクション薄すぎませんか?」

「貴女が声を抑えろと……」


 確かに周りに聞かれたら厄介な魔法だよな、これ。もっとも、この人の魔力じゃ気休め程度……おそらく実感できないレベルの補正だろうな。

 大して期待はできないけど、せっかく覚えたわけだし、使いこなす努力だけはしてみよう。それでも役に立たなかったら、チェロットさんも諦めがつくだろう。


「まっ、とりあえず実験しましょうか」

「実験ですか?」

「今まで大量にゴブリン狩ってきたでしょう?」

「そうですね。コメルスさんに同行した時に数千匹は……」


 まあ、俺らが倒したわけじゃないから、狩ったという表現が正しいかどうかは微妙だけどね。


「大まかなドロップ率、内訳は把握してますんで、バフがどれぐらい効果を及ぼすのか試してみましょう」


 効率はさておき、ゴブリン狩りも多少の金にはなるから問題はないはずだ。時間があるならダンジョンに潜りたいところだけど、少しぐらい大丈夫だろう。




 うーむ……。


「どう? もう百匹ぐらい狩ってるわよね?」

「ええ……。魔石は八割ぐらい、上振れしてますね」


 振れ幅がそこまで大きくないから、恩恵を感じにくい。モンスターによっては、かなり稼げるかもしれん。


「爪よりも牙のドロップが多くなってるのもありがたいですね。確かに有用な魔法かもしれません」

「ですよね! ついにやりましたよ!」


 ようやく良い魔法を覚えたのがよほど嬉しいらしく、キャラ崩壊と言えるぐらい大はしゃぎする。可愛いなぁ、もう。

 しかしだな……。


「バフが切れるのが早いのが難点ですね。フレネーゾさんだからこそ、切れる前にたくさん狩れてますけど」


 ゴブリン程度ならいいかもしれんけど、強力なモンスターを狩るとなったら厳しいんじゃないか? ギリギリまで削ってから、バフをかけるという面倒なことをしなければならないだろう。


「じゃあ次は重ね掛けを試してみましょ」

「おっ……さすがシュリムさん。俺も同じこと言おうとしてたんですよ」

「ふふん」


 大して変わらないと思うが、試す価値はある。

 チェロットさんの負担が大きいので、あまり使う機会はないだろうが。


「あっ、じゃあ……複数人同時にかけるってのも試してみませんか? 効果も倍になるかもしれませんよ」

「それは面白い発想ですけど……こういうのってトドメを刺した人に依存するんじゃないですか?」

「それも含めて実験しましょうよ。もしかしたら、一回でも攻撃したら効果を発揮するかもしれませんし……なんだったら、パーティにいるだけで効果を発揮するかもしれませんよ?」


 なるほどな。チェロットさんもたまには良いことを言うな。セオリーを知らないからこそ、こういう発想ができるのかもしれない。研究者程、固定概念に縛られるって言うしな。


「じゃあ色んなパターンを試してみましょうか。魔法力の問題もありますから、日をまたぐことになるでしょうけど」

「ええ、望むところです!」


 よほど嬉しいのか、やる気満々だな。かくいう俺も、少しワクワクしてるけどな。

 上手くいけば、大金を稼げそうな予感がするし。


「さあさあ! 今日の私は疲れ知らずですよぉ!」


 俺も凄い技を身に着けたら、やる気と自信が湧いてくるのかな。精進しないと。

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