第29話 赤字

 なんてことだ。せっかくダンジョンに潜ったのに、赤字になっちまったよ。

 ドロップした素材、魔石は運の悪いことに、袋ごとエテ公に盗まれてしまった。しかも脱出の寸前にだぜ? 要するにほぼ全ロスだよ。そこから脱出までにハードスライムを三匹ほど狩ったけど、せいぜい六百クレぐらいだ。冒険始めたての頃ならそこそこの大金だけど、中級ダンジョンでの収入としては最低だよ。

 しっかしあの猿、フンを投げたりアイテムを盗んだり、中々厄介だな。しかもそこそこ強いっていうのがまた……。いや、俺らが弱いだけかもしれんけど。

 え? なんで奪い返さなかったんだって? 下手に追いかけると全滅する恐れがあるから、仕方なく見逃したんだよ。これは収集袋を小分けにしなかった俺の責任に他ならない。なんのために全員に袋を持たせてんだよ。

 収入はたったの六百クレ、言うまでもないが失った武器の分で赤字だ。フレネーゾさんの斧だけでなく、フェーブルさんのタイツ、チェロットさんの杖も失ってしまったので、結構な痛手だ。ついでにいうとポーションも七本程消費したので、計二万クレ程失った計算になる。

 まあ、あの状況で無事に帰れただけでも儲けものと言えば儲けものなんだけど、それでもやっぱり悔しい。あのエテ公、害悪すぎんだろ。


「フェーブルさん、タイツは買いなおさなくても……」


 わずかな金でも節約したいので交渉してみる。一応断っておくが、タイツなんか本来は自腹だよ? でも今回は俺の指示で失ったわけだし、パーティの運営資金から出さざるをえないんだよ。


「い、嫌よ! 今だって恥ずかしいんだから!」


 じゃあスリット入りの服を着なきゃいいじゃん。普通の道着でよくない? そりゃ俺としては足を出してくれたほうが嬉しいけどさ、防御力とか考えたら絶対に道着のほうがいいよな?

 そりゃまあ、いるよ? 可愛さとかカッコ良さで装備を選ぶ人。でもそれって、どんな装備でも戦える上級者がやることなんだよ。

 さらに言うと、ああいうオシャレ装備って案外強いんだよ。コスプレにしか見えないようなウサ耳が、そのへんの兜より強いってザラにあるし。


「チェロットさんも、杖いらなくないですか? どうせ大した魔法……」


 タイツ以上に金がかかるであろう杖代を節約しようとするも、チェロットさんが食い気味に拒否してきた。


「ダメです。杖がないと不安で、ダンジョンなんか潜れません」


 まともな回復魔法を身に着けてから言ってほしいな。リュゼさんみたいになっても困るから、急な覚醒はしてほしくないけど、それにしたって弱すぎる。初期の頃に比べたら遥かにマシだけど、それでも冒険者としては……。

 とりあえず与しやすいほうから説得しよう。タイツなんかあってもなくても戦力に左右しないんだから、押せばいけるはずだ。


「フェーブルさん、お願いですからタイツは諦めてください」

「何よ、そんなに生足がいいの?」


 違うんだよ、お金の問題だよ。ちょ、ウィークさん、痛いって。別に下心なんかないから、脇腹ツンツンやめて。


「タイツでも生足でも、貴女は魅力的ですよ」


 俺も大概クソ野郎だよな。節約のために、こんな心にもないことをペラペラと口にできるんだから。冒険者なんかより、どっかの金持ちの太鼓持ちでもやったほうがいいかもな。


「そ、そこまで情熱的に口説かれたら……まあ、我慢してあげても……」


 口説いたつもりはないが、訂正はしない。せっかく節約……痛いって、ウィークさん。頭こすりつけるのやめてくれよ。マーキングかい?

 適当に撫でとけば機嫌が良くなるんだけど、代わりにフレネーゾさんが不機嫌になるんだよな。取り合うようなもんじゃないと思うんだけど、この二人はなんで……。


「チェロットさんは、しばらくリュゼさんの杖を使ってください」

「いいんですか? 許可を貰わなくても」


 そりゃ貰えるものなら貰いたいさ。でも今は会話さえできないんだぜ? 事後承認しかあるまい。


「すみません……。私が折ってしまったせいで……」


 元々武器ではないので当然の結果なのだが、罪悪感があるらしく申し訳なさそうにしている。怒り狂われるのも困るが、落ち込まれるのも困るんだよな。

 この人はどうも、感情が安定していない。喜怒哀楽がハッキリしてるって言えば聞こえはいいけど、結局のところただの情緒不安定なんだよ。


「あっ、いえ、気にしないでください! 貴女が戦わなきゃ、私達は死んでたわけですし」


 本当はショックだろうに、フレネーゾさんを気遣って必死に取り繕う。本当に良い仲間を持ったな、俺は。


「そうですよ。指示を出したのは俺ですし、貴女が謝る必要はありません」

「ですが……」


 出たよ、お得意の『ですが』が。真面目なのはいいことなんだが、毎回このやり取りをするの中々辛いんだよな。ここでハッキリと『ですがは禁止!』って言えるのが真のリーダーなんだろうけど、俺にはとても無理だ。


「はいはい、そんなことより武器どうすんのよ? チェロットの杖は余裕が出てきてから買うとして、斧はどうすんの? 前と同じヤツを買う余裕はないでしょ?」


 ここでサラッと本題に入れるのがシュリムさんの強味よな。いっそのことリーダー代わってもらうべきか?

 斧かあ……。今まで武器屋に行っても気にも留めなかったけど、相場ってどんなもんなんだろう? フレネーゾさんのバカ力ありきとはいえ、ハードスライムを一刀両断できるってことは、最安値ではないよな? 派遣冒険者への支給品だから、そこまで高価な武器ではないと思うけど。


「あの、別に斧以外でも使えますよ?」


 万能すぎだろ、この人。狂暴化さえなけりゃ、一級冒険者になってたんだろうな。


「まあそれはなんとなく……」


 石の詰まったタイツとか、杖で戦ってたもんな。なんなら素手でも、その辺の武道家よりよっぽど強かったし。


「あっ!」

「どうしました?」


 ウィークさんが何か思いついたらしいので、あまり期待せずに聞いてみた。どうせ食べ物関係のことなんだろうな。お金ないって言ってんのに、コイツは本当に……。


「ほら! 私が前に買ってもらったヤツあるじゃないですか!」

「……ああ、鉄の棒ですね。貴女が全く使いこなせなかった」


 特に理由はないが、皮肉を込めて答えを言ってやった。いや、本当に深い意味はないよ? 試着の段階で使えないことを悟れよとか、使えるように努力しろよとか、言いたいことは山ほどあるけどね。


「なんでウィークさんが木の棒なんか使ってるのか不思議でしたが、それ以外使えないからなんですね」


 俺の皮肉以上に重い一撃をぶち込むフレネーゾさん。悪気がない分、精神的ダメージは大きいだろうな。ほら、目に見えてヘコんでるよ。フレネーゾさんが見てないところで、撫でてあげよう。


「どーせ私なんか、一般人よりも装備が乏しい駄戦士ですよ」


 そんな、堕天使みたいに……。

 っていうか自覚があるなら鍛えてくれよ。武器はセンスが必要かもしれんけど、防具は筋力さえありゃ身に着けられるだろ。未だにバンダナってアンタ……。


「シャグランさんは優秀な戦士が好きなんですよね、どうせ」


 そりゃそうだろ。いや、本人の前で肯定する勇気はないけど。

 かといって下手に擁護する気もない。なぜか知らんけど、フレネーゾさんが落ち込むことになるからな。

 戦士って皆こうなのか? それともポジションが被ってるがゆえのことか?


「はいはい、今日はさっさと休んで、明日は朝から会議よ。これからは、方針をしっかり決めて動かないとダメなんだから」


 この人はまた、俺が言うべきことをサラッと。ダメ元だが、明日の会議で言ってみるか? リーダーを代わってくれって。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る