第25話 才能開花
今後の方針で少し揉めたが、結局中級ダンジョンに行くことになった。
なぜそうなったかって? 一番負担がかかるであろう人間が、行かせてくれと言い出したからだよ。
そう、フレネーゾさんだ。乱闘事件を起こした責任を取らせてくれと頼まれ、一も二もなく中級ダンジョンに行くことになったのだ。
フレネーゾさん個人への罰金を俺が負担したってのも理由の一つだ。金絡みで忠誠心が向上していくってのも、複雑な気分だな。もっとこうさ、激しい冒険の末に絆が深まるみたいなさ。
「私が命に代えても……」
「代えなくていいですって」
この人、幼児並みにすぐ命かけるよな。年下の女の子に最前線張らせてるだけでも心が痛いのに、命まで張らせられるかよ。いや、最前線に立ってる時点で、命張ってるんだけどさ。
「もう二度と理性を失いません。たとえエテ公に汚物をぶつけられようとも」
「それは本当にお願いしますよ」
ポーションの納期が厳しいとかなんとかで、未だに裏ルートのポーションが手に入らないんだからな。もう無茶はできんよ。
当たり前と言えば当たり前なんだけど、金でポーションを買うことになるとは。
「なるべくフレネーゾさんにヘイトが集まらないように、私達も頑張ります」
「ウィークさん……」
この二人って本当に仲がいいよな。個人的に、ウィークさんのほうが年上ってのが面白い。
「そういえば道化師のスキルで、自分にヘイト向くヤツありましたよね?」
「私が使えると思う?」
「すみません……」
チェロットさん、謝らなくていいんだよ。どう考えたって、使えないほうが悪いんだから。っていうかスキル自体持ってないよね、このお姉様。
美人なのがスキルだって? 張っ倒すぞ。
「お喋りはそこまで」
敵にいち早く気付いたリュゼさんが警告する。
いや、いち早くってのは違うな。最も早く気付いたのはフレネーゾさんだ。気付いた時には、敵陣に突っ込んでたよ。
俺らがこのレベルに達するのって何年後の話だろう。もしかしたら一生来ないかもしれない。
「ボケッとしてないで、私達も行くわよ!」
「ちょ、足並み揃えてくださいよ」
無謀にも突っ込んでいったフェーブルさんを慌てて追いかける。フレネーゾさん以外は個人で動いちゃダメって、打ち合わせの時に何度も言ったじゃんかよ。
……こういうのも含めて、俺の器量不足ってヤツか。
「このエテ公!」
斧使いとは思えないほどの軽やかなジャンプ斬りで、エテファンを一刀両断する。
なあ? もうバーサーカーにならないって言ったよな?
「落ち着いてください!」
「ウィークさん……。うう……」
必死に狂気と戦っているらしく、うめき声をあげている。どれほどの苦行かは知らないが、どうにか頑張ってくれ。なんとしてでも勝ってくれよ、理性。
同じ思いのウィークさんが、痛みを堪えて笑顔を見せる。
「ほら、私は軽傷ですから!」
バーサーカー化の要因は、ウィークさんの負傷だ。真面目なフレネーゾさんにとって、仲間の負傷は大事件なのだろう。ましてや、一番仲が良いウィークさんとなれば、狂暴化もやむなしなのか?
「うぐぐ……」
心臓がバクバクしてきたぞ。狂暴化するのか? 抑えるにしたって間に合うのか? そろそろ新手のモンスターが……。
「だぁ!」
な、何してんだコイツ!?
「シャグラン! 早くポーション!」
「わかってます!」
シュリムさんに言われるまでもなく、俺はすぐさまフレネーゾさんに駆け寄った。
くそっ、まさか自傷するなんて……。責任の取り方が猛将なんだよ。
「飲めますか!?」
「ぐっ……」
まずい、相当な深手だぞ。自分の体だってのに、躊躇いがなさすぎるだろ。
自分の体に斧を突き立てるヤツがどこにいるってんだよ。
「げほっ!」
まずい……ダメージが深すぎてポーションを受け付けないのか? いや、そんなはずは……。
「はぁ……はぁ……」
震える手で無理矢理ポーションを飲ませようとするが、どうも上手くいかない。まさか内臓に深手を負ったのか?
まずいまずいまずい。本当にまずすぎる。
「回復魔法を……」
「やってます!」
そうだよな、やってるよな。わかってるよ、わかってる。
本当にどうすればいい? 僧侶コンビが魔力尽きるまで回復魔法をかけても、ポーションが飲める段階まで回復するとは思えない。そもそもかけ終える前に新たなモンスターが湧いてくるだろうから、時間がない。
俺のせいだ……ケチらずに新しい僧侶を雇っていれば……。
そもそも中級ダンジョンに行ったのが間違いなんだよ。短期間で失態を積み重ねて精神的に不安定な子しか戦えないんだぞ? いくら強くても、まだたったの十四歳の女の子だぞ? 今まで雇用してもらえなかった自分を温かく迎えてくれるパーティが現れたら、そりゃ尽くすだろ? 必死になるだろ? なんでそんな当たり前のことを俺は……。
「落ち着きなさい。リーダーがそんなだと……アタシ達も不安になるわ」
俺の焦燥が伝わったのか、シュリムさんが震える声で諭す。
本当に頼もしい人だ。貴女と組めて本当に良かった。
「飲めないなら最悪の場合、傷口にぶっかけるしかないわ」
「それって確か危険なんじゃ……」
少量ならまだしも、一定の量を超えると体の組織が傷つくとかなんとか。詳しいことは知らないけど、それで命を落とした人もいるって聞いたことが……。
「最悪の場合の話よ。窒息させてでも飲ませなさい」
「わ、わかりましたっ!」
心の中で謝りながら、無理矢理ポーションを口に突っ込む。
むせて吐き出そうとするが、強引に口を閉じさせる。仕方ないこととはいえ、心が痛いぞ。
「んー!」
「ぐっ……」
瀕死なのになんてパワーだ。複数人でも押さえきれん。
「かはっ!」
「ああ……」
ダメだ、また吐き出しちまった。ポーション丸々一本使ったのに、十分の一も飲み込めてないんじゃないか?
早くなんとかしないと、そろそろモンスターが出てきてもおかしくないぞ。汗と震えが止まらねぇ……。落ち着け、落ち着けって。震えるな、いい加減にしろ。仲間の命がかかってんだぞ。冷静になれって。
「落ち着きなさい。アタシ達以外にも冒険者パーティはいるんだし、その分新手は来にくいはずよ」
……本来ならその理屈が通るけど、俺達はモンスター一匹出ただけでアウトなんだぞ? ハードスライム一匹ぐらいならまだなんとかなるけど、スライム系って複数同時に来る傾向がある気がする。他の冒険者もわりとスルーするし。
「ねえ? 顔色悪くてなってない?」
「フェーブルさんもそう思いますか?」
必死に傷口押さえてるけど、それでも遅かれ早かれ死ぬのでは?
こうなったらポーションぶっかけしかないのか? どうせ死ぬならイチかバチか、かけてみるか? どうする? 何が正解なんだ? 最適解はどれだ? 他の冒険者に助けを求めるか? いや、それでモンスターに出くわしたら確実に死ぬぞ。一旦首を絞めて気絶させるか? いや、それだとポーション飲ませても意識取り戻すのに時間かかってアウトか?
「どいて……いけそうな気がする……」
「リュゼさん……?」
いけそう? いけそうとは? 何か良い作戦でも思いついたのか?
……根拠はないが、信じていい気がする。
いつもと同じような表情だけど、なんとなくいつもより真剣な気がする。なんていうか、覚悟を決めた感じ?
「私は元々回復魔法を使えなかった……」
「え……?」
デバフ専門だったってこと? 僧侶の人って真っ先に回復覚えるもんじゃないの?
「雨の中で拾った子猫が死にそうになった時、激しく感情が揺れ動いて……無意識に回復魔法を使っていた。すぐに気絶したからよく覚えてないけど、猫は完全に回復していた……」
そ、そんなことってあるのか? しかも全快だって? 元の容態を知らないからなんとも言えないが、今の低すぎる回復力からは想像もできないというか……。気絶してる間に親か誰かがポーションでも使ったんじゃないのか?
「今……私は自分でも驚くほど精神が不安定……。でも……皮肉にもそのおかげで、自分の中に眠ってる何かが……」
とてもハッタリには見えず、生唾を飲み込む。きっと他の皆も同様だろう。同様に動揺しているはず。
「多分昨日の乱闘も関係してる……。あの日から予兆はあった……」
「い、いいから早くやりなさいよ。話してるうちに死ぬわよ」
「わかってる……。私も怖いから、急かさないで」
リュゼさんの覚悟が伝わったからなのか、それとも衰弱しているからなのか、フレネーゾさんが大人しくなった。もう押さえる必要はないだろう。
「……ふう。いくよ」
……なんだこの光は?
いつもはよほど暗いところでしかわからない程度の光しか出ないが、目がくらみそうなぐらい光り輝いてるぞ。
魔法に関しちゃ素人だけど、とてつもない魔力を放っていることぐらいわかる。すぐにガス欠起こすリュゼさんのどこに、こんな魔力が……。
「み、見てください……。顔色がどんどん良くなって……」
「ええ……。気のせいかウィークさんの傷も塞がってませんか?」
「あっ! ほ、本当だ! 痛みが!」
誰が予想しただろうか。リュゼさんがここまで覚醒するなんて。
覚醒するとしたらシュリムさんだと思っていたが、嬉しい誤算ってヤツだ。
もしかすると一線級の僧侶並みの回復魔法じゃ……。
「やるじゃん!」
光が収まるとともに、フェーブルさんがリュゼさんの背中を叩く。
「……」
「あ……れ……?」
どんなバカ力で殴ったんだ? 倒れちまったぞ?
「そ、そんな……そんなつもりじゃ……」
「ただの魔力切れよ、バカ」
アタフタするフェーブルさんの頭を杖で軽く殴る。さすが魔力切れの常習犯だ、落ち着いてらっしゃる。
「とんでもない回復魔法ね。私の靴擦れも治ったわ」
一番離れていたロトリーさんまで回復したのか? リュゼさんめ、本格的に目覚めたらしいな。後は魔力制御さえ練習すれば……。
「ロトリーさん……些細な負傷でもちゃんと報告を……」
「まーまー、過ぎたことは気にしちゃダメよ」
「……。そうですね、今は素直に喜びましょう」
とにもかくにも全滅を防げてよかった。後はさっさと街まで引き返して、体勢を整えるだけだ。うん、修行も兼ねてもうしばらく初心者ダンジョンに潜ろう。余裕があれば魔法使い系の新人でも雇おう。派遣にはダイヤの原石が眠っているってことが、よくわかったからさ。
俺らの底辺人生もついに終わりが見えてきたか?
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