第12話 足元ガン見

 土壇場の強運とでもいうべきだろうか。三十分の間に襲ってきたのは、バットとスライムのみ。なんとか無傷で乗り越えることができた。

 しかし、依然としてシュリムさんは目を覚まさないし、僧侶コンビの魔力も大して回復していない。


「シャグランさん……さすがにそろそろ襲われるんじゃ……?」

「……祈るしかないですよ」

「いつかは襲われますし……一か八か脱出したほうがいいんじゃないですか?」


 普段呑気なウィークさんともあろうお方が、随分と焦ってるな。

 彼女の言い分もわかるが……せめて戦闘一回分は切り抜けられるぐらいの体力は欲しい。欲を言うなら、シュリムさんが自分で歩けるようになるまでは……。


「……一匹でウロウロしてるモンスターを探して、闇討ちするって手もありますね」


 上手く行けば、無傷で時間を稼げるだろう。

 ……そんな都合の良い状況、中々ないだろうけど。


「瞑想してるお二人を誰が守るんですか?」

「そうですね……最終手段にしましょう」


 まさに八方塞がりだな。このまま雑魚モンスターだけ来てくれればいいんだけど、割合的に雑魚モンスター少ないんだよね。だからこそダンジョンに潜ったわけだし。


「ロトリーさん……ゴブリンの牙を渡しますんで……戦闘に参加してくださいね」

「嘘よね? ろくに戦闘できない私が、こんなガラクタで戦うの?」

「……やるしかないんですよ」


 無傷のロトリーさんが肉壁になってくれないと、全滅するからな。

 もっとポーション持ってくりゃ良かった。っていうか、最初の戦闘でフェーブルさんがバットに手こずってたせいじゃないのか? 大人しく俺と入れ替わっておけば、増援が来る前に戦闘を……。

 いかんいかん。脳内とはいえ、こんな状況で仲間を責めちゃいけない。全員が命を賭さないと助からない状況なんだから。


「シュリムさん、まだダメそうですか?」

「後十分あれば……起き上がるぐらいなら……」


 あっ、目は覚めてたんだ。ダメ元で話しかけたんだけど。

 ……十分で起き上がれるってことは、歩けるまでは十五分ぐらいか? まともに歩けるレベルって意味じゃ、二十分は欲しいな。

 そこまで凌げれば、さすがに僧侶コンビも魔力回復してるだろ。

 ……その二十分で受けるダメージと回復量、どっちが上なんだろうな。よほどの強運じゃない限り、前者のほうが上な気がする。

 ロトリーさんを肉壁にするとしても、一回の戦闘が限度だよな。




 あれから三十分。ゴブリンとラマネットコンビに襲われたが、なんとか最小限のダメージで切り抜けることができた。

 あの二匹のスピード差に救われたと言っても過言ではないな。

 ゴブリンがラマネットを置いて特攻してきたので、なんとか退けることができた。

 もしアイツらに協調性があったら……間違いなく、全滅寸前まで追い込まれていただろう。


「あの、どなたを回復すれば……?」

「えっと……どれくらい回復できます?」

「私達二人が限界ギリギリまで魔力を使っても、全快は無理。ゴブリンの攻撃が十だとしたら、五ぐらいの回復」


 ……ままならんなぁ。

 一時間待ったのに、そのレベルとは……。


「全員を全快させたいなら、後二十時間ぐらいはかかると思う」

「……フェーブルさんを回復させて、もう少し休みましょう」


 もう終わりかもしれんな、さすがに。

 今のところ徐々に体勢が整ってるけど、運が良くてこれだからな。いつまでもこんな強運が続くとは思えんし、いずれはジリ貧に……。




 もうおしまいだよ、俺ら。

 ロトリーさんはこれ以上、肉壁として使えないだろう。次攻撃を受けたら、自力で歩くことは不可能。当たり所によっては即死だろうな。

 次回の戦闘では僧侶コンビを肉壁にせざるをえないだろう。


「リュゼさん、言いづらいんですけど次の戦闘では……」

「わかってる」


 完全に悟った顔してるな。無表情だけど、なんとなくわかる。

 彼女に限らず、他の皆も内心では死を覚悟しているんだろうな。明るさだけが取り柄のウィークさんでさえ、無口になってるもの。


「ロトリーさん、おぶりましょうか?」

「……いい。戦闘用に体力温存しといて……私はもう……ビンタ一発、放つ力さえ残ってないわ」


 非戦闘員をここまで追い詰めるなんて、申し訳なさすぎる。

 いや……非戦闘員のくせに、それを隠して派遣登録してたロトリーさんも大概なんだけど。むしろ俺が被害者なんだが、知った上で連れまわしてるわけだしな。

 うん、誰が悪いとかそういう話はやめよう。死ぬ時ぐらい、人としての尊厳を保ちたいし……。


「シャグランさん……実は私……戦士向いてないんですよ」


 ……知ってるよ。何を今更……。


「魔法一切使えないし……武道家とか道化師をやっていけるスピードもないし……」


 消去法で戦士選んだの? 決して、そういう選び方をするような職業じゃないと思うんだけど……。


「普通の冒険者として登録すればよかったのでは?」

「派遣の人に言われたんですよ……戦士にしとけば採用してもらえるって」

「そうですか……」


 知ってたけど、派遣って人の心ねえな。

 詐欺まがいの情報で契約取ったところで、お互い不幸になるだけじゃん。自分らの利益しか見えてないんだな。


「怒らないんですか? 普通の戦士を雇っていれば、こんなことには……」

「そんなこと言わないでください。俺はウィークさんと組めて良かったですよ」


 戦力としては今一つでも、精神的には救われたよ。女性の扱い方が全くわからない俺でも、仲良くできてるし。

 そもそもまともな戦士だったら、こんなパーティ速攻で抜けるだろう。


「アタシは? 大した威力もないくせに、すぐに倒れる魔法使いだけど……」


 傲慢なシュリムさんが、そんなことを言うなんて……。

 完全に死期を悟ってるな。はは、最後までブレないでほしかったなぁ。


「……今がどうであれ、貴女が天才なのは間違いないですよ」

「フン……そんなこと言ったって……アタシは落ちないから」


 なんの話だろう。わからないけど、嬉しそうだからいいや。仲間といがみ合わずに死ねるなんて、俺って果報者なのかな。


「シャグラン君……下がって」


 後ろを歩いていたリュゼさんが、急に俺の肩を掴んだ。そういうことをされると、反射的に攻撃しかねないからやめてほしい。


「なんです?」

「前からモンスターの気配。盾になるから、下がって」


 体力に余裕があるからなのか、それとも純粋に耳がいいからなのか。どちらにせよ頼もしいな。

 ……僧侶、それも女の子を盾にするなんて……父さんに知られたら、ぶん殴られるだろうな……。まあ、村のために息子を冒険者にするような父親だし、容赦なく殴り返すけどね?


「私も盾に……魔力を使いすぎて、致命傷を避ける余裕なんてないですけど」

「……なるべく速攻で倒します」




 よ、よく勝てたな……。まさかゴブリン三匹とラマネット一匹、バット二匹がまとめて出てくるとは……。フェーブルさんの急所攻撃が冴えててよかった……。うん、もし生き残ったとしても、フェーブルさんとは絶対に喧嘩しないようにしよう。


「アンタ達……もうヤバくない? アタシ、回復魔法なんて使えないんだけど……」


 うん、相当ヤバいよ。

 シュリムさん以外、後一撃でダウンだろうな。


「シュリムさん……走れます?」

「え……? 無理だけど……」

「それは残念です……貴女だけでも逃げてほしかったんですけど……」


 魔力切れしてなかったとしても、多分無理だろうけど……走れさえすればワンチャン、本当の本当に運が良ければ一人で脱出できた未来も……。


「次そんなこと言ったら、杖で急所をフルスイングするわよ」


 あれ、なんかマジギレしてない? 俺変なこと言った? 年下の女性を慮ったつもりなんだけど……。


「凡人と一緒にしないでくれる? 天才魔法少女が仲間を見捨てるわけないでしょ」


 ……俺って最低だな。心のどこかで仲間を疑っていたっていうか、軽んじてたっていうか……。


「シャグラン君……足音……前から……」


 息も絶え絶えのリュゼさんから、最悪の知らせを受ける。

 ……耳を澄ましてみると、確かに聞こえる。足音と話し声が……。

 え? 話し声?


「あっ、こんちは」

「あれっ!? 死にかけじゃん!」


 た、助かった……他の冒険者に遭遇するなんて……なんて僥倖……。

 一度ならず二度までも、この展開になるとは情けない……。


「うわぁ……お姉さん血まみれじゃん……」


 穏やかそうな青年が、ロトリーさんを見て引き気味に呟く。


「回復……してくれないかしら……?」

「んー……こんなダンジョンのど真ん中で魔力使いたくないしなぁ」


 ダ、ダメか? いくらロトリーさんでも、血まみれじゃ色仕掛けできないのか?


「それにしてもその大人数でボロボロって……一体どんなヘマを……」

「あっ、もしかして噂の派遣ハーレム? そういや大量にゴブリンのドロップ品を売却してたな、この前」

「あー……見覚えあるかも」


 ……こいつら死にかけの冒険者を目の前にして、何を呑気にお喋りなんか……。


「ってことは金あるんでしょ? 六人だから、一万二千クレで回復してあげるけど」


 ……ぼったくりもいいところだな。ウチの僧侶コンビがアレだから感覚狂いがちだけど、普通の僧侶なら簡単に治せる傷だ。まあ、命には代えられんか……。


「街なら三千クレもあれば治してくれるわよ? 足元見すぎじゃないの?」


 ちょ、シュリムさん……余計なことを……。


「こっちだってリスクあるんだよ? ダンジョン内での回復なんだから、ちょっとぐらい色つけてもらわないと」


 相場の四倍以上もふっかけておいて、良く言えたもんだ。

 ……弱者って辛いなぁ。


「ポーションもオマケしてくれるなら、一万二千出しますよ?」


 金を惜しむつもりはないが、シュリムさんに便乗して交渉してみることにした。


「しょうがないなぁ。感謝しなよ?」


 おお……すげぇ勢いで回復していく……。これが普通だって考えると、俺らって本当に弱いんだな。


「で、ポーション一本で帰れるの? もっといるんじゃない?」


 ……恩人相手にこんなこと言いたくないが、とてつもなくクソ野郎だな。


「三つで七千……」

「ダメダメダメ。どんなにオマケしても九千クレだね」


 一・五倍か……想定よりは良心的だが、どっちにしろクソ野郎だ。

 ……もし俺が成り上がったとしても、こんな稼ぎ方はしたくないな。反面教師にさせてもらおう。


「そっちの戦士……えっと、戦士だよね?」


 貧弱すぎる装備ゆえに確信を持てないらしいが、当たりだよ。その人、一応戦士なんですよ。


「わ、私が何か?」

「……キミ次第じゃ、タダでポーションをゆずっ……」

「九千クレ! キャッシュで払います!」


 嫌な予感がしたので、割り込んで金を差し出す。

 それに気を悪くしたのか、クソ野郎はそっぽを向く。


「ポーション一本で帰れば? 初心者ダンジョンだし」


 ……俺のプライドより、皆の命だよな。

 悔しい……悔しいけど、ここは土下座で……。


「シャグランさん?」


 地面に膝をつく俺を見て、ウィークさんが心配そうに声をかけてきた。彼女はきっと、自分が何をさせられかけたのか理解していないのだろう。

 俺もわからんけど……どうせ性的なことだろ。


「シャグラン、行くわよ」

「あだだっ!?」


 地面に頭をこすりつけようとする俺の耳を、シュリムさんが引っ張る。


「シュリムさん……ポーション……」

「うるさい! 本当に杖でカチあげるわよ!」


 ああっ……ポーションを手に入れるチャンスが……生存率が……。

 シュリムさんを振りほどいてでも引き返したいところだが、彼女の横顔……怒りと悔しさが入り混じった表情を見て、何も言えなくなった。

 直情的ではあるが、俺よりもよほど気高いのかもしれない。

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