第26話 一時離脱
詳しい原理はわからないが、魔力が枯渇すると動けなくなる。一般的には精神的なダメージだと言われているが、どうにも納得できない。
俺も何度か魔力切れを起こしているが、アレは肉体的なダメージな気がする。カロリー不足的な? いわゆるハンガーノック? いや、ハンガーノックを罹患したことないからなんとも言えんけど、アレって精神でなんとかなるんかね?
確かに言われてみれば、魔力豊富な人って精神的に落ち着いているっていうか、大人っぽい雰囲気を醸し出してるけど……。
逆にシュリムさんみたいに精神が未熟な人って魔力量が少ないし、やっぱり精神と魔力って深い関係があるのか?
「空が青い……鳥が飛んでる……アレは不死鳥かな? いいや、違うかな。不死鳥はもっと、ワーって飛ぶもんね」
……大いに関係あるかもしれない。
「先生、リュゼさんは大丈夫なんですか?」
「大丈夫に見えますか?」
見えないからこそ聞いてるんだよ! 医者ならもっと気の利いた返ししてくれよ!
やはりギルドから紹介された医者なんて信用ならんか? いや、しかし名医に診せる金なんか、とてもじゃないが工面できんぞ。
「単なる魔力切れなら、入院するまでもないんですがねぇ。こりゃあ、生きてるだけでも儲けもんですよ」
「え、死んでた可能性が?」
「ない話じゃないですねぇ」
不幸中の幸いってことでいいのか?
「風がやんだ……これは凶兆……」
手放しで喜ぶことはできないな。これ、復帰できるのか? 目がうつろだし、何を言ってるかサッパリなんだが。
「己の限界を超えた魔法を使うとこうなっちゃうんですよね。まあ、限界超えた魔法なんて使おうと思っても使えないんで、滅多にないことなんですが」
覚醒のツケというわけか。眠ってた力を引き出したというより、力を前借りした感じだろうか? いや、例えとしてはしっくりこないな。
ともかくリュゼさんは、感情によって魔力が暴走するタイプなのだろう。普段無感情なのも、無意識に力をセーブしてるってことか? いや、知らんけど。
原因はおいおい調べるとして、今肝心なのは……。
「治る見込みはあるのですか?」
「今のところはなんとも……」
医者にそう言われると、不安でしかないんだが?
言い方からして、治らない可能性のほうが高そうな気がする。
「まあ、とりあえず入院ですね。診察費用と合わせまして、一万五千クレです」
「い、一万五千?」
「ええ、一ヶ月の入院治療が一万クレ、診察費用が五千クレです」
た、高くない? 一万クレって、それなりに良い宿を一ヶ月借りてもお釣りがくるだろ? こんな粗末なベッドで一万って……。
診察料も明らかにおかしい。『治る見込みないです』の一言のために五千クレ?
「もう少し安くなりませんか?」
恥を忍んで値下げ交渉をしてみる。ギルドお抱えの医者相手だから、あまりこういうことはしたくないのだが、さすがに一万五千クレは……。
「病院で値切る人なんていませんよ、普通」
取り付く島もないとはこのことか。嘲笑され損じゃん。
はぁ……。この先どうなるんだよ……。
借金二十万クレ、仲間一人離脱、ポーションの裏ルート復旧の目途無し。
あれ、これ詰んでない?
「私のせいで……」
……うん、アンタのせいだよ。擁護する余地がないぐらい、アンタに非があるよ。
でもこの人、自傷してまで狂気と戦ったわけだし、責められんよな。
第一、この人にやる気無くされたら本格的に詰むし、糾弾するのはやめておこう。
「無理して中級ダンジョンに潜った我々にも責任がありますよ。どうか気にしないでください」
「でも……」
そうなんだよ、この人しつこいんだよ。いくらフォローしても、延々と自分を責めるタイプなんだよ。
「落ち込んでる暇があったら買い物行ってくんない? しばらく街に帰れないと思うから、食料買い込んできなさいよ」
「わ、わかりました!」
なるほど、こういう時はなんらかの仕事をやらせればいいのか。名誉挽回とまではいかずとも、役に立つチャンスを与えられたら、そっちに食いつくと。
……シュリムさんのほうがリーダーに向いてるのでは?
「あの、しばらく帰れないとは?」
「決まってるでしょ。初心者ダンジョンの地下を目指すのよ」
「……地下?」
え、あのダンジョンって地下あんの? 初耳なんだけど。
「鉱石を集めれば、多少は貢献度を稼げるわ。中級ダンジョンに潜るより安全だわ」
「鉱石って、武器とか作るのに使うアレですよね? そんなものがあるんですか?」
「なんで知らないのよ……」
その憐れみこもった目をやめてくれ。こっちは冒険とは無縁の田舎出身なんだよ。
「あのダンジョン、他の冒険者とあんまり会わないですよね? 鉱石があるなら冒険者が集まりそうなもんですけど」
「奥深くにあるわりにはショボい鉱石なのよ。効率が悪いから、まともな冒険者なら他のダンジョンに行くわ」
そうか、多分だけど鉱石って重たいもんな。
「装飾品ぐらいにしか使えないゴミみたいな鉱石だけど、それでも必要なことには変わりないわ。他の冒険者がやりたがらないなら、それはそれで評価されるはずよ」
考え方としては正しいと思う。スライム狩りみたいに地味で金にならん仕事でも、誰かがやらなきゃいけないわけだし。
……鉱石集めかぁ。戦力担当のフレネーゾさんに荷物持たせるわけにいかんし、そういう意味でもリュゼさんが抜けたのが痛手だな。
「臨時で荷物運びを雇うってのは……」
「そんなのまともなヤツは受けてくれないわよ?」
評価低いもんな、俺ら。元々変なヤツらって評価だったけど、先日の乱闘事件のせいで、変な上に乱暴なヤツらにランクアップしたんだよな。いや、ランクダウンか。
「……とにかくそれで借金を返済しようというわけですね?」
「いいえ? 絶対、普通に狩りしたほうが稼げるわよ」
え、そんな効率悪いの? 鉱石って、なくてはならないものなんじゃ?
「鉱石掘りに関しては皆素人だし、一つ掘り出すだけで相当時間がかかるわ」
そうか、雑にやると傷がついちゃうもんな。俺らにピッケルを使いこなせるのだろうか? いや、そもそも持ってないじゃん。人数分用意する必要はないだろうけど、最低でも三本はいるよな? 後、ハンマーやらバールやらもいるんじゃ?
「道具代とかを考慮すると、ほとんど利益がないのでは……」
「食料やポーションも含めると、むしろマイナスね。道具も消耗品だし」
シュリムさん? 何が悲しくて、採算取れないことが確定している苦行をわざわざ行うんです? そんなに評価って大事なのか?
「やめません? とりあえず普通に金を……」
「やめないわよ」
交渉の余地を感じさせないぐらい、ビシッと言い切る。
あれ? リーダーって俺だよな?
「鉱石掘りの経験を積んでおけば、後々絶対に役立つわ。それに安全かつ手っ取り早く評価を稼ぐには、鉱石掘りが一番よ」
「一理ありますけど、まずは評価より金では?」
まだフレネーゾさんと本契約結べてないし、リュゼさんの治療費の件もある。それだけでも相当辛いが、俺の地元が金をたかってきてるわけだし、とにもかくにも金をかき集めなければ……。
「それにその作業ってストレス凄いですよね? フレネーゾさんがバーサーカーになる恐れがあるかと」
「だからこそよ。正気を失っても平気なダンジョンで、ストレスに慣れさせておかないと、後々困るわよ?」
うーむ……。もう少し刹那的な人だと思ってたけど、意外と先を見てるんだよな。
言ってることは間違いじゃないと思うんだけど、それでもやっぱり金集めが先じゃないか?
「ギルドの評価が高ければ、いざって時に借金返済の猶予が貰えるわよ?」
「えっ、そんな制度が……」
「勿論割高だけど、身ぐるみ剥がれて即強制労働よりマシでしょ? 部屋だって今よりはマシな部屋が割り当てられるわ。言うまでもないけど、食事だって多少まともになるわ」
なるほど、そういうことだったのか。福利厚生がヤケに劣悪だと思ったら、俺らが底辺ゆえのことだったのか。
「一定の評価がないと、まともな医者に診てもらうことすらできないのよ?」
「そんな命に関わるところまで差別されてるんですか?」
「あったりまえじゃない」
優秀な冒険者はとことん囲って、無能は使い捨てってわけか。この国、とことん腐ってやがるな。
「なるほど……。じゃあ一週間ぐらい、鉱石掘りをしましょうか」
「短いけど、まあいいわ。あまりのめり込みすぎると、借金返済さえできないもの」
話がわかる人で助かるよ。このパーティって、シュリムさんいないと詰むんじゃないか? 俺としては、参謀より魔法使いとして活躍してほしいんだが。
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