第7話 損切り
人ってのは成長するもんだな。あれだけ苦戦していたゴブリンも一対三なら、比較的軽傷で倒せるようになった。
ただ、孤立してるゴブリンを見つけるというのが中々の重労働なのだ。
ある程度のペースを保たなければいけないので、増援が来る距離でも戦わねばならない。その場合は必然的に、俺らが受けるダメージも増える。
十日で八十体というハイペースを保ってはいるものの、ノルマには達していない。
消費したポーションはおよそ二百本。予定よりは遥かに少ない本数だが、それでも前借りとしては多すぎる。
スライム狩り組が尽力してくれてはいるものの、前借り本数は残り百七十本。スライム換算で五千百匹、スライムの討伐数がなんらかの記録に載りそうだよ。
「じゃあ……今日はウィークさん達もスライム狩り……お願いしますね……午後から休んでいいんで……」
「それはいいんですけど……またバイトですか?」
「うん……このままじゃ絶対に更新料足りないし……」
運良く大きめの魔石や、ドロップアイテムを手に入れてはいるものの、それでも全然足りない。あの子達がポーションの前借り分を返済している間に、俺がバイトをしなければ更新料には届かないだろう。いや、バイトしてもギリギリ足りない恐れがあるな。うん、それでもやれるだけのことは……。
「無茶ですって! 最後に休んだのいつですか?」
「毎晩休んでますよ……」
「それはただの睡眠でしょう!」
睡眠取れてるならいいじゃん……奴隷より酷い環境だけどさ。五段ベッドって……人権を感じないんだけど?
「とにかく休んでくださいよ。ね?」
なんだろう。俺が休んだところでこの人に利はないんだが、なんで可愛くおねだりしてきてるんだろう。
「もう時間なんで……行きますね」
「待ってくださいよ。か、か、可愛い私がお願いしてるんですよ?」
照れるなら言うなよ……。あざといなぁ、もう。まあ、あざとくても可愛いものは可愛いんだけどな。ロトリーさんみたいに『私っていい女でしょ? うっふん』みたいな人、あんまり好きじゃないんだよね。まあ、ロトリーさんのことは好きだけど。
「可愛い貴女と契約を続けるために頑張るんですよ。じゃあ……そういうことで」
「あっ……」
しんどい……今のやりとりで無駄に体力使ったなぁ。
なんかまだ言いたそうだったけど、振り返るのもしんどい……。
……体が重い。っていうか、ここどこ? 五段ベッドにしては、上の段までの距離感がおかしい……。っていうか匂いが違う気が……。
「……? 宿? 二段ベッド? え?」
内装的にはギルドの宿っぽいけど、俺が普段押し込まれてる部屋じゃないことは間違いない。二段ベッドが四つって、めっちゃ快適じゃん。ほえぇ、こんな差別が許されていいのか?
いや、それよりも何でこんなところに……。俺は先輩に怒鳴られながら涙目で皿洗いのバイトを……。
ああ、多分倒れたな。直前の記憶が曖昧だけど、意識朦朧としてる状態で罵声を浴びた気がする。多分、疲労とストレスのコンボで倒れたんだな。
「あっ、起きた?」
……誰このお姉さん?
「……ロトリーさん?」
「きゃっ! スッピンなのにわかってくれた! うっれしー」
痛い痛い、寝起きなんだから背中叩かないでくれ。
……声で気付いたなんて言えないよな、うん。いや、しょうがないじゃん。普段と雰囲気違うしさ。
「スッピンでそこまで美人って凄いですね」
ズルくない? いや、メイクで自分を魅力的にするってのはアリだよ? メイクを含めてその人の魅力だと思うし。
でもさ? 元から百点の顔を百二十点にするって、反則じゃない?
「嬉しいこと言ってくれるねぇ」
「はは、人一倍面倒くさがり屋なんですから、わざわざメイクなんかしなくてもいいんじゃないですか? 元がいいんですから」
誤解のないように言っておくが、本来はここまでノンデリ野郎じゃないからな? 高い契約金払ってるのに大した貢献をしないどころか、酒場で暴れて借金作るようなヤツが相手だからだよ。皮肉ぐらい言っても許されるだろ。
それにしても……ここって俺のパーティの部屋か? 俺より遥かに良い環境じゃねえか。ベッド余ってるんだから、俺も寝かせてくれよ。オッさんのイビキとか、歯ぎしりに耐える日々にうんざりしてるんだよ。
「フツーに生きるならメイクなんて絶対しないわよ。するのも面倒なら、落とすのも面倒だもん」
あっ、しないんだ。てっきり『そんなこと言ってるからモテないのよ!』みたいな感じで、ヒステリー起こすと思ってたけど。良い女って心に余裕があるよなぁ。男もそうだろうけど。
「でも冒険者としての私は、容姿しか取り柄がないもの……」
……シリアスな流れ? 仲間にこんなこと言いたくないけど、浅いっていうか……お涙頂戴しようとしてるのが見え見えというか……。
「普通の道化師って中々強いのよ? 武道家ほどじゃないけど素早いし、アクロバティックな動きもできるし……」
……とてもじゃないが想像できんな。この人のスピードって、ウィークさんよりはマシってレベルだし。
「運次第では頑丈なモンスターに致命傷与えられるのよ? 私は無理だけど」
……えっと、どこまで信じていいのかわからんけど……鍛えればワンチャン?
いや、ワンチャンさえないから二十四歳にもなって、駆け出しなのか?
美貌込みで他の人らと同じ契約料って考えると……いや、でも……ウィークさんとフェーブルさんも十日かそこらでレベルアップしたし……。
「他の子達がいないから今のうちに言うけど……ごめんっ!」
「え……?」
謝罪? いや、心当たりがありすぎてわからんけど……ロトリーさんが謝罪って珍しいのでは?
「私だけ全然役に立ってないし、酒場でも大暴れして本当にごめん」
「い、いや……皿とかジョッキで出来もしないジャグリングしたりとか、下着姿で椅子を振り回したりとか……正直ドン引きするような愚行ばっかりですけど、そんなに気にしなくても……」
改めて罪状を並べると、本当に酷いな。
いや、下着姿は嬉しかったけど、迷惑料取られたことを考えると割に合わんな。
っていうか何が迷惑なんだよ。皆幸せなんだから、むしろ金くれよ。備品破壊と相殺してくれよ。
「道化師が酒に呑まれるなんて最低よ……男を酔い潰して金を巻き上げる側なのに」
……前者のほうがマシでは? っていうか道化師に対する風評被害やめろ。
「切っていいわよ……契約……」
いや、ありがたい申し出だけど無理じゃん。違約金が発生するだろ?
「勿論、お金は私がなんとかするわ。私がギルドで労働するわ。多分、額が額だから慰み者にされると思うけど……」
……え? マジ? 違約金を負担してくれるの?
それは願ってもない話だが、慰み者って……。
「本当はシャグラン君をたぶらかして契約続けさせようと思ったんだけど、さすがにここまで足を引っ張っちゃうとね」
そんな最悪のプランがあったんだな。月三千六百クレでご奉仕してもらえるなら、確かに格安だが……。
……この人を切れば、三万二千四百クレ……今回に限っても一万八百クレ浮く。大きいけど、慰み者かぁ……。さすがに可哀想というか、自責の念を感じてる人を切り捨てるのは心苦しいというか……。
そういう同情を抜きにしても都合が悪い。仲間を切り捨てたら他の子達の士気が下がるし、周りからの評判も悪くなる。ついでにいうと、こんな巨乳美人と縁が切れるなんてもったいない。いや、あくまでついでね?
「同じ失敗をしなきゃいいんですよ」
「え?」
「酒場で暴れるのは、アレが最初で最後。これからは節度を持ってくださいね?」
俺も甘いよなぁ、うん。
「それって……」
「期待してますよ? 道化師の強さとやらを」
宝くじ感覚だけどな。まあ、宝くじなんて国営のギャンブルだから、本当に当たり入ってるかどうか怪しいけどな。うん、つまりほとんど信じてない。
当選者の噂を聞かないってのも怪しいな。急に成金が湧いてきたら、話題になりそうなもんだが……。
「ほ、本当にいいの? もう二十四歳よ?」
「それがどうしたというんですか」
「……他に能力がないから美人ってのを売り文句にしてるだけで、私より綺麗で強い子なんていくらでもいるわよ? それこそ十代の子達が」
……切ってほしいのか? スライムを狩る日々が嫌だから、慰み者に身を落としたいのか?
「バカ言ってないで、早くスライム狩ってきてくださいよ」
「そりゃ契約が終わるまでは狩るけど、本当にいいの? 使うだけ使って捨てた方が賢明よ?」
冗談じゃない。三ヶ月間スライムを狩らせて、そのまま違約金押し付けてポイとかありえんわ。他の冒険者から後ろ指を指されるに決まってる。なんだったら、ご奉仕させるだけさせて、飽きたから捨てたなんて噂が立つわ。
「大事な仲間を捨てるぐらいなら、今日みたいに倒れるまでバイトしたほうがマシですよ」
「……大事?」
「ええ、貴女が必要なんですよ」
早くスライムの体液を集めないと、担保として二万二千クレ持っていかれるし。最悪の場合、二度とポーションを譲ってくれなくなる。そうなったら詰みだぜ? さすがにポーション一本に二千クレは払えないし。
ああもう、早くスライム狩ってきてくれよ。何をボーっとしてんだ、この人は。
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