第9話 レベル差
開いた口が塞がらないとは、まさにこのことだろう。
もはや見飽きたゴブリンの生息地に着くや否や、『大荷物で疲れただろ? ゆっくりしてな』と言って、ゴブリン狩りを始めた。
あれだけの荷物を背負ったまま一時間半も歩いて、そのまま暴れられるのも凄いんだけど……暴れ方がヤバいのなんの。
フェーブルさんと同じ徒手空拳なのだが、レベルが違いすぎる。なんていうか、通り魔? ランニングついでにすれ違ったゴブリンを殺してるって感じ。
正直何をやってるのかよくわからん。すれ違った相手の命を奪う能力でも持ってんのかって言いたくなるよ。
……ゴブリンって、あんな軽いジャブとかフックで死ぬんだな。ウィークさんが渾身の力で殴ろうと、俺がナイフでぶっ刺そうと、フェーブルさんが全体重乗せて急所攻撃しようと、決して一撃では死なないゴブリンが……こうもあっさりと。
「ドロップアイテムの回収が……追いつかない……」
リュゼさん、無理するな。アンタ一番体力ないんだから。
おー……魔石用のカバンがもうパンパンになったよ。小さめのカバンとはいえ、こんな簡単に埋まるもんなのか?
「んー? 凄い体術だけど、武道家って感じじゃないのよねぇ」
どの口が言ってるんだろう。評論家ぶってないで、さっさとドロップアイテム回収してほしい。
まだ一時間も経ってないよな? 既に一万クレぐらい稼いでる気がするんだが。
「おーい! シュリムちゃーん!」
ゴブリンをあらかた虐殺し終えたコメルスさんが、手をブンブン振りながらシュリムさんに駆け寄る。
「な、何よっ」
「体が熱くなってきたし、氷魔法お願い」
あー……そういう使い方があったか。頭いいな、二ヶ月もパーティ組んでるのに、思いつかなかったよ。もっとも、思いついても頼む勇気ないけど。
「ふーん……凍え死んでも恨まないでよね」
どっから自信が来るのか知らないが、ドヤ顔で氷魔法を放つ。
おお、最初の頃よりはマシになってる。実戦じゃ絶対に使えないけど、努力してくれたってのが嬉しい。
「生き返るぅ」
うわ、めっちゃ気持ちよさそう。魔法使い的に屈辱だろ、こんなん。
「あんなに強い人でも、動くと熱いんですねぇ」
そりゃそうだろ。強者が汗かかないとか、創作の世界だけだからな?
「そりゃ熱いよ、ウィークちゃん。男は熱くなると、大変なんだよ」
「そうなんですか?」
「垂れさがるんだよねぇ」
何を言ってんだお前は! 女の子相手だぞ!
「……?」
「ウチの子にセクハラしないでください!」
「きゃっ」
これ以上変なことを吹き込まれないように、呆けているウィークさんを抱き寄せ、コメルスさんから引き離す。
「かったいねぇ、シャグラン君は。男だねぇ」
「やめろというに!」
本当にゴブリン虐殺してた男と同一人物なのか?
「しゃ、シャグランさん……ダメです……皆の前でそんな……」
こっちはこっちで、なんか誤解してるし。
「ねぇ! いつまで氷魔法使わせるのよ!」
そしてこの人はこの人でカリカリしてるし。
「ん? ああ、ごめんごめん。じゃあ、もう一狩り行ってきマッスル」
しょうもないダジャレを言い残して、いや、置き土産して、再びゴブリン殺戮マラソンに繰り出す。元気だなぁ、このお兄さん。
「シャグラン、熱いと何が垂れ下がるの?」
「シュリムさんは知らなくていいんですよ」
ゴブリン狩りのキャンプを始めて早三日、俺は深く考えるのをやめた。
なんでって? 心が壊れるからだよ。
修行がてら、例の三人組でゴブリンを何匹か狩ってみたんだが、コメルスさんとの力量差に打ちひしがれそうになったよ。なんなら、ちょっとだけ泣いた。
俺らが一匹倒すころには、二十匹ぐらい倒してんだぜ?
ポーションまで分けてもらって、本当に情けない。俺らってとことんダメなんだなぁ。しかもアレだぜ? コメルスさん、別に武道家じゃないんだぜ? 戦士タイプなのに、素手でゴブリン虐殺してんだから、比較したら心折れるわ。
「コメルスさんのおかげで、容易に一対三に持ち込めてるけど、そろそろめげそう」
「なっさけないわね。私は確実に氷魔法を成長させてるっていうのに」
……冷房係が何を偉そうに。
「そろそろ魔石の換金に行ったほうがよくない?」
確かにそうだな。魔石ならクエストがくるのを待たなくていいし、一人で持ち帰れる量のうちに輸送したほうがいいな。
「じゃあお願いします」
「私? 武道家の私が抜けたら修行できないわよ?」
戦闘で疲れているためか、嫌そうな顔をする。気持ちはわかるけど、フェーブルさんが一番適任なんだよ。力持ちだし、スピードもある。
コメルスさん的には、フェーブルさんがいてもいなくても変わらないってのも大きいな。ロトリーさんとかリュゼさんを帰らせたら不機嫌になりそうだし。
「ついでにお風呂入ってきていいですから、お願いしますよ。なんなら今日一日休んでいいですよ」
「それを先に言ってよ、もう」
現金だなぁ。やっぱり女性にとってお風呂って重要なんだな。かくいう俺もそろそろ入りたいんだが。
「ついでにウィークさんも、爪と牙を持てるだけ持ち帰ってください。百クレぐらいなら、外食に使っていいですから」
「ホントですか!? 言質取りましたからね!」
なんだろう、ウィークさんの口から言質って言葉を聞きたくなかった。純粋無垢な食いしん坊キャラでいてほしい。
「それにしても、どれだけ見ても飽きないわね」
「ええ……とんでもない体術ですよ、あの人」
蹴りが得意だの突きが得意だの、そういう次元じゃない。打撃も投げも絞めも、なんでもござれって感じだ。なんというか、その場のノリで戦ってるように見えるな。
「並の道化師より、よっぽど身軽ね」
……並以下の道化師しか見てないから、今一つピンとこない。
「ねぇ、一ヶ月こもるのよね?」
「そう言ってましたね……街に帰りたいんですか?」
「週一ぐらいで帰れたらそれでいいんだけど……それより、一ヶ月もこのペースで狩ってたら、ゴブリン湧いてこなくなるんじゃない?」
「……だから一ヶ月で打ち切りなんでしょうね」
多分っていうか、間違いなくこの人だろ? 牙とか爪を納品しまくって、クエストこないようにしたの。一ヶ月で効率が落ちるってことを、体感で把握してるんだろ。
「このまま残り半年分も稼げるんじゃない?」
「……六万円分前借りしてますし、後半ペースが落ちるでしょうから、なんとも言えないです。ただ、当面はお金の心配がないかと」
ウィークさん達の報告待ちだな。三日でどれだけ稼げたか。それを把握しないことには、計算のしようがない。まあ、計算なんかしても意味ないんだろうけど。
「我々の命運は、あの人の機嫌をどれだけ取れるかにかかっています。つまり……」
「私の腕……いえ、胸の見せどころね」
「……あの、そこまで体張らなくても……」
おそらくだけど、コメルスさんってちょっとスケベな程度だと思う。弱みにつけこんで、女性を好き放題するようなタイプには見えん。
「シャグラン君、意外と独占欲が強いのね」
「……?」
女性経験がないせいか知らんけど、ちょくちょく会話が嚙み合わないんだよな。年齢の差も関係あんのかな?
「そろそろ携帯食、飽きてきたんだけどー」
「シュリムさん……せっかく用意してもらったんですから、ワガママ言っちゃダメですよ」
「何よー! 今頃アイツら良い物を食べてんのよ? 文句ぐらい出るわよ!」
んー、十四歳ってのを差し引いても子供だよなぁ。同い年のチェロットさんは、比較的おしとやかなのに。
「まーまー、女の子はワガママなぐらいが可愛いよ」
「アンタわかってるわね。シャグランも少しは見習いなさい!」
「……精進します」
女性の扱いが上手いなぁ、コメルスさんは。
しかしまあ、なんのメリットがあんのかね? ドロップ品を全部譲って、おまけに一ヶ月分の食料もコメルスさん持ちって、相当なコストじゃない?
「そういやシャグラン、お前さんは戦い方がなってないぞ」
「え? 見てたんですか? あんなに暴れながら、俺らのほうを」
「まあ、脳死でできる作業みたいなもんだし」
すげぇな、一流冒険者って。俺は未だに脳みそをフル回転させてるよ。
「ナイフ使ってんだろ? だったらもう少し蹴り技を磨かねえと」
「はぁ……そういうもんですかね?」
難しいことをサラッと言ってくれるな。チンピラが安易に蹴り技を使うけど、実は蹴りって、素人が使う技じゃないんだよな。
「フェーブルちゃんも酷いな。武道家ってことを考えると、なおのこと酷い」
それは全面的に同意だ。マシになってきてはいるけど、基礎が全くできてないから成長も遅いんだよな。
「無駄にジャンプする癖は、絶対に直したほうが良いな。技術は自然と身につくと思うから、まずはそこだね」
ほえぇ、参考になるな。本職じゃないはずなのに、よくご存じで。
「それだけの実力を持ちながら、どうしてゴブリン狩りをしてるのかしら?」
あっ、このバカ道化師。むやみに詮索するなって。
「……水浴びしてくるから見張り頼むわ。覗いてもいいぜ」
「……行ってらっしゃいませ」
ほら、やっぱ聞かれたくないんだよ。
まともな冒険者じゃなくて、俺らみたいな烏合の衆に声かけるぐらいだし、並々ならぬ理由があるんだよ。二十四歳ならそれぐらい察してほしいな。
「さてと……」
「ん? ロトリーさん? どこに行くんです?」
「覗きに決まってるじゃない。ああいうチャラチャラした男に限って、可愛いサイズだったりするのよ」
…………やっぱ契約切るべきかな。
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