第8話 同行依頼

 一度倒れただけなのに、バイトをクビになった件について。

 多めに報酬を払うから二度と来るなだってさ。はは、これからどうしよう。

 ……俺っていつも〝どうしよう〟って言ってるな。


「薬師さん……ポーションを……」

「既に六十本前借りしてるくせに、何を言ってるのかねぇ」


 返す言葉もないとはこのことか。

 なぜかロトリーさんがやる気を出してくれたので、それなりのペースで返済しているものの、まだまだ足りない。

 かといって、ゴブリン狩りを怠るわけにはいかないんだよ。


「もう少しレベルが上がれば、二対三でも勝てるんですよ」

「三って……貴方達が三だろう? 普通は逆でも勝てるんだよねぇ」

「い、いつかそのレベルまで……」

「……そもそもゴブリンなんか狩っても金にならんだろ?」


 それはそうなんだけど……でも俺らのレベルを考えたら、それしかないんだよ。

 スライムは魔石を落とさないから、確定ドロップの体液で二クレ。湧く頻度を考えると、この周辺で粘ったところで一日五百クレが限度だろう。いや、その五百でさえ上振れだよ。

 ゴブリンなら一体につき、五十クレから六十五クレぐらい。頑張れば一日で五千ぐらいは稼げるはずだ。


「ともかくだ。せめて三十本分返してから、次のポーションをねだりな」

「か、必ず返しますから……」

「今返せと言ってるんだよ。ほら、さっさと狩ってきな」

「ちょっ……」


 くそっ……追い出されちまった。いや、わかってる。二万二千クレの担保で六十本前借りってのは、だいぶ良心的だ。責めちゃいけない。

 とは言ったものの、どうする?

 僧侶コンビを連れて行って、回復役に回すか? 雀の涙レベルの回復量だけど、一匹ずつならゴブリン二匹ぐらいは……。

 えっと、早朝から昼までロトリーさんとシュリムさんにスライムを狩ってもらい、回復役を終えて一足先に帰還した僧侶コンビに引き継いでもらって……で、ゴブリン狩りを終えた俺ら三人が引き継いで……。

 うん、絶対に破綻するな。まず回復魔法で疲労した僧侶コンビを護衛なしで帰らせたくない。とりあえずクエスト確認いくか……。




「あの、まだこないんですか? ゴブリンの爪とか牙の納品クエスト……」

「定期的に大量納品する冒険者さんがいらっしゃいますからねぇ。在庫が有り余っていて、むしろ困ってるぐらいです」


 な、なんてはた迷惑なヤツだ。クエストで納品するのと単純に売却するのじゃ、五倍以上は差があるんだぞ。駆け出しイジメやめろよ。


「キミかぁ、最近ゴブリン狩ってる冒険者って」


 あ? 誰だ、このお兄さんは。陰口叩く冒険者は腐るほどいるが、直接絡んでくるヤツは久々だな。


「草刈りスライム虐待ハーレム少年がゴブリン狩りとは、だいぶ成長したな」


 なんて? 長すぎて聞き取れなかったけど、とんでもない侮辱を受けた気がするんだが? なんだこいつ、やんのか? いや、万に一つも勝てないだろうけど。


「ちょうど話したかったんだよ。良い店知ってるから、飯でも食わん?」


 これが噂のナンパか? 今は俺一人なんだが、まさかそっちの気があるのか? それとも、俺と近づくことでロトリーさん達を狙う作戦じゃ……。


「零細冒険者ですんで……飼料……いや、ギルドの賄いしか食べません」


 小粋なジョークのつもりだったが、受付嬢さんが睨みつけてきた。なんだよ、事実じゃねえかよ。あんな生命維持だけが目的の飯、賄いなんて呼べる代物じゃねえよ。


「奢りだって。いいから来なよ」

「俺は更新料を稼ぐので忙しいんですよ。後一ヶ月かそこらで六万ほど稼がなきゃいけないんで」


 担保が戻ってこない前提での話ね。戻ってきたら四万足らずだが、本当に間に合うのかね?


「へぇ、つまり六万あればキミの一ヶ月を買えるんだね?」

「え? ま、まあ……なんか引っかかる言い方ですけど」


 なんなんだよ、この兄さん。口調からして胡散臭いが、新手の詐欺師か?


「ほら、これで更新済ませるといい」


 ……!? え……? マジ? この人、マジ?

 こんな大金をしれっと……。え、本当にくれんの? マジ?


「か、駆け出しの冒険者ですよ? 俺に何をさせようと……」

「それを話そうと思って食事に誘ってるんだけどねぇ」

「ご相伴にあずかります!」




 突然話しかけてきて、突然大金を出した怪しいお兄さん。彼の名は〝コメルス〟というらしい。良く言えば馴染みやすい人、悪く言えば軽薄そうな人だ。

 その軽薄そうな人に連れられた店が、これまたなんというか……居心地が悪い。


「食べないのかい?」

「えっと……どう食べていいかわかりません……」


 何この豪華な食事は? テーブルマナーとかわかんねぇよ! 田舎者だもん! 都会に来てからそこそこ経つけど、こんなまともな飯食ったことねえもん!


「大衆食堂と変わらないし、好きに食べたらいいさ」


 嘘やん? 店の内装、調度品からして大衆食堂の域を超えてるんだが?

 これ本当に肉だよな? ギルドの賄いで出てくる肉とは、匂いからして違うぞ。


「本題に入るけど、ここ最近キミのパーティはゴブリンのドロップアイテムを売却してるね?」

「ええ。普通のパーティなら、とっくの昔に次の段階へ進んでるんでしょうけど」


 やっぱ目立つよなぁ。七人パーティを組んで二ヶ月経つのに、いつまでも薬草だのスライムだのゴブリンだの、低級の素材集めしてるんだもの。そりゃあ目立つ。


「一匹狩るのに手間取るレベルなのに、百匹近くは倒してるみたいじゃないか」


 詳細までご存じとは……俺らが悪目立ちしすぎてるのか、はたまたこの成金お兄さんが情報通なのか。


「……ええ」

「それは……レベル上げのためかい?」

「そりゃまあ……お金集めとレベル上げを同時にこなそうと思ったら、スライムじゃ無理がありますし」


 ポーションの前借りを考えると、非効率的なんだろうな。でもしょうがないじゃん。クソ雑魚パーティだもん。


「つまりゴブリンの牙とか爪が欲しいというより、お金が必要なんだね?」

「ええ……後はレベルとか戦闘経験を……」

「ふむふむ……」


 聞きたいことをあらかた聞き出し終えたのか、考え込む素振りを見せる。俺の直感だが、初めから提案内容を決めた上で考えるフリをしているように見える。

 まあ、流れ的に悪い話ではなさそうだから、野暮なことは言わんけど。


「じゃあさ、魔石と牙、爪を譲るから、同行してくれないかな? 俺もゴブリン狩りやってんだけど」


 ……? は? その三つを俺に譲ったら、このお兄さんには何が残るんだ?

 金回りの良さや立派な装備を見るに、それなりに優れた冒険者だと思うんだが……なんでゴブリン狩りよ? 経験値効率がいいとは、とても思えないのだが。


「えっと、折半ってことですか?」

「ん……? いや、全部譲るよ。あんなの金の足しにもならんし」


 い、言ってみてぇ……そのセリフ俺も言ってみてぇ。

 ……どうする? いや、同行させてもらうのは確定してるんだけど、目的を聞くべきか? ここまで旨すぎると逆に怪しいが、下手に詮索すると依頼そのものが消える可能性がある。


「ええと、同行するのはいいんですけども……俺ら、弱いですよ?」

「知ってるとも。別に戦力なんて求めてないさ」


 ありがたいような、情けないような。


「一ヶ月ほど張り込みをしようと思ってるんだ」

「い、一ヶ月? 街に戻らずにですか?」

「ああ、往復の時間がもったいないしね」


 狂人か? 張り込むって、ゴブリンの生息地辺りでキャンプするってことだろ? 嫌なんだけど?


「睡眠や排泄の時に見張ってくれる役が欲しくてね」

「あー……いくら雑魚モンスター相手でも、そういう役は欲しいですよね」

「後は荷物番とか、話し相手とか、その類だね。キミのところ可愛い子揃ってるし」


 ………………誰狙いだ? ロトリーさん辺りか?


「警戒しなくても大丈夫さ。ギルド直属の子に手なんか出さないよ」

「……信じてますとも」


 ゴブリン狩りの目的はわからんが、俺らに声をかけた理由はよくわかったよ。

 俺らは、声をかけるのにちょうど良すぎるんだな。普通の冒険者なら断るような依頼でも受けざるをえないし、尚且つ美女揃い。人数も多いから、雑用にも向いてる。

 まだまだ聞きたいことはあるけど、とりあえず受けるか。俺らに選択肢はないし。




 魔石、爪、牙、これらを全て譲ってくれるとのことだが、なんと前金として契約更新料を払ってくれた。なんとも気前の良い話だ。

 退路を塞がれた感が否めないが、ひとまず安心だ。ちなみにポーション前借りの件だが、担保の金で賠償した。薬師さんは小言を言っていたが、俺は気付いてるよ。あの人、笑ってたよ。滞納してくれてありがとうって顔してたよ。


「シャグランさん、私ちょっと怒ってます」

「え? ウィークさんになんかしましたっけ」

「私抜きでご馳走食べるなんて、ズルいですよ!」


 ああ、そんなしょうもないことね。よかった、怪しいお兄さんの依頼を受けた件について糾弾されると思ったよ。


「まあまあ、今度外食に連れてってあげますから」

「絶対ですよ? 嘘ついたら怖いですよ?」


 ははは、頬を膨らませながら言っても説得力ないな。

 それにしても、他の皆は文句とかないんだな。一ヶ月もゴブリンの生息地でキャンプするっていうのに。

 まあ、魔石とかの換金がてら、ちょこちょこ帰ってもいいとは言われてるけど。


「リュゼさんだっけ? デバフって何使えんの?」

「語尾が〝ゴワス〟になる魔法とか、言葉遣いがオネエになる魔法」


 それデバフなのか? そりゃまあ、バフではないだろうけど……。っていうかモンスターに効くん? 人間と言語が違うだろ?


「ハハハ、リュゼさん最高だね。ウチのパーティにも欲しいくらいだ」


 ……口が裂けても言えんけど、俺としてもあげたいくらいだよ。

 まあ、コメルスさんが気に入ってくれて良かった。リュゼさんって、話し相手として一番役に立たないし。まあ、魔法も役に立たないんだけど。


「一ヶ月も野宿なんて、お風呂どーしたらいいのよ!」


 天才魔法少女さんはワガママだなぁ、ホント。いや、俺もできることならお風呂入りたいけど……。


「川があるよ」

「乙女に川浴びさせる気? シャグラン並みにデリカシーないわね!」


 俺そんなにデリカシーないかな? 少なくともシュリムさんには優しくしてると思うんだけど。丁重に扱わないとすぐ怒るし。


「シャグラン、本当に良かったの? 明らかに怪しい依頼だけど」

「……目的はわかりませんが、前金貰ってるから損はしないはずですよ」

「それが怖いのよ。武道家の直感だけど」


 あんまり当てにならなさそう。だってアンタ、単調な動きしかできないゴブリン相手でさえ、読み勝ててないじゃん。

 ……コメルスさんが信用に足る人物だってのは、ギルドから太鼓判押してもらってるけど……ギルド自体が信用できないんだよな。

 まあ、なるようになれとしか言えんな。

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