第11話 満身創痍

 食料、最低限の装備品を用意し、いよいよダンジョンに潜ることにした。本当に長かったなぁ。四ヶ月近くもダンジョンに潜らないパーティ、他に存在する? ソロの駆け出し冒険者でも、最初の一ヶ月で挑戦するらしいぞ?


「アンタ結局ナイフなの?」

「剣の類は使える自信ありませんしね……まあ、前のナイフより十センチ程長いですから、それなりに戦えるかと」


 前のナイフが短すぎたんだよな。刃渡り十五センチって、家庭用なら長すぎるかもしれんけど、戦闘用には短すぎるんだよ。ゴブリンと戦うの死ぬほど怖かったよ。


「その籠手いる? 必要なくない?」


 やけにシュリムさんが突っかかってくるんだが、一体なんなんだよ。装備品買ってもらえなかったから、怒ってるのか? しょうがねえじゃん、どうせ良い杖買っても戦力にならないんだからさ。


「前衛ですし、防具欲しいなって思いまして」

「盾でいいじゃない。ナイフなんだから」

「多分使いこなせないかなぁって」


 俺って本当に無能なんだなって、つくづく思うよ。装備するにしたって、お鍋のフタが限度だもん。

 籠手ならまあ、なんとかなるかな? 危ない時って、勝手に腕が出そうだし。


「シャグランさん、私も籠手のほうが……」


 戦士が木製の盾ぐらいで辛そうにしないでくれよ……。それでも軽装備だぞ?


「それに鉄の棒って……こんな重装備じゃ動けませんよ」

「半分、持ち手側は木製じゃないですか」

「それでも重いですよぉ。こんなの両手武器にしないと……」


 それぐらいの武器は軽々と扱ってくれないと、経験値になったゴブリン達も浮かばれんぞ? 別にアイツらに義理立てする必要はないかもしれんけどさ。


「私だけお揃いね」


 何が嬉しいのかわからんけど、フェーブルさんが仲間に籠手を見せびらかしてる。

 我ながらいいチョイスじゃない? 武道家に籠手って、もしかしたら全職業で一番適切かもしれないぞ。彼女に使いこなせるかどうかは別として。


「ポーション十本以上、それなりの装備。たかが初心者ダンジョンに備えすぎなぐらいだけど、どうします? まだ念には念を入れます?」


 俺的には余裕だが命に関わることだし、一応聞いておかないとな。後で何を言われるかわかったもんじゃない。


「今すぐ潜るに決まってるじゃない。もうスライム狩りは、うんざりよ」


 そっか、そうだよな。シュリムさんじゃなくても、そう言うよな。

 ……別にダンジョンを踏破しようがしまいが、スライム狩りはしなきゃいけないんだけどな。わざわざポーションを定価で買いたくないし。




 町の近くにある名もなき小さなダンジョン。初心者向け……いや、入門者用ダンジョンと言っても差し支えないだろう。

 ゴブリンの生息地よりも街から近く、モンスターも多少強いので効率が良い。本来であれば、駆け出しはここでレベルを上げるのがセオリーだろう。

 ……事実を述べれば述べるほど悲しくなってくるな。


「か……勝てる気がしません」


 そんな入門者用ダンジョンで、ゴブリンに毛が生えた程度のモンスターに弱音を吐く戦士。


「飛ぶなんて卑怯よ! 当たるわけないじゃん!」


 強い弱いで語られることのない鬱陶しいだけの存在、バットに翻弄される武道家。

 そして、もはや見慣れたゴブリンに一方的になぶられる俺。

 これがウチの前衛トリオだぜ? 事実を述べれば述べるほど悲しくなってくるよ。


「フェーブルさん。そっちのコウモリは俺がやりますんで、代わってください」

「嫌よ! あのゴブリン、ナイフ持ってるじゃない!」

「いや、なんのための籠手ですか!」

「アンタも籠手あるじゃん!」


 醜い、なんて醜いんだ。

 モンスター達のほうがよっぽど連携取れてるぞ。


「シャグランさん! どう戦えば!」


 ゴブリンに苦戦してる俺が言うのもなんだけど、ラマネットぐらい自分でなんとかしてくれよ。ただの泥人形だろ? ゴブリンよりも強いらしいけど、スピードがなさそうだし、戦士なら相性いいだろ。


「力で押し切ってくださいよ!」

「そんなこと言われても……」


 おかしい……この四ヶ月で確実にレベルが上がってるはずなのに、明らかにウィークさんの動きが鈍い。いくら彼女が鈍足といえど、あんなクネクネしてるだけの泥人形に手数で押されるか?


「シャグラン! 逃げてばかりじゃなくて、戦いなさいよ!」


 支援しない後衛が何を偉そうに……こん棒を持ったまま機敏に動けるモンスターがナイフ持ってんだぞ? 致命傷を避けるだけで精一杯なんだよ。

 おかしい、俺の脳内シミュレートと全然違う。

 ウィークさんとシュリムさんのコンビでラマネットを倒し、俺はナイフでササッとコウモリ畜生を討伐。で、ゴブリン相手に粘ってるフェーブルさんに加勢。

 余裕だと思ったんだけど、どうも上手くいかない。

 ウィークさんが防戦一方すぎて、シュリムさんが援護に入る余地がまるでない。彼女の腕じゃ、確実にウィークさんを巻き込むだろうからな。

 で、フェーブルさんはゴブリンと対峙することを拒否。ナイフ怖いのわかるけど、スピードとか籠手との相性考えたら、アンタがゴブリンと戦うべきでは……。


「頼むから代わってくださいよ! モタモタしてると敵が増えますって!」

「だ、大丈夫よ! 結構深く潜ったけど、これが初戦闘じゃない!」


 ……そうなんだよな。ダンジョンって元々モンスターが多いし、他の冒険者もあまり立ち入らないから、普通は頻繁に戦闘が起きるんだよ。

 なのに、全くエンカウントしないまま奥深くまで来ちまったんだよな。多分、運が良かったのだろう。

 ……まずくない?

 この戦闘がダンジョンに入ってすぐだったならば、戦闘が終わり次第探索打ち切れるじゃん。でもさ……こんな奥深くで力量不足を悟った場合ってどうなるの?


「しゃ、シャグラン君! 足音が近づいてるわよ!」


 おい、冗談じゃねえぞ。ただでさえ苦戦してるのに、増援なんて来たら終わりだ。

 どうか他の冒険者であってほしい。いや、十中八九他の冒険者だって。道中モンスターに会わなかったってことは、他に冒険者がいるってことだよ。そう考えるのが自然だよ。うん……素足っぽい足音だけど、きっと素足の冒険者だよ。そういう人がいたっていいじゃないか。

 はぁ……。


「ゴブリン二匹追加。逃げることを提案」


 こんな時でもリュゼさんは冷静だなぁ。でもな、逃げたらアンタ死ぬよ? リュゼさんとウィークさんは、絶対逃げきれんと思う。

 俺らにとって幸運だったのは、前から来たってことだろな。挟み撃ちだったら全滅確定だったよ。


「フェーブルさん、あのゴブリン二匹はナイフじゃないですよ」

「……で?」

「お願いします」

「無理に決まってるでしょ!」


 無理でもやってもらわないと困る。バットなんか後衛に任せりゃいいし。


「ウィークさん! いつまでそんな泥人形と遊んでるんですか!」

「だってぇ……装備が重いんですもん!」


 嘘だろ、おい。やけに動きが鈍いと思ったら、そういうことなの?

 まさかとは思うけど……。


「フェーブルさん、やけに手こずってるみたいですけど……もしかして?」

「そうよ……籠手が重くて、思うように動けないのよ」


 ウチのパーティ、さすがにポンコツすぎん? いや、俺も籠手のせいで動きにくいんだけどさ。ついでにいうと、いつもと違うナイフだから戦いにくい。柄の形状が合わないというか、力を入れにくい。

 ハッキリ言うと、装備を新調する前より戦力下がってるよ。


「後衛組も前に出てください! ウィークさんは盾を捨てて、武器を両手持ちにしてください!」

「無茶ですって! 僧侶が前に出て、何になるんですか!」


 ごもっともな意見だが、そんなことを言ってる場合じゃないだろう。


「杖で殴ればいいでしょう! 僧侶コンビでバットと戦って、ロトリーさんと……いぎっ!?」


 よ、よそ見しすぎた……。仲間に指示出してたら、斬られちまったよ。刃渡りが後一センチ長けりゃ、戦闘不能だっただろうな。


「ちょっと、大丈夫なの?」

「俺を気にせず、ウィークさんに加勢してください。一対三はまずいです」


 本当なら節約したいところだが、仕方なくポーションを飲む。今は出し惜しみしている場合ではないのだ。いち早く戦闘を終えねば、挟み撃ちにされて全滅する恐れがある。いや、挟み撃ちじゃなくとも、増援が来たら死ぬだろう。

  頼むぞ、皆。この四ヶ月は決して無駄な時間じゃない。これぐらいのピンチは、乗り越えられるはずだ。




 満身創痍。我々の現状を表すにあたって、これ以上に的確な四字熟語はないと思われる。

 あの後、首の皮一枚で勝利したが、息をつく間もなく新手がやってきたのだ。

 後々のことを考えると僧侶コンビの魔法で回復したかったが、なけなしのポーションで体勢を立て直すことを余儀なくされた。

 シュリムさんが魔法で援護してくれたので、新手もなんとか処理できたが、魔力切れで戦闘不能。

 僧侶コンビの魔法では魔力切れをどうこうできるはずもなく、戦力外のロトリーさんがシュリムさんをおぶることになった。これにより、逃走という選択肢が完全に消え去る。

 その戦闘で負ったダメージは、僧侶コンビの魔法で治癒。当然、全快には至っていない。

 これ以上戦闘がないことを祈りながら引き返すも、五分かそこらでモンスターに行く手を阻まれる。今までがおかしかっただけで、これが普通なのだ。これでもエンカウント率は低いほうだと思われる。

 残るポーションは三つ。引き返すまでに最低でも三回は戦闘があると考えたら、ここでポーションを使うわけにはいかない。

 この戦闘に全てをかけるつもりで、炎魔法を使用した。結果としてダメージは最小限で済んだが、俺の魔力は底を尽きた。後一発撃てば、要介護者の仲間入りだ。

 少し休みたいところだが、一刻も早く帰らなければリスクは高まるばかり。そう考えて引き返した俺らを待ち受けていたのは、大量のモンスター。

 戦闘を避けるために迂回したら、その先にもモンスター。逃げることができず、仕方なく倒したのだが、ついにポーションが枯渇。

 そこからは運良く雑魚しか出てこなかったが、それでも無傷で倒せるほどのポテンシャルがあるはずもなく、着実に消耗していく。


「リュゼさん、回復魔法使えませんか?」

「おんぶしてくれるなら……」


 使えないんだな、うん。


「私も厳しいです……でも、自信がつく魔法を一発撃つぐらいなら……」

「やめてください」


 ポーションと魔法力が枯渇。メンバーの一人が魔力切れでダウン。前衛組も風前の灯。無傷なのは戦闘力皆無の後衛組で、そのうち一人は仲間をおぶっているため戦闘不可。


「あの……現状ヤバくないですか?」


 ウィークさんが泣きそうな声で俺に問いかける。

 ……この人に自信つく魔法撃ってもらうか? この状況で弱気になられたら、全滅不可避なんだけど。


「ゴブリンとラマネットが計二匹出れば、誰か一人が戦闘不能になるかと」


 一応対処策があるといえばある。後衛組が肉壁になってくれれば、前衛組が欠けることなく突破できるはずだ。

 ……要介護者が増えるけどな。

 しょうがない……ここは思い切るか。


「……敵が出ないことを祈って、休憩しますか」

「そ、そんな余裕あるんですか? 早く脱出しないと……」

「三十分。三十分休むことができれば、生存率は上がるはずです」


 三十分あれば、シュリムさんが目を覚ますかもしれない。それに、僧侶コンビも回復魔法一回分ぐらいの魔力は戻るかもしれない。

 リスクとリターンが見合わない気もするけど、生き残るためには分の悪いギャンブルに挑まなきゃいけないだろう。


「動き回るよりエンカウント率も下がりますし、決して悪い賭けじゃありません」


 仲間に有無を言わさず、食料を広げる。

 はぁ……食料より、ポーションに金を使うべきだったな。いや、そもそも装備品を試さずに来たのが間違いなんだよ。

 これぐらいの軽装備、実戦で慣れたらいいやっていう傲慢な考えが、この惨状を招いたのだから……完全に俺の責任だ。


「私も賛成よ……シュリムちゃんは軽いけど、そろそろ限界」


 相当足にきていたのだろう。シュリムさんを地面に置いて、自分も寝転がる。

 ロトリーさん、本当に体力ねえんだな。


「リュゼさん達は瞑想でもして、魔力を回復させてください。貴女達の回復魔法にかかっているんですから」

「こ、こんないつ襲われるかわからない状況で瞑想なんて……」


 ごもっともな意見だが、この休憩の真の目的は魔力回復なのだから、無理にでも瞑想してもらわなきゃ困る。


「俺を信じてください。命がけで守りますから」

「ひゃうっ……」


 チェロットさんの手を握り、出来もしない約束をする。

 守り切れる自信なんて毛頭ないが、ここはこうするしかないだろう。


「私も……手を握ってくれたら、安心して瞑想できる」

「……頼りにしてますよ」


 リュゼさんにも不安って感情があるんだな。無表情だし、あんまり喋らないから無敵の人だとばかり……。


「ウィークさん。荷物を軽くしたいんで、動ける程度に食べちゃってください」

「いいんですか? 節約しないと……」

「……どうせ長期滞在する余裕なんてないですよ」


 本当にバカだよな、五日分の食料を買い込むなんて。自分達の力を過信しすぎた。

 ……俺、このまま死ぬのかな? さっきまでは無我夢中だったから考えてる余裕なかったけど、急に不安が押し寄せてきたぞ。

 帰りたい。俺はなんでダンジョンに挑戦したんだ。時間に余裕があったのに、なんで挑戦したんだ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る