第30話 食糧難

 なんだかんだでレベルが上がってきたので、初級者ダンジョンで一ヶ月近くキャンプを張ることができるようになった。フレネーゾさんの負担が大きいので、一週間程度で打ち切るようにしているが、いよいよとなったら心を鬼にする必要があるかもしれない。


「シャグランさん……汗が気持ち悪いです」

「はい、ただいま!」


 シュリムさんの水魔法で濡らしたタオルで、フレネーゾさんの体を清める。これがキャンプにおける俺の栄えある任務だ。背中を拭けるなんて、役得だよ。ウィークさんの冷たい視線さえなければ。


「まったく、アタシの魔法を生活魔法にするなんて……」


 ブツブツ言いながらも、炎魔法で焚き火を起こす。おかしいな、冒険を始めてから半年以上経つと思うんだが、未だにこのレベルなのか? いつになったら魔法で敵を一掃してくれるんだ?


「頼りにしてますよ、シュリムさん」


 とりあえずおだてておく。魔法使いとしては屈辱的かもしれないが、この人達相手なら問題ない。

 女性の扱い方は全くわからないが、この人達の扱い方は大分こなれてきたよ。


「ふんっ! 機嫌を取りたいなら、もっと洒落た口説き文句を用意しなさい!」


 ははっ、口ではそう言ってるけど、めっちゃ嬉しそうじゃん。シュリムさんって、嬉しい時に腕を組んで貧乏ゆすりする癖あるだろ? 知ってるんだからな。


「あの、シャグランさん?」


 シュリムさんと会話しているのが気に食わないのか、フレネーゾさんが首だけ振り返りながら凄んできた。これまでの経験からいって、嫉妬で間違いない。


「いつモンスターが湧いてきてもおかしくないんですよ? 早く体を拭いてくださらないと、戦えませんよ? まあ、この辺のモンスターなら私がいなくてもなんとかできると思いますが」


 なんていうかこの人も大概、素直じゃないよな。『私のことに集中して』と言えばいいのに。


「まあまあ、そう言わないでくださいよ。シュリムさんの魔法があってこそのキャンプですし、労いの言葉くらい……」

「そうですね」


 おっ? 納得してく……。


「本契約を結んでいない私よりも、初期メンバーの皆さんのほうが大事ですよね。それ抜きにしても、シュリムさんは私なんぞよりも、愛嬌ありますもんね。ええ、私は男心なんて知りませんけど、それぐらいわかりますよ」


 全然納得してくれてないよ。バーサーカーになられるのも迷惑だけど、メンヘラになられるのも大概迷惑だな。

 さすがに職務放棄はしないだろうけど、かといってこのままにしておくわけにもいかない。こういう時、男は黙って謝罪あるのみだ。

 空気を読んで黙しているシュリムさんにアイコンタクトを取りながら、フレネーゾさんに平謝りした。

 結局、足の裏まで丁寧に拭くことで許してもらうことができた。別に汚いとは思わないけど、一線を越えたような気がする。

 なんだろうね? 背中と足の裏の違いって。やましい気持ちなんて一切ないはずなのに、背徳感が押し寄せてきたぞ


「またフレネーゾさんばっかり……。結局強い子が正義なんですね……」


 ウィークさんがあえてギリギリ聞こえる程度の声量で、呪詛の言葉を投げかけてきた。待遇に差をつけられることに対する不満は理解できるんだけど、事情を知ってるなら我慢してほしいものだ。

 大事な仲間にこんなこと言いたくないが、本当に面倒くさい。

 平等に接してもらうことを望んでいるなら、話は簡単だ。全員を労えばいいだけの話なのだから。

 でもこの人達って、自分が特別扱いされることを望んでるじゃん? 俺の立場から見れば、詰みなんだよな。あっちを立てればこっちが立たずってヤツだよ。




 鉱石を掘りに行くか、それともこのまま狩りを続けるべきか。

 休憩がてら今後の予定を考えていたら、哨戒任務中のフェーブルさんが怪訝そうな顔で話しかけてきた。


「ねえ、ちょっといい? 今回って一週間滞在する予定だったわよね?」

「……? ええ、厳密には一週間前後ですが」


 メンバーのコンディションやドロップ品の集まり具合で多少の変更はあるかもしれないが、長くても十日といったところだろう。

 ポーションが不足してるから、急遽帰還することになるって展開もじゅうぶんにありうる。わりと真剣に新しいヒーラーを……。


「まだ三日目なのに、食料枯渇寸前よ? 絶対一週間ももたないわよ」


 何言ってんだ、この太もも女。いつ何が起きてもいいように、常に三週間分以上の食料を携帯してるってのに。


「何を言い出すかと思……は?」


 念のため確認しようと思い、食料品が詰まっているバッグを持ち上げたのだが、一瞬で違和感に気付いた。

 何この軽さ? 誰か中身を別の場所に移した?


「一応全部のバッグを調べたけど、そのバッグにある食料が全てよ」

「んなアホな……」


 道中で落とした? いや、キャンプを張った段階では、食料がパンパンに詰まっていたはずだ。移動してないのに、落とすはずがない。

 モンスターに盗まれた? いや、このダンジョンにエテ公はいないし、盗むなら普通、バッグごと持っていくだろ。


「シャグランさーん」

「あっ、ウィークさん……。えっと、急ですけど今から帰還……」

「お腹空いたんで、食料貰えます?」


 今まさに食糧難の話題が出たところだってのに、コイツはもう……。

 ……ん? この人、さっき朝食取ったばかりじゃ……。

 っていうか……。


「ウィークさん? その……」

「なんです? そんなに見つめられると、お腹が空いちゃうじゃないですか」


 どういう体の構造してんだよ。いや、それはいいんだけど……。


「言いづらいんですけど……」

「えっ? ま、まさか……そんな、心の準備が……」


 何を勘違いしたのか、赤面しながらモジモジするウィークさん。勘違いの内容はなんとなく察したけど、残念ながら大外れだ。むしろ、真逆の内容とまで言える。


「太りました? お腹ポン……みっ!?」

「さいっ……ていです!」


 待ってくれよ、デリカシー無い発言した俺にも非があるけど、急に頭突きするか? 普通。しかも顔面に……。鼻折れてない? 大丈夫?


「だ、だって、見るからにお腹が……」

「まだ言いますか!」


 ノンデリ発言が止まらない俺に、ビンタで追撃する。うん、めっちゃお腹の肉が揺れたな。明らかに太ったよ、この人。出発前とシルエットが明らかに違うよ。男子三日会わざればなんとやらって言うけど、女性も同じなんだな。もはや別人だよ。

 とりあえずわかったことは、コイツが食糧難の犯人で間違いないってことだ。なんてことをしてくれたのでしょう。

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