第15話 十四歳のママ

 闇バイトから、およそ一週間。チェロットさんに例のバフをかけ続けてもらった結果、精神が安定してきた。病は気からとはよく言ったものだ。

 仲間達は俺の異変に気付きつつも、気を遣って詮索しないようにしてくれている。

 良い仲間を持ったな、俺も。おかげで断れなかったよ……。


「仲間思いなのね」

「……仲間が俺思いだから、俺も応えただけの話です」


 三回目の更新料を早々に払い終えたので、半年の猶予がある。本来であれば、美女パーティの依頼など受ける必要などない。ないはずなのだが、彼女達は同性でもいける口らしい。

 俺が断れば仲間に声をかけると脅され、仕方なく依頼を受けることになったのだ。

 仲間が断ればいいだけの話? 俺の異変に気付きつつ断るようなヤツらだったら、俺も苦労しないさ。

 戦力的に劣っていることに負い目を感じているロトリーさんや、優しさの塊のチェロットさんやウィークさんあたりは受けてしまうだろう。

 苦しむのは俺一人でいいさ。


「カッコいいですね、さすが男の子です。もっと男を見せてくださいね?」


 俺に被虐趣味があったなら、この僧侶さんにゾッコンだろうな。

 被虐趣味になるバフかデバフを覚えてくれないかな……。




 女の子のために強がる男っていうのは、ドS女の好物らしく徹底的にいたぶられた。

 美女の責めだからギリギリ耐えられたが、次は危ういな。回数を重ねるごとにエスカレートしていることを考えると、次々回辺りショック死するんじゃないだろうか。

 ……一流僧侶の回復魔法って凄いな。潰れた局部さえ一瞬で治せるんだから。


「どしたん? 顔色わりーぞ、シャグっち」

「……コメルスさん?」


 今更何しにきたんだ? アンタの消息が掴めないせいで、自力で借金全額払い終えちまったぞ。

 なんだったら、二人分の本契約代まで集めちまったぞ?


「例のゴブリン狩りに行きてえんだけど……無理そうか?」


 ……行きたい。一年分の契約費を半年で払い終えるという快挙を成し遂げたが、それでもまだ足りない。全員と本契約を結ぶためには、およそ二十六万クレ必要だ。

 九万クレほど余っているので、残り十七万クレだ。

 まあ、別に半年で稼ぐ必要ないんだけどな。二人分の金はあるんだし、誰か二人と契約して、残った四人は金に余裕が出来てから契約。それでじゅうぶんと言えばじゅうぶんなのだが、可能であればまとめて雇用したい。

 一年契約が切れた後に本契約を結ぶと割高になるし、他のパーティと派遣契約を結ばれる可能性もある。……それはそれでいいんだけどね?


「無理でも行くしかないんですよ……俺は」

「よくわからんが助かる。じゃあ明日の朝までに準備よろしくぅ!」


 正直に言うと、当分は街の外に出たくない。情けない話だけど、いたぶられすぎて精神が不安定になってきてるんだよな。

 女性恐怖症にならない自分を褒めてやりたいぐらいだよ。

 今回で十七万稼げば、あのドSパーティとも縁を切れるはず。金さえあればあんな依頼受ける必要ないんだから。そうだよ、今が踏ん張り時だ。吐き気と動悸が激しいけど、意地を見せねぇとな……。




 辛い……。とにかく辛い……。

 前回同様、コメルスさんが暴れた後に死体漁りをするだけの簡単な仕事なのだが、それさえ辛い。

 定期的にあの女達にされたことがフラッシュバックして、その度に吐き気が襲ってくるんだよ。

 このキャンプ中も定期的にチェロットさんが例の魔法をかけてくれてるけど、気休めにしかならない。魔力が低いから当然と言えば当然なのだが、このまま完治しなければ、冒険者人生終わりじゃね? ダメだ、そういうことを考えだすと余計に精神がおかしくなる……。


「シャグランさん? お疲れなんですか?」

「え? いや……気にしないでください」


 ウィークさんが心配そうに顔を覗き込んでくるが、この人にだけは悟られちゃいけない。他人事でも心を痛めるタイプだろうし、ヘタをすれば身代わりになるとか言い出すかもしれん。

 ……女の子の場合、どういう責め方をされるんだろう?


「あの、私にできることなら……な、なんでもしますよ?」


 なぜ顔を赤らめる? 何をしてくれるというんだ?

 魅力的な提案だが、仲間に劣情を向けたらドSパーティと同レベルまで落ちてしまう。同レベルになるのは戦力だけでいいんだよ。


「じゃあ、ちょっと早いですけどアイテムを換金してきてください」

「わかりました! 無事に運搬しますので、泥舟に乗ったつもりでいてください!」


 これまた古典的なギャグを……。いや、この子のことだから、素なんだろうな。

 はは、癒されるなぁ。ウィークセラピーを開業したら儲かるかな? なんてね。


「それでその……ご飯とか……」

「わかってますって。いつも通り、外食してきていいですよ」

「わーい!」


 本当にいるんだな、その言葉を口にする人。あざといなぁ。あっ、もう行っちゃったよ。さっきまであんなに俺の心配をしてたのに、ご飯が絡むとこれだもんな。扱いやすくてありがたいけど。

 ……はぁ。やっぱダメだ、やる気が起きない。なんで俺は都会なんかに……。のんびりと田舎で余生を過ごしたかった……。冒険者になんかならなきゃ、あんな連中のおもちゃにされることなんてなかっただろうに。


「シャグラン君、顔色悪いわよ?」


 はは、愛されてるなぁ俺。


「お気になさらず……」

「ダメダメ、恩人の不調を見過ごすわけにはいかないわ」


 ……ロトリーさんって、なんでこんな底辺冒険者やってんだろうな? 美人且つ気遣いができるんだから、オッさんとお話するだけの仕事で大金稼げそうなのに。


「どうしても辛いなら、お姉さんが良いことしてあげるわよ?」

「肩でも揉んでくれるんですか?」

「ノンノン、揉むのはキミよ」


 豊満なそれをアピールして、俺の雑なあしらいをあしらい返す。

 ……ダメ、吐きそう。

 いや、決してロトリーさんを嫌悪してるわけじゃない。本人から直々に許可が出ているのだから、心行くまで揉みしだきたい。

 でも……例のパーティが頭をよぎるんだよ……。

 あの人らも、やたらと揉ませてきた。飴と鞭だとか、揉まれることで快楽を得ているとか、色々な理由があるんだろうけど……理由なんてどうでもいい。

 ……俺、二度と女性とまぐわえないのかな。女性が性的アピールする度に、吐き気催してたら話にならんよな。


「えっと……ごめん……。私みたいな年増は嫌よね……」

「いえ、そういうわけでは」

「ごめん、忘れて……」


 誘いを断られてショックを受けたのか、それともプライドに傷がついたのか。どちらとも取れる表情をした後、そのまま去っていった。

 あーあ……リーダー失格だよなぁ。皆は悪くないのに……こんな八つ当たりに近い落ち込み方して……。小さい男だよ、俺は。

 などとネガティブモードになっていたら、急に袖をクイクイと引っ張られた。


「シャグラン、シャグラン」


 今度はシュリムさんか。仲間ってつくづく俺思いだよなぁ。


「見てらんないわよ、その辛気臭い顔」


 え、侮辱? 俺思いじゃないの?


「大魔法使いのアタシが治療してあげるから、しゃがみなさい」

「シュリムさんが……? 攻撃魔法しかできないんじゃ……」


 などと言いつつも、大人しくしゃがむ。どうせ最終的に言うことを聞くハメになるのだから、抗うだけ無駄というヤツだろう。

 一体何を……うぐっ!?


「シャグラン……無理しなくていいのよ」


 なんだ? 何が起きてる?

 あのシュリムさんが……いつもツンツンしてるワガママ娘が、母親のように優しく俺を抱擁しているんだが? いや、前にもあったけど……あの時以上に温かい……。

 ……キャンプ中ゆえにお世辞にも良い匂いとは言えないが、口に出したら殺されるだろうか? いや、許されるとしても絶対口には出さんが。


「アンタの後衛にはいつだって天才魔法少女が控えてるんだから、もっと頼りにしなさいよ」


 俺、本格的に精神がおかしくなったのかな?

 俺の意思とは無関係に涙が溢れてくる。ダメだ、年下の女の子の前で泣くなんて。

 それにこの体勢で泣いたら、シュリムさんの服がびっちゃびちゃになる。鼻水なんかつけたら、確実に殺されるだろ。泣き止め、泣き止めよ。


「大人だろうが、男だろうが、泣きたい時は泣けばいいのよ」


 母性が……母性が凄い……。

 やめて……そういう言葉をかけられると、涙が止まらんから……。

 くそっ……なんでゴブリンの断末魔を聞きながら、女の子の胸元で泣いてるんだ。


「普通の冒険者なんて、派遣冒険者をゴミのように使い捨てるもんよ? 真面目に向き合ってるのはアンタぐらいのもんだわ」


 あっ……そうなんだ。薄々感づいてたけど、そういうもんなんだ。

 出会った当初、シュリムさんが『定額使い放題なんて思わないで』みたいなことを言ってたから、もしやと思っていたが……。


「手を出さないのも偉いわ。誇っていいのよ」


 そんなの当たり前の……ちょ、撫でないで……。

 なんだよ、なんなんだよ。年上の男を泣かせて、何が楽しいんだよ……。

 こんなことされたら……好きになっちゃうだろ……。


「さっ、コーヒーでも淹れてあげるわ。特別にアタシのお菓子もわけてあげる」


 ……この子は本当に天才魔法少女なのかもしれない。

 普段の俺だったら『年下の女の子に気を遣わせてしまった……俺なんか……』みたいに落ち込んでただろうけど、素直に元気が湧いてきたよ。

 本当にありがとう。最高の仲間だよ。

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