第3話 違約金

 六人同時契約なので、三ヶ月ごとに六万四千八百クレの支払いとなる。

 残金は三万五千二百クレ、次の更新日までに三万ほど稼げばいいわけだが、楽勝なんてもんじゃない。

 しばらくはのんびりとゴブリン狩りでもして、小遣いと実績を稼ぎながらレベルを上げようか。

 なんて気楽なことを考えていたのだが……。


「たすけっ……誰か……」


 満足に動かない体で必死に辺りを見渡すが、二本足で立っている人間は一人たりとていない。五体満足で動けるのは、三匹のゴブリンだけ。ええ、つまり全滅秒読みというヤツです。


「チェロットさん……早く回復……」

「とっくに使ってます……」


 え……? 誰に……? まさかゴブリンに使ってないよな?


「私も使ってる……」


 リュゼさんも回復魔法を使っているらしいが、誰一人回復していないぞ?

 ダメだ、そろそろ意識が飛びそう……。


「何やってんの? キミ達?」

「え……?」


 心配気味、いや、呆れ気味の男性がササッとゴブリンを退治する。

 通りがかりの冒険者か……? 俺らが手も足も出なかったゴブリン達を、一瞬で片づけたんだが……。


「はいはい、今回復するからねぇ」


 男性の仲間と思わしき女性が、無様に倒れている俺達に回復魔法をかける。

 す、すげぇ……全身バラバラになりそうなぐらい痛かったのに、何事もなかったかのように回復したぞ。これが回復魔法……。


「あ、あの……ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」

「あー、いや、いいっていいって。僕らはもう行くけど……自分達だけで帰れる?」

「あっ、はい……えっと、何かお礼を……」

「いらないいらない。じゃあね」


 名乗りもせず、颯爽と去っていく一行。

 謙虚とか遠慮深いとかっていうより、憐憫の情を感じる。たったゴブリン三匹に殺されかける七人組って、相当哀れなんだろうな。ドン引きしてたもん。

 俺も驚いてるよ。まさか……この派遣共が揃いも揃って俺より弱いとは……。




 ギルドに戻ってきたのはいいが、非常に居心地が悪い。冒険者登録をする前に感じた居心地の悪さとは、わけが違う。アレは田舎者特有の被害妄想だが、今回は明確に視線を向けられている。


「シャグランさん、なんか見られてません?」


 ウィークさんは戦士のくせに気弱だな。俺の袖を掴んでキョロキョロしちゃって、まあ。


「こんな美女だらけのパーティ、見られるに決まってるじゃない」


 張り倒すぞ、この似非魔法使い。七人パーティでゴブリン討伐クエストに失敗したから、注目されてんだよ。好奇の目で見られてんだよ。

 あのヒソヒソ話は、ただの陰口なんだよ。まさかお前『あのパーティ素敵だな』『うわぁ、憧れるなぁ』みたいな感じで、憧憬されてるとでも思ってんのか?


「お早いお帰りですね」


 ……このクソ受付嬢……人を騙しておいて、なんて白々しい態度を……。


「あの、話が違うんですが?」

「……? どういうことでしょう?」


 は、腹立つぅ! ギルドの不良債権を高値で押し付けといて、その態度はなんなんだよ。田舎者を騙して、何が楽しいんだよ。恥を知れ、恥を。


「聞いていたスペックと全然違うんですが……」


 努めて冷静に問い詰める。交渉ってのはキレたら負けだからな、クールになれ。本当なら胸倉掴んで怒鳴り散らしたいけど、落ち着け。


「ええっと、具体的にお願いします」

「まず戦士のウィークさん」

「えっ、私ですか?」


 何を驚いてんだよ、自覚ないのかよ。


「ベテランでも使いこなせない武器を使いこなすと聞いてたんですけど……」

「ええ、確かに申し上げました」

「いや……剣も盾も兜も鎧も、何も装備できないじゃないですか!」


 出発前に気付かなかった俺も大概だけどさ、なんで俺と同レベルの軽装なんだよ。

 棒切れと鍋蓋で戦う戦士がどこにいるんだよ。二足歩行をし始めたばかりの古代人でも、もう少しまともな装備してるぞ。


「シャグランさん、シャグランさん。兜かぶってますよ、私」


 ウィークさんが自分の頭を指差してアピールしているが、俺の目にはバンダナしか見えない。それを兜と言い張るつもりか? ただのオシャレだろ。


「……鎧は?」

「サラシで胸を守ってます」


 なんで得意気なんだろう。可愛いけどさ、俺が求めてるのは可愛さじゃなくて強さなんだよ。

 ……サラシ巻いてるのに、その大きさなんだな。そこだけは評価しよう。


「ゴブリンの攻撃すら防げてませんでしたよね?」

「守られてないところを攻撃されましたから」

「……胸なら耐えられたんですか?」

「無理ですよ! 胸って弱点なんですよ?」


 どっちにしろダメじゃねえか! 弱点なら鉄の胸当てぐらい装備してくれよ!

 まあいい、いや、よくはないんだけど……コイツと言い争ってもラチあかんし、受付嬢を糾弾するか。


「鍋蓋と棒切れで戦う人のどこが戦士なんですか? 謳い文句に嘘偽りしかないんですけど?」

「戦士の定義は武器防具を用いて、前線に立つ人です」


 いや、それが通るなら俺だって戦士じゃん。ウィークさんよりよっぽど戦士だよ。この人は戦士っていうより、魔法を使えないただの一般人だよ。なんなら一般人のほうがまともな装備できるよ。


「ベテランが使いこなせない装備というのは?」

「棒切れとお鍋の蓋を使う戦士はいませんから……実質、ナンバーワンの使い手になります」


 ……は?

 それ、ナンバーワンっていうより一人相撲じゃね?


「使いこなしているようには見えなかったんですけど?」

「他の戦士さんが使っていない以上、一番の使い手でしょう。一番ということは、使いこなしているということになります」


 ならねぇよ。詭弁というのもおこがましいレベルだよ。

 他の戦士が棒切れと鍋蓋を使いこなせないんじゃなくて、それらを使う価値がないから使ってないだけの話なんだよ。


「チェロットさんとリュゼさんはどうなんです? 回復魔法と、数多くのバフとデバフが使えるって聞いてたんですけど」

「え、使いましたよ?」


 チェロットさん? 平然と嘘つかないでくれます? 人間不信になるんで。


「私も使った。他ならぬ貴方に」


 リュゼさんまで……僧侶って平気な顔で嘘つけるの?


「全然回復した気がしないんですけど」

「……痛みは和らいだはず」


 ……いや、全然体感がなかったんだが。


「貴方のダメージが百だとしたら、一は回復したはず」


 そりゃ体感ないわ。気休めにもならねえじゃん。


「ちなみに私は、貴方にバフ魔法を使いましたよ」

「え? 全然強化された気がしなかったんですけど?」

「そんなはずはありません! 強くなった気がしたはずです!」


 ……?

 あっ……そういえば、戦闘前に気分が高揚したっていうか……妙な万能感を得たような気がするけど……。


「強くなった気分になれるバフとか、雨の日でも毛先がまとまるバフとか、他にも色々使えますよ」


 二度とバフ使いを名乗らないほうがいいよ。本職の人に失礼だから。

 ウィークさんもそうだけど、なんでお前ら自信満々なんだよ。なんで胸を張れるんだよ。


「ちなみに私のデバフは、家の鍵をかけ忘れた気分になるとか、下着が食い込んだと錯覚するとか、そういうの」


 デバフと嫌がらせを混同してない? 強ち間違いじゃないんだけど、違うじゃん?

 っていうかそんなんゴブリンに通用しないだろ。パンツ履いてないし、家に鍵かけるって概念も多分ないだろうし。


「レア呪文なのは認めますけど……それをバフとかデバフと呼ぶのは……」

「多くの呪文を使えるとは書きましたが、有用な呪文を使えるとは一言も書いてませんよ? こちらに落ち度はないと思いますが……」


 ウィークさんの経歴書に比べたらまだスジが通ってるけど、納得はできん。バフと聞いたら、普通は力とか素早さのアップを想像するじゃん? 詐欺だよ、詐欺。

 回復呪文も弱いとかそういう次元じゃないし。


「じゃあシュリムさんは……」

「何よ。アタシになんの不満があるのよ?」

「いや……その、魔法……使ってました?」

「使ってたわよ? 氷魔法を」


 ……もうオチが読めたよ。

 戦闘中、一瞬だけ冷気を感じたけど、それだろ? それが氷魔法なんだろ? おそらく他の魔法も同レベルなんだろうな。ちょっと熱いとか、ちょっと痺れるとか。

 もういい、もういいよ。受付嬢の言い分も予想できてるよ。

 言われてみれば『現時点で威力は低い』って説明があったし。


「フェーブルさんは? 明らかに素人以下の動きでしたが」


 拳法に詳しいわけじゃないけど、アレが拳法じゃないことはわかる。

 初めて喧嘩をする一般人って感じの動きだったよ。


「……駆け出しだから仕方ないじゃない」

「いや、それにしたって酷いですよ」


 ウィークさんと同じで、ただの一般女性なんだよ。むしろその辺の主婦のほうが、まだ戦えるだろ。


「武道大会で相手を一撃で倒したってのは? 明らかに嘘ですよね? 絶対、俺より弱いのに」

「事実ですよ? 相手も駆け出しですが」

「いや、駆け出しでも倒せないでしょう? 五歳ぐらいの子供ならなんとかなるかもしれませんけど」

「いえ、十代半ばの男性です。見事な金的を決めていました」


 それを一撃KOって表現していいのか? 俺は本人が破壊力を有しているとばかり思っていたんだが……。


「反則ですよね?」

「いいえ、ルール上は全く問題ありませんでした。仮に反則でも、経歴書に載せていましたが」

「……だとしても、よく決められましたね? あんな素人の動きで……」

「ラッキーパンチ……いえ、ラッキー頭突きですね。足を滑らせた結果です」


 ……全員地獄に落ちてくんないかな。

 聞くだけ無駄だろうけど、一応聞いておくか。


「ロトリーさんは? 士気を上げるとか、コミュニケーションがどうとかって聞いてましたが」

「美人じゃないですか。士気が上がるでしょう?」


 ……俺以外全員女性なんですよ、このパーティ。仮に男ばっかりだとしても、そんなにチョロくないんですわ。


「美人だから情報収集もしやすいです。嘘はついていません」

「……大器晩成というのは? 一般人に到達できない領域がどうとか……」

「美貌やスタイルに成長の余地ありと判断しました」


 よく書けたな、大金晩成って。素直に容姿端麗って書けよ。それなら俺もスルーできたのに。


「先に申し上げておきますが、解約の場合は違約金が発生します。ええ、一年分雇うのと同じ額をいただきます。勿論、割引もなしです」


 ……。


「払えない場合は?」

「とりあえず故郷に請求させていただきます。足りない分は借金ですね。シャグランさんは駆け出しの冒険者ですから、普通に労働で払っていただくことになりますね」


 …………。


「皆、これからもよろしく」

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