第10話 性の喜び

 キャンプを始めてから半月、コメルスさんの勢いが衰える様子はない。

 いくら格下の雑魚相手とはいえ、よくもまあ体力が持つよな。本職は知らんけど、ウチの僧侶コンビの魔法じゃ疲労までは取れないと思うんだが。


「ねーねー! なんでアタシは街に帰っちゃダメなのよぉ! アイツらばっかり外食して、ズルいんだけど!」


 シュリムさんは本当にワガママだな。僧侶コンビを見習ってくれよ。あの二人は、一度たりとも文句を言ってないんだぞ。ロトリーさんは……なんか楽しそうだな。


「……貴女、あんまり多く運べないじゃないですか」


 あんまり大勢でキャンプ抜けるわけにもいかんし、必然的にあの二人が運搬係になるんだよ。失礼な言い方かもしれんが、今回の依頼内容的にも必要ないし。


「だから何よ! お風呂やベッドが恋しくてたまらないのよ、こっちは!」


 俺だってそうだよ……コメルスさんのことは信じてるけど、女の子を残していくわけにもいかんから、一回も帰ってないんだぜ?


「私みたいな天才魔法使いを雑用に使うのが、そもそもの間違いなのよ。焚火ぐらい手動で起こしなさいよ!」


 別にいいじゃん、魔法で焚火したって。攻撃魔法は攻撃にしか使っちゃダメなんて決まりはないだろ?

 ……? ん?


「ちょっと! どこ見てんのよ! 人の目を見なさいよ!」

「いえ……すみません」


 ……ほんの一瞬だが、コメルスさんの動きに違和感があった。

 ドロップアイテムに見向きもせずに戦い続けてたコメルスさんが、何かを拾い上げたように見える。動きが速すぎてよくわからんかったけど。

 ……特殊ドロップ? 牙や爪以外のドロップアイテムが存在して、それ目当てでゴブリン狩りをしていたんじゃないか?

 だとしたら辻褄が合うぞ。それに今思い返してみると、コメルスさんの口ぶりに違和感があったんだよな。『爪と牙と魔石を全部譲る』って言ってた気がする。うん、ドロップアイテムを全部とは一言も言ってなかったんだよ。

 などと考え込んでいたら、コメルスさんがこちらに駆け寄ってきた。


「シャグっち。ちょっと早いけどゴブリン狩りは打ち切ろうと思うんだ」


 シャグ……なんて? いや、呼び方なんてどうでもいいけど、打ち切るだって?

 やはり、先ほど何かを拾ったのか? お目当ての物が手に入ったから、狩りを中断するのか?


「……まだ半月もありますよね?」

「まーまー、ゴブリンの数も減ってきたし……また一ヶ月後ぐらいにやろうや」

「こちらとしてもじゅうぶんな収入が手に入りましたし、それでいきましょうか」


 ドロップ品については、あえて触れないでおこう。気になるけど俺の見間違いという説もあるし、余計な詮索をして次回の同行ミッションがなくなってもつまらん。




 死ぬほど疲れた……貧乏性だからコメルスさんが倒したゴブリン全てから、ドロップアイテムをかき集めたんだけど、中々骨が折れる作業だった。

 現金にしておよそ十三万、前払い分を差し引いても七万近く残っている。あの人、たった一人で何体倒したんだよ。二千体は軽く超えてるよな?

 それにしても、なぜ他の冒険者から白い目を向けられているのだろう。寄生虫扱いされてんのかな?


「えっと、一回目の更新を終えたばかりですけど、金があるうちに次回分の更新費も払っちゃいましょうか?」


 半年分の余裕が生まれるわけだし、ラストの更新料ぐらい余裕で貯められるはず。

 無駄遣いする前に二回目の更新をするほうが、賢明だと思うのだが……。


「イーヤー! 遊ばせなさいよー!」


 うん、天才魔法少女さんがダダこねだしたよ。遊びたきゃ自分の給料で勝手に遊んでくれよ。冒険で手に入れた金って、全額俺のだからな? おそらく派遣って、そういうもんだろ?


「払っても少しぐらい余りますから……それで……」

「まだ三ヶ月もあるんだから、急いで払う必要ないじゃない!」


 必然性って意味ではないんだろうけど、借金って無くしたいじゃん? 更新前にアタフタしたくないんだよ。ポーション前借り地獄で、借金の精神的辛さが身に染みてるんだよ。


「ご自分の給料で……」

「はぁ? ウィークとフェーブルは、換金したお金で遊んでたじゃないの」

「それは運搬係の役得といいますか……」

「アタシだって毎日毎日、魔法使ってたのよ? 見返りよこしなさいよ!」


 ……契約更新こそが見返りじゃないの? 言っちゃ悪いけど、俺がいなかったら雇用されることないと思うよ?

 若干レベル上がってるから、他の人が契約しようと思ったら高くつくわけだし。


「じゃあ……食事代だけでも……」

「お風呂! お風呂屋さんにも行きたいわ!」


 ……ギルドのお風呂で我慢してくれよ。大差ないって、多分。


「あの、私もお風呂屋さん行きたいです……」


 チェロットさんまでそんなことを……。


「シャグランさん、シャグランさん」


 あ? 取り込み中だってのが見てわからんのか? この受付嬢さんはよぉ。

 いや、こんなところで揉めてる俺らにも非があるけどさ。


「ウチの冒険者を長期間遠征させたわけですし、福利厚生というものをですね……」


 ……それって俺が負担するもんなの? あんまりよくわかってないんだけど。


「そーよ! 実質十五連勤なんだから、アタシが訴えたらアンタ負けるわよ!」


 うぐっ……大した労働してないから意識してなかったけど、言われてみればそうかもしれん。仕事内容って意味じゃ、炎魔法で焚火したり、氷魔法で涼ませたりとしょうもないことばっかなんだけど、拘束時間は凄いもんな。


「年頃の女の子達をトイレも風呂もないところに十五日間拘束。鬼畜の所業ね」


 そこまで言わんでも……冒険者ってそういうもんじゃん?

 まあいっか、金に余裕があるうちに骨休みすることも大事だよな。


「……じゃあ少しだけお小遣いあげますんで……適当に遊んできてください」

「やっりぃ! さすがリーダーね!」


 ……お礼も言わずに金だけ持っていきやがったぞ、あいつ。

 ……俺もちょっと遊んでこようかな。





 どうしてこうなった……。

 ゴブリン討伐組で外食しに行ったわけだが、そこまではいい。問題はそこからだ。

 下品な話だが、キャンプ中は一切性欲処理ができなかった。そんな状態でいかがわしい店に誘われたら、そりゃ行っちゃうよね。お金もあるわけだし。

 俺の地元にあの手の店があるわけもなく、初めての体験というヤツだ。うん、正直最高だった。でも、三十分で二千クレって高すぎだろ……。しかも本番無しって、足元見すぎだぞ?

 二千クレかぁ。俺の仲間達って、割引前の契約費が月四千クレだよな? 半月契約するのと同じ額かぁ。高いなぁ……。

 っていうかどうしよ、俺一人で二千クレも使うってまずいよな。シュリムさん達が行ったお風呂屋さんって、一人四十クレぐらいだよな? 俺が行った高級お風呂屋さんは二千クレだぜ? 俺の金とはいえ、殺されるって。

 ……どうやって埋め合わせする? 財布を握ってるのは俺だけど、大体の所持金は把握されてるよな? なんとかして補填しないと……。

 でもどうする? 深夜に俺だけでスライムとかゴブリンを狩る? いや、死んじまうって。うーむ……。




 お金に余裕ができたので、前みたいにスライム狩りに勤しむ日々を送っている。前借り問題が解決したのに、なぜそんなことをしてるかって?

 初心者用のダンジョンに潜れる程度……いや、挑戦できる程度のレベルには達しているはずだが、ポーションがないと話にならないからな。しばらくは退屈な日々が続くだろう。

 いや、それは別にいいんだ。以前より狩るペースを落としてるし、狩りの時間より休憩時間のほうが長いので、誰も文句を言わない。

 何が問題かって?

 ……快楽が忘れられなかったんです。お金に余裕あるから、後一回ぐらい……安いところなら大丈夫かなって……。

 気付いたら一万クレぐらい溶けてたんだよね。うん……。もう二ケタ回数は言ってる気がするけど、改めて言うよ。

 どうしよう…………。

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