第4話 白衣の女神

 おかしい……俺は冒険者になるために、街までやってきたはずだ。


「シャグランさーん! こっちにいっぱい生えてますよー!」

「ああ、ありがとう。ウィークさん……」


 なんで草集めなんかしてんだ? 七人という大規模のパーティを率いながら、なんで腰を丸めて草を引き抜いてるんだ?


「はぁ……はぁ……スライム……狩れたわよ」

「あ、ようやく……いや、ありがとうございます。フェーブルさん」


 この人、本当に武道家なんだよな? スライムごときに随分と手こずってたようだけど……。


「リュゼさん、チェロット、回復お願い……」


 本当の本当に武道家なんだよな? スライム相手に負傷したらしいけど。

 で、この二人も本当に僧侶なんだよな? こんな軽傷を二人がかりで治療とか、実戦で使えないだろ。


「ねえ? 薬草集めといやし草集め、それとスライムの体液集め……三つこなして、いくらの報酬なのよ?」

「……四百です」

「はぁ……そんなんでアタシ達の契約金払えるの?」


 シュリムさん、俺にはわかりません。スライムすら倒せない貴女が、なんでここまでデカい態度を取れるのかが。

 驚いたよ、まさかスライムに特効の雷魔法が一切通じないなんて。逆にその魔法、誰に通じるんだよ。


「他に金策がないんで……」

「言っとくけど、毎日このクエスト受けるのは無理よ? ギルドに頼まず、自分達でこなす人も多いんだから」


 だろうな……こんなの子供のおつかいレベルだもの。

 しょうもなすぎて普通の冒険者が受注しないから、なんとか俺達のもとに転がってきてるって感じだし。


「まあ、クエストじゃなくてもスライムの体液は、ギルドが買い取ってくれますし」

「たったの二クレよ? 何万匹倒さなきゃいけないのよ」


 うん、時間的にも精神的にも無理だな。何もしないよりはマシ……いや、どっかでバイトしたほうがまだ儲かるかもしれん。


「とにかくガンガン魔法を使ってください。早く成長していただかないと……」

「簡単に言わないでよ。色んな属性を使える分、消耗が激しいのよ?」


 そうなんだよな。なんでも使えるってのは、言い換えると得意属性がないってことだし。


「倒れたら宿まで運んであげますから、とにかく使いまくってください」

「アンタねぇ、派遣冒険者だからって好き勝手していいと思ってんの? 定額使い放題なんて考え方は、やめてくれない?」


 契約金の十分の一も働いてないヤツが、何を言っているのだろうか。


「じゃあ薬草を納品してきてください。今日は、そのまま上がってもいいですから」

「邪険にしないでよ! アタシだって頑張ってるのに!」


 どうすりゃいいんだよ! 俺、間違った対応したか? だいぶ紳士的な対応をしたつもりなんだが?

 いかんいかん、相手は年下の女の子だ……寛容な精神で許してやらねば。


「頑張ってるから休んでほしいんですよ。シュリムさんの力は、後々絶対に必要になってきますから」


 おべっかだが、強ち嘘ではない。他のメンツが攻撃魔法を覚えるとは思えないし、このパーティの命運はシュリムさんの成長にかかっていると言っても過言ではない。


「ふ、ふーん……まっ、そこまで言うなら……」

「ではお願いしますね。確かに預けましたから」

「任せなさい! この天才魔法使いに!」


 ……パシられながら言うセリフか? やってることは飛脚だぞ?


「シャグラン君、いつまでこの日々を続けるのかしら?」

「……ゴブリンと戦えるレベルになるまでですかね」

「もう一週間ぐらい経つわよ? 成長する気がしないんだけど」


 大器晩成の人から聞きたくなかったなぁ、その言葉。

 このお姉さん……ロトリーさんだけでも解雇したいんだけど、なんとかならんかな? 将来的に一番の役立たずになると思うんだけど。


「そろそろ、この手のクエストも無くなってくるわ。私達が片っ端から、こなしてるからね」

「無くなっても、この日々は続きますよ? 素材はストックできますし」

「え、嫌よ? ここは危険を冒してでも、ガツンと大きいクエストに挑まないと」


 いや、一段階上のしょうもないクエストで全員死にかけただろうが。ゴブリンに殺されかけた件について、未だに弄られてるんだぞ?

 たまたま冒険者が通りがかって命拾いしたけど、本来あの辺ってあんまり冒険者通らないからな? 次は絶対に死ぬぞ?


「俺らの実力じゃ、ゴブリン一匹を倒すのがやっとです」

「倒せばいいじゃない。そっちのほうがレベルもお金も稼げるわ」

「それで一日潰れますよ? ポーションを買う金もなければ、まともな回復魔法使える人もいないんですから」


 そもそも一匹で行動してるゴブリンを奇襲するってのが難しいんだよ。俺らの実力じゃ、倒す前に仲間呼ばれるだろうし。


「本当にわずかですが、僧侶コンビの回復力も上がってきてはいるんですよ。一ヶ月ぐらい頑張れば、二人でポーション一つ分の回復は……」

「気が遠くなる話ね。仮にそこまで成長したとして、ゴブリンを狩れるのかしら?」

「……三ヶ月修行すれば、一日に三匹ぐらいは……」


 言っておくが、これでも希望的観測だ。うん、実質詰みだな。

 ダメだ、契約金でパンクする未来しか見えない。故郷を救うどころの騒ぎじゃねえよ、俺を救ってくれ。




 誰も見向きしない低級クエストをこなし続けて早十日。とうとうクエストが底を尽きてしまった。うん、俺一人で十分こなせるクエストだったな。人件費の無駄と言わざるを得ない。


「もしかして今日も行くんですか? 素材集めたところで、しばらく納品する機会ないですよ?」

「依頼が来た瞬間に納品できるようにストックしとくんです。最悪の場合、安値で売ることもできますし」

「……そろそろ休んだほうがいいのでは? 皆も休むって言ってますよ?」

「ウィークさんも休んだらいいじゃないですか。俺一人で行きますから」


 本当に良い子だよ、この人は。他のクソ共は、当然のように休みやがったっていうのに。ロトリーさんに至っては、まだ寝てるらしいぜ? 一番楽してるくせに。


「……私もお供しますよ」

「遊んできたらいいじゃないですか。ギルドから給料出てるんでしょう?」

「そう言わずにお願いしますよ。お供させてください」


 いや、別に拒む気はないんだけど……いいのか? 楽な仕事とはいえ、十日連続勤務になるぞ?


「一日でも早く、強くなりたいんです」


 そうなんだよ、この子は真面目なんだよ。他のクソ共と違って、真剣に頑張ってるんだよ。ただ実力が伴ってないだけで、やる気はあるんだよ。

 強くなりたいならまずは装備を改めろって、思わなくもないけど。


「じゃあお願いします。疲れたら帰っていいですからね」




 スライム狩りと薬草集めをこなして二週間。俺以外のメンバーはローテーションで休みを取っているわけだが、なんかおかしくね? 俺も大概弱いんだけど、スライム狩りでレベルを上げられるほど弱くはないんだよ。薬草集めはまだしも、スライム狩りは彼女らが尽力すべきでは?


「シャグラン! シャグラン! 今日は凄い魔法が撃てる気がするわ!」


 自称天才魔法少女が、またわけのわからんことをほざいている。いや、実際に天才型ではあるんだろうけど……。


「そ、そうですか。前みたいに倒れないでくださいね?」


 魔力の使い過ぎで気絶とか、本職の人がそんな初歩的なミスをしないでほしい。強敵との戦いならまだしも、スライムだぞ?

 気絶したシュリムさんを宿まで運んだせいで、また悪評が広まったんだよなぁ。スライム相手に戦闘不能になっただのなんだの。


「シャグラン! 今日はスライムを一撃で倒せそうよ!」


 なんだろう……フェーブルさんまでテンションがおかしい。っていうか、スライムごとき一撃KOが当たり前なんだよ。初陣ならまだしも、二週間冒険してんだから。

 まあ、やる気なのはいいことだけど……なんで今日に限って、皆やる気なんだ?


「どうですか? シャグランさん。私のバフは」


 あっ……チェロットさんの仕業か。いや、仕業ってのは語弊があるけど。


「ある意味凄いですけど、なんでまた……」

「退屈なクエストで皆のやる気が下がってたから、自信つけるバフかけてみました」


 なるほど……強くなった気分になれば、試し切りみたいな感じで積極的にスライム狩りをしてくれると。

 クソ魔法だとばかり思ってたけど、使いようによっては便利なのか? 気の持ちようでステータスが変わったり、体調が良くなったりするって話もよく聞くし。


「ありがとうございます」

「どういたしまして。これからもどんどん頼ってくださいね」


 役に立つかどうかは別として、チェロットさんは良い子なんだよな。

 何考えてるかわからんリュゼさんと違って、まだ話が通じるし。

 ん? なんかウィークさんが騒いでる……。


「シャグランさん! シャグランさん! シュリムさんが、また魔力切れで気絶しました!」


 ……やっぱり考え物だな、このバフ魔法。やる気出しすぎて、魔力管理できなくなってるじゃん。元々傲慢な人には、絶対かけちゃいけない魔法だわ。

 よくよく考えてみたらゴブリンと戦った時も、このバフのせいで死にかけたような気がするんだよな。最初から劣勢だったのに、バフ魔法で万能感を得たせいで、逃げるという選択肢がなくなったような。




 ……どこに行っても居心地が悪い。

 冒険者なんて石を投げれば当たるレベルでうようよしてるから、よほどの名うて以外は注目されない。当然と言えば当然の話なのだが……。


「シャグランさん、さっきから視線浴びてる気が……」


 奇遇だな、俺もそんな気がしてたよ。数日前からずっとな。

 新参のくせに大所帯で、しかも女性ばっかりのパーティだから目立つんだよね。実績あげてりゃ問題ないんだろうけど、近場で延々と草を摘んだり、スライム狩ってるだけだもの。金に物言わせてハーレム築いてるなんて噂も流れてんだぜ?

 この視線は、全員等しく無能故の冷たい視線なんだよ。


「……ウィークさんが可愛いからですよ」


 彼女は弱気且つ真面目なので、濁しておいた。

 落ち込んでやる気を損なっても困るからな。


「もぉ、シャグランさん。こんな田舎娘捕まえて何を言ってるんですかぁ」


 頼むからクネクネしないでくれ。ただでさえ注目浴びてんだから。

 冷たい蔑みの視線が、熱い嫉妬の視線に変わっちまうよ。

 はぁ……せめてポーションさえ買い溜めできたらな。ポーションによるゴリ押しさえできれば、死に物狂いでゴブリンを倒して、手早く上に行けるんだが。

 一本で二千クレだぜ? スライム千体狩って、ようやく一本ってお前……。


「ちょいちょい、そこのカップルさん」


 ゴブリン一匹倒すのに最低でも三本、余裕を見て五本は欲しいな。スライム五千体かぁ……ローテーション組んで二十四時間頑張っても二十日はかかるか?


「おーい?」


 モチベーションの問題もあるんだよな。たかだかゴブリン一匹狩るためにローテーション組んでスライム狩りって、ローテンションになるわ。おっ、我ながら上手いこと言ったか?


「おーい! そこの草刈りカップル!」

「……もしかして、我々のことですか?」

「おいおい、聞こえてるなら無視せんでくれ」

「いえ、無視したわけでは……」


 なんだよ、この変な人は。いや、変かどうかはまだ未確定だけど、俺らに声をかけてくる時点でまともではないだろ。

 さっきの蔑称からして、俺らの素性を知ってるのは確定だし。


「キミら、一日中スライムばっかり狩ってるよね」


 だからなんだよ、めんどくせぇな。弱いってだけで、なんでこんな怪しい女に嘲笑されなきゃいけないんだ。屋外で白衣なんて着てんじゃねぇぞ。そんな邪悪そうな顔つきで白衣着てたら、マッドサイエンティストにしか見えねえぞ。


「それがどうしたというんですか?」


 おっ、気弱なウィークさんが珍しく怒ってる。いけいけ、ガツンと言ってやれ。こういう輩は反撃されると脆いから、へこませてやれ。


「いやさ、スライムの体液とポーションを交換してやろうかと思ってねぇ」


 え、マジ? この人、もしかして薬師か?

 いやぁ、そう言われてみれば薬師だわ。見れば見るほどご立派な薬師だ。白衣の天使と言い換えても差し支えないね。普通、こんな美しい薬師いるか? 美の女神と勘違いしちゃったよ。


「結構です! 見くびらないでくだ……んごっ」

「是非お願いします!」


 余計な発言をしようとしたウィークさんを慌てて押さえこむ。人の迷惑考えろよ、ギルド介さずに依頼をくれた顧客にたてつくな。誰がいつ、暴言の許可を出したよ。

 ちょ、やめ、口押さえてるのに喋ろうとするな。手のひらに唾液つくだろ。


「んー! んー!」

「ウィークさん……後でお菓子買ってあげますから、お静かに」

「……」


 基本的に素直で良い子なんだけどなぁ……こういうところ鈍いんだよな。ポーションとか、ロトリーさんを売り飛ばしてでも手に入れたい一品じゃん。もう少し危機感持って生きようよ。


「スライム三十匹分の体液でポーション一本。どうかな?」

「是非っ! 是非お願いします!」


 破格すぎる! 交渉の余地がまるでないぞ!


「いやぁ、快く引き受けてもらえて嬉しいね。普通の冒険者だったら、こんなしょうもない依頼は中々受けてくれないし」


 あっ、やっぱりそうなんだ。そりゃそうだよな、スライムなんざ、駆け出しの頃に何匹か狩っておしまいだもんな。普通は初日から、ゴブリン以上のモンスターを狩るだろうし。


「じゃっ、いつでも私の店に来ておくれよ。何本でも交換してあげるから」


 ありがてぇ……女神じゃ……派遣制度とかいう、弱者から搾取するシステムに苦しめられてる俺を見かねて、女神が舞い降りてきてくれた……。


「目立つもんですね、ウィークさん」

「えっ、私のおかげですか?」


 ……なんで? いや、弱いって理由で目立ってるから、そういう意味じゃアンタのおかげなんだけど。


「だって、私が……か、可愛いから目立ってるんですよね? ってことは私のおかげですよね?」


 ………………。


「そうだな!」

「えへへぇ」

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