第6話 前借り

 あのバカ共が酒場で暴れたせいで、現金は残り二万二千クレ。後二ヶ月足らずで四万二千八百クレ稼ぐなんて、不可能に等しい。

 スライム換算で二万千四百匹。生活費はゼロに抑えるから増えることはない。食事はギルドの質素な賄い、宿は五段ベッドの三十人部屋。共に無料だし、我慢さえできれば余計な出費は抑えられる。

 ……その劣悪な環境でスライム二万体? 一日三百体狩っても間に合わないぞ?


「薬師さん! どうかポーションの前借りを!」

「……嫌だけど?」

「絶対に逃げません! 必ず体液を納めます!」

「……絶対に嫌だけど?」


 必死に頭を下げるが、薬師さんは全く揺らがない。当たり前と言えば当たり前なんだが、もう少し考える素振りを見せてくれても。


「貴女だけが頼りなんです!」

「……大人しくギルドで労働したら? 全然割に合わない仕事だろうけど」

「お願いします! 前金もお支払いします!」


 なけなしの全財産、二万二千クレを差し出す。俺に見せられる誠意なんて、これが限界だ。


「……貰っていいのかい?」

「俺が逃げたときは遠慮なく持って行ってください!」

「んー……プランだけでも聞こうかな」


 金という名の誠意が心を動かしたらしく、ようやく話を聞いてくれるモードに突入した。やはり金、金は全てを解決する。俺は金のせいで追い詰められた側だけど。


「まずポーションを二十本ください」

「初手から酷いねぇ。担保を上回る本数だねぇ」


 難色を示しているが、断る様子は見えない。

 それもそうだろう。ギルドからポーション二十本買うとなれば四万クレかかるが、薬師がギルドに二十本売ってもわずか六千クレ。納品実績を考慮しても、担保の二万二千クレのほうが上だろう。薬師さんとしては、俺が逃げたほうが都合がいいってわけだ。


「俺、戦士、武道家の三人でゴブリン狩りに挑みます」

「……うん」

「その間、残りの四人でスライムを狩ります」

「……うん」

「スライム三十匹狩るたびに、前借りが一つ減るわけですよね? 一日一本ペースで返せるかと」


 多分いけるはず。結構無理してもらうことになるけど、ゴブリン組よりは遥かに楽だろうし、文句は言わせん。


「……で? ゴブリン組は? すぐにポーション枯渇すると思うけど」

「それは……また前借りを……」

「返済より、前借りのペースのほうが遥かに早くないかい?」

「えっと、担保でなんとか……」


 こ、交渉下手かよ、俺。結構スジが通ってると思うんだけど、話の持っていき方が下手すぎる。


「も、勿論前借りが多くなってきたら、ゴブリン組もスライム狩りをします」

「ふむ……それで?」


 し、質問の仕方がいやらしすぎる。典型的な嫌な上司じゃん。いや、無茶な要求してる側だから文句は言えないんだけど。


「最初はゴブリン一匹に七本くらいはポーションを使うと思います」

「弱いねぇ……」


 返す言葉もねぇな。普通は一日中狩っても、一本使うかどうかだろうし。


「ですが徐々に本数は減っていくと思います。つまり狩りの効率が……」

「だとしても、八百体ぐらい倒さなきゃいけないんだろう? 絶対に間に合わんさ」

「一ヶ月もあれば、結構なパーティになってるはずなんですよ。スライム狩り組もそれなりの魔法を使えるようになってるでしょうし……」

「なるかねぇ……」


 ならないかも……。


「フルパーティでいけば、ポーション三つで一日三十匹のゴブリンを……」

「無理だねぇ。普通のパーティならいけるだろうけど」


 無理かも……。

 俺だってなぁ! 必死なんだよ! 無茶なプランでもやるしかないんだよ!

 なんて逆ギレしても仕方ないよなぁ。どうしよう……。


「仮にそのプラン通りにいっても、前借りの数が凄いことになるねぇ」


 そうなんだよなぁ……フルパってことは、スライム狩り組がいなくなるわけだし。


「まっ、破綻しそうになったら担保の金をいただくからいいや」


 あっ、一応納得してくれた。担保をかすめ取る前提な気がしてならないけど。


「一匹につき七本だっけか? 三十本あげるから、四匹狩ってみな」

「い、いいんですか?」

「まあ小手調べってヤツさね。それに失敗したら諦めてスライム九百匹狩りな」

「……わかりました」


 俺の計算上は二本余るけど……めっちゃ不安だなぁ!

 いや、やるしかないんだけどね。




「怖いですよぉ……シャグランさぁん」


 大丈夫かなぁ、戦闘前からこんなに弱気で。

 前回七人がかりで苦戦したから、気持ちはわかるよ。三人で挑むの不安だよね。気持ちは痛いほどわかるよ。キミがガッツリと腕を掴んでるから、文字通り痛いほどわかるよ。戦闘前から無駄なダメージ与えないでくれ。


「基本的にインファイトでいきましょう。ポーションありますし、殴られる覚悟で取っ組み合いをするんです」

「ポーション飲んでる暇ありますかね?」

「……頑張ってください」


 ごめんな、俺には大した作戦が立てられないんだよ。俺ら三人、できることが少なすぎるし、根性論でいくしかないんだよ。




 死ぬ気でやればなんとかなるもんだな。魔法による奇襲からの速攻で、なんとか羽交い絞めまで持ち込めたよ。俺の筋力と体力じゃ長くはもたないだろうけど。


「早く……フェーブルさんお得意の急所攻撃を……」

「あ、アンタも危ないわよ!」

「いいからっ! 早くっ! もう押さえきれん!」


 くそっ、小柄なくせになんて力だ。いや、俺が非力すぎるのか。


「い、いいのね? やるわよ?」

「やれっ! 俺ごとっ!」

「ごめんっ!」


 ほ、本当に俺ごといきやがった……。いや、やれとは言ったが……もっとこう上手くゴブリンだけをだな……吐きそう……。


「シャ、シャグランさん!」


 優しいなぁ、ウィークさんは。でもそれどころじゃないんだよ。


「いいから……早くトドメを……」

「か、介錯ですか!?」

「俺じゃねえよ!」


 こんな時に天然かまさないでくれよ、頼むからさぁ。ああ……ポーションがいつもより美味く感じる……。




「ポーション四つで撃破なんて、快進撃ね!」

「いけます! いけますよシャグランさん! 同じ作戦でいけば!」

「……二度とやりたくない」


 メンタルがもたねぇよ。余計な心配をかけないように声を抑えてたけど、本当は悲鳴あげるぐらい痛かったからな?


「ポーション一本で回復するんだから、別にいいじゃないの」


 倫理観とかないんか? 治るとしても、痛いものは痛いんだよ。


「あの、カッコよかったですよ?」

「……褒めても、もうやりませんからね」


 どっちかといえばウィークさんの仕事だからな?

 っていうか武道家なら、俺に当てないように努力してほしい。そりゃ俺の羽交い絞めもヘタだったかもしれんけどさ。


「と、とにかく……次は七本使ってもいいですから、普通に戦いましょう」

「えー? せっかく最強コンボ見つけたのに」


 仲間の犠牲を伴う最強コンボなんて必要ないんだよ。生きるか死ぬかの瀬戸際ならまだしも、ただの戦闘で犠牲になりたくねえよ。


「あの、本当にカッコよかったですよ?」

「……」

「あっ、いやっ、もう一回やってくださいって話じゃなくてですね」

「……わかってますよ」




 実戦への慣れもあって、無事にゴブリン狩りを達成することができた。一日一匹狩れたらいいかなって思ってたけど、一日でノルマ達成できたよ。

 ポーションも十本余ったし、このペースでいけばワンチャンいけるんじゃないか?

 えっと、一回の戦闘で平均五本だろ? そろそろレベルも上がるし、平均四本も夢ではないはず。とりあえず一匹ずつならなんとかなるってわかったし、薬師さんも快くポーションを前借りさせてくれるだろう。

 何よりも……。


「私、自分が思ってるより強いかもしれません」

「人型のモンスターなら、一撃で倒せる気がしてきたわ」


 この二人が自信を持ったというのが大きい。自信さえあればミスも減るだろうし、成長率も上がる。……多分。


「明日もゴブリン狩るんですか?」

「んー……午前中にスライム狩って、午後は休みましょうか」


 気持ち的には一日丸々休みたいけど、スライム組にも休みを与えないといけないからな。あの四人が地道に頑張ってくれてるからこそ、俺らも安心してレベル上げられるわけだし。何より、あんまり前借り増やしたくないんだよ。全財産を担保に取られてるんだから。


「休みなんか取って、間に合うの? 今日みたいなペースで毎日狩っても、お金足りないでしょ?」

「後々ペースを上げるから大丈夫です」

「……ソロのゴブリン探すだけで毎回時間食ってるじゃない」

「後々は三人組相手でも戦いますよ? 当たり前じゃないですか」


 なんだったら、ゴブリンの集落を荒らして回りたいぐらいだ。多分、普通の冒険者ならそれぐらいはできるし。

 まあそれはしばらく先の話として、一旦状況を整理してみるか。

 狩らなきゃいけないゴブリンの数は、大体八百匹。ドロップアイテムや魔石の大きさが安定しないから正確な数は割り出せないけど、大体合っているはず。

 残り日数が五十五日だから……休息日を考えると四十五日ぐらい? 平均すると、一日辺り十八体ぐらい倒さなきゃいけないってことだよな?

 最初のうちは四体か五体が限度だし、後半どうなるんだ? 十八体に満たない分は後半で帳尻合わせることになるから……今日みたいに四体しか狩れない日が三日続いたら、一日十九体倒さなきゃいけない計算か?

 ええっと……しばらくは絶対十八体に満たないわけだから……。


「シャグランさん? 顔色悪いですよ?」

「もしかして私の一撃必殺が効いてる? ポーションで治らなかった?」

「あっ、いや……大丈夫だ……です」


 よほど青ざめていたのだろう。二人とも心配そうな顔をしているぞ。

 ……どうしよ、やっぱり間に合わない気がしてきた。でもこの二人に言えるわけないよな……せっかく自信とやる気が出てきたっていうのに。

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