第32話 不和

 今日も今日とてダンジョンに潜る日々。

 主戦力のフレネーゾさんが中級ダンジョンに潜っているので、俺ら三人の負担がハンパない。今だって、せっかく冒険を終えたというのに帰る気力が残っておらず、ダンジョンの外で休憩を余儀なくされている。


「いいわね、アイツら。アタシも病気になろうかしら」

「不謹慎ですよ」

「何よ、アンタはジョークも通じないの?」


 いかに仲間内の冗談と言えど、超えちゃいけない一線ってあると思うんだけどな。

 とは言え、シュリムさんの気持ちもわかる。俺らが汗水流してる間、リュゼさんとウィークさんは、俺の故郷であるアウニーで療養してるんだから。

 リュゼさんはともかく、ウィークさんは元気なわけだし、ただの長期休暇だよな。


「あの食いしん坊を養う余裕なんかあんの?」

「余裕がないなんて言わせませんよ。散々金を送ってるんですから」


 入院費と食費の節約がてら、環境を変えることで病気が良くなると期待して二人を故郷に送ったのだが、どうなることやら。

 え? 入院させなくていいのかって? どうせ大した治療してくれないよ、あの病院は。治療方法やら症状やら、追求すればするほどボロが出たし。


「アンタもそろそろ休んだら? アンタまで病気になるわよ」


 そうなんだよな。キャンプできないから、毎日ダンジョンと街を往復して、休日は中級者ダンジョンの入口まで行って、フレネーゾさんに食料を渡すついでに魔石とドロップ品を回収。最後に丸一日休んだのいつだろ?


「回収なんてそんな頻繁にやらなくていいでしょ? フレネーゾなら、多少荷物がかさばっても戦えるわよ」

「エテ公に盗まれる可能性がありますし、それに俺がメンタルケアしないとバーサーカーになる恐れがあります」


 むしろメンタルケアが主目的なんだよな。定期的に抱きしめて頭を撫でる必要があるんだよ。フェーブルさんに代役頼もうとしたら露骨に嫌そうな顔してたし、これからも俺がやらなきゃいけないんだろうな。


「ワープできる魔法が使えればいいんですけどねぇ」

「何言ってんの? あんなのおとぎ話でしょ?」


 シュリムさんはロマンがないな。魔法使いにとっちゃ憧れの魔法だろ? かつての英雄達は皆使えたって言うし。


「使える人が現代にいないってだけで、おとぎ話では……」

「天才と呼ばれる魔法使い達が使えない時点でおとぎ話よ」


 それはそうかもしれんけど、もうちょっと夢を持とうよ。夢が見たいから冒険者になったんじゃないのかよ。


「っていうかアンタんところの故郷……えっと」

「アウニーです」

「そうそう、アウニー。なんのために大金を要求してきてんのよ?」


 俺が聞きてぇよ。金蔓から絞れるだけ絞ってるだけだろ、絶対。


「若者が移住してくるような村にするって言ってましたけど、いくら貢げばいいんだよって話ですよ」


 っていうか、若者が移住する村って何? 何をすれば移住してくんの? どういう村を作るのか、ビジョン見えてんのかな? うん、見えてないだろうなぁ、凡庸な年寄りばっかだし。


「そんなの一級冒険者でも厳しいわよ? まず、街までの道路を舗装するところから始まるもの」

「はえぇ……考えもしなかったですよ」


 それ、国が金出さなきゃ無理じゃない? いくらかかるのか知らんけど、こんな底辺冒険者ごときが捻出できる金額じゃ収まらないだろ。


「特産品とかあんの?」

「……野菜とか」

「終わりよ、その村」


 やめてくれよ、人の故郷に死の宣告をしないでくれよ。俺だって薄々、村はもうダメだって思ってたけど。


「野菜なんて街でも作ってるわよ。よく生計立てられてるわね」

「不思議ですよねぇ」


 街まで作物を運ぶコストを考えたら大した利益にならないと思うんだけど、よく今までやってこられたな。


「一応家具職人とかもいるんですけどね」


 たまに街の雑貨屋で見かけるんだよな、ウチの故郷で作られた小物を。一丁前にそこそこの値段がついてるから、特産品と呼べるかもしれない。


「月々の生産量どんなもんよ?」

「……知らないですけど、一人で手作業ですから大した量は……」

「終わりよ、その村」


 二度目の破滅宣告。反論の余地はないけど、ここまでくるともはや悔しさの欠片もないよ。


「俺以外にも出稼ぎに出てる連中もいるといえばいるんですけど……」

「え? アンタが初の冒険者って聞いたけど?」

「普通の仕事ですよ」


 そういや街に来てから結構経つけど、誰とも会ってないな。まあ、俺は基本的に冒険に出てるか、宿にこもってるかだもんな。


「そんなの自分が食ってくだけで精一杯じゃないの? 仕送りするにしても、手数料取られるんだし」

「徐々に仕送り額が減っていってるみたいですよ。人によっては、三ヶ月に一度しか振り込んでこないらしいですし」


 まあ、当然だよな。生活が苦しいのに、地元の年寄り達を食わせる余裕なんてないよな。働けない年寄りは国がなんとかしてくれよって、常々思うわ。


「ふーん。で、このままじゃヤバいってことで、アンタが人身御供になったわけね」


 間違っちゃいないんだけど、もう少し言葉のチョイスをだな。まあ、仲良くなった証拠だと思うことにしようか。


「実際、現時点でそこそこの大金を納めてるわけですし、アイツら……皆が図に乗る気持ちもわからないわけじゃないですよ」


 どうせ、無駄遣いしても俺がなんとかしてくれるって思ってんだろうな。国も国だよな、俺の了承無しに金を貸し付けやがって。


「ロトリーを故郷に送ったら?」

「なぜです?」


 あの人が行って、なんになると言うんだ? 農作業してるところなんて想像できないんだけど。


「アイツが酒場で働いたら、多少は人が来るんじゃないの?」

「……よそからわざわざ来ますかね? 立地的にもあんまりよろしくないのですが」


 近くにダンジョンがあるわけでもなければ、街と街の間にあるわけでもない。人が来る導線がねえんだよな、そもそもの話。


「いつまで駄弁ってんのよ? 休憩終わったなら、さっさと街に帰るわよ」

「あっ、フェーブルさん……どこに行ってらしたのですか?」

「他の冒険者に回復魔法をかけてもらってたのよ」


 いいな、女性冒険者は。下心ある男共が、無償で回復してくれるんだからさ。


「オマケに魔石まで分けてもらったわ。安い魔石だからいらないってさ」


 凄いな、この人。冒険者なんかやらなくても、食っていけんじゃないの?


「アンタ、体でも売ったの?」

「は? 殴られたいの?」


 なんで喧嘩になるかね。ストレスが溜まってるのはわかるけど、体力を無駄に浪費するのはやめようよ。


「はいはい、ストップストップ」

「フン、わかってるわよ。アタシは大人なんだから」

「そうですね、貴女は立派な淑女です」


 もう慣れたもんだよ、この二人の喧嘩を止めるのも。オフの日は知らんけど、冒険するたびに最低でも一回は喧嘩するし。

 この二人ってそこまで仲悪いイメージなかったんだけど、なんでこうなるかね? もしかして、ウィークさんが離脱したのが影響してる? だとしたら、いや、だとしなくても早く戻ってきてくれないかなぁ。俺もそろそろ限界だよ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る