第14話 闇バイト

 もはや何度目かわからんが、八方塞がりだ。塞がってない時期がないまである。

 ダンジョンの入り口での狩りは、効率が悪すぎる。スライム狩りをするなら平原のほうが効率良いし、経験値や金を稼ぐならゴブリン狩りに行ったほうが良い。

 バットは魔石を落とさないし、ドロップ素材の羽も五クレでしか売れない。納品クエストも滅多にないし、このままじゃ更新料が……。

 コメルスさんは別の街に行ってるみたいなので、稼ぐアテがない。


「くそっ……低級の納品クエストが全くねぇ……」

「当たり前じゃない」

「……どちら様で?」


 クエストボードとにらめっこしていた俺に、突然女性の冒険者が話しかけてきた。

 二十歳前後だろうか? おそらく戦士だが、色気が凄いな。そんな面積少ないアーマーで、戦闘なんてできるのだろうか?


「見すぎよ。エッチ」

「あ、いえ……そんなつもりは……」

「あら、そんなつもりじゃないなら……仕事の依頼はできないわね」

「え?」


 依頼……? 俺に? っていうか、どういう意味よ? そんなつもりじゃないと受けられない依頼って。

 まさか性的な……。


「貴方のパーティに負けず劣らずの、美女オンリーパーティなんだけど……依頼、受けてみない?」


 絶対にヤバい案件だ。いくら追い詰められてるとはいえ、軽々に受けちゃいけない依頼だろう。


「全員分の更新料を払えるぐらいのお金は出すけど……」


 またこのパターンかよ……。コメルスさんの時みたいに美味しい案件なんて、そうそうあるもんじゃないし……。きっと罠だろう。


「……ウチのパーティは、戦闘力皆無なんですが」

「いらないいらない。貴方一人でこなせる依頼よ」

「……不躾ですが、前金を……」

「わかってるわかってる。ほらっ」


 ……やるしかねぇよなぁ。風俗に行ったツケだと割り切ろう……。




 セクシーな戦士に武道家、大人しそうな僧侶に気の強そうな魔法使い。

 なんか……ウチのパーティの五年後って感じ?

 それはさておき、なんで一軒家に連れ込まれてるの? なんで……この人達は下着姿なの? 魔法使いのお姉さんが赤面しながら睨んできてるんだけど、どういう状況なの?


「さっ、脱いで」

「脱ぐって……」

「そのまんまよ。スッポンポンになってちょうだい」


 俺に何をさせようというんだ? 年下の男の子を手籠めにしようとしているのか? しているんだろうな。間違いない。


「あの……」

「えっ……」


 僧侶さんが、もじもじしながら俺の手を取る。そんな煽情的な格好で目の前に立たれたら、目のやり場に困るんだけど。


「小さくても馬鹿にしないので……気にせず脱いでください」


 何を言ってんの? 真面目そうな顔して……いや、服装が不真面目な時点で顔どうこうの問題じゃないんだけど。


「あの、一体何を……」

「言ってなかったかしら? プレイに付き合ってほしいだけよ」


 ぷ、プレイ……? 詳細を聞くのが怖いんだけど。


「ちょっとイジメさせてもらうだけよ」


 武道家さんが俺の局部を突きながら恐ろしいセリフを吐いた。


「帰らせていただいても……」

「前金払ったわよね? 契約不履行ってことで、イジメた後に金の回収をさせてもらうわよ?」


 やっちまったなぁ……前金は既に、更新料として納めちまったよ。

 ……受けるしかないのか? 死んじゃうよ?


「大丈夫よ。ちゃんと手加減するし、治癒魔法もかけるから」

「……本当に手加減してくださいよ?」


 泣きたい……帰りたい……仲間に泣きつきたい……。




 自分で言うのもなんだけど、俺って精神力強いんだなって思ったよ。

 本当に辛かった。女性がトラウマになるレベルで辛かったよ。

 一番大人しそうだった僧侶さんが一番エゲつなかったね。ああ、死にたい。

 前衛で戦うならある程度の痛みは耐えなきゃいけないんだろうけど、それにしたって酷いよ。どれだけ泣き叫んでも、やめてくれないんだもの。


「アンタ何があったの? 目が赤いし、顔色も悪いわよ」


 スライム狩りを終えたシュリムさんが、心配そうに顔を覗き込んできた。

 天使だ……。同じ魔法使いでも、あっちは悪魔だったよ。俺が悲鳴を上げる度に威力上げてきたし……。


「……ちょっとした依頼を……」

「あら、凄いじゃない。それで報酬は?」

「……手持ちの金と合わせて、更新料を払える程度の……」


 過少申告しておこう。俺が風俗通いした分と帳尻合わせたいし。

 これぐらい許されるだろ? 償いとしては、じゅうぶんすぎるほどの働きをしたわけだし。ああ、思い出しただけで泣きそう。

 何が楽しいんだ? なんで大金を払ってまで、あんな酷いことを……。


「やるじゃない! 見直したわ!」

「ははは……貴女がスライム狩りをしてくれてたからこそ、俺も依頼に集中できたんですよ」

「まっ、それもそうね。でもよくやったわ」


 嬉しい……安い誉め言葉なのに、凄く嬉しい。

 あのドSパーティは、これでもかってほど罵倒してきたからな。尊厳と自信を同時に失いかけたよ。


「じゃあ、ダンジョン攻略はもうしばらく後でいいわね?」

「ええ……皆さんに伝えておいてください。俺はもう寝ます……」


 就寝には早い時間だが、肉体的にも精神的にも限界だ。さっさと寝て、全てを忘れたい。あの美女達の顔を忘れたい……。


「天才魔法少女を小間使いにしようなんて、良い度胸ね。杖で急所をフルスイングされたいのかしら?」

「っ! すみませんっ……自分で伝えます……」

「シャ、シャグラン?」

「俺が悪かったです……俺が……」

「……寝なさい。良い子だから」


 俺は何をしてるんだろうな。シュリムさんがそんな酷いことするわけないのに、冗談を真に受けちゃってさ。

 最低だよな、本当に。男らしくねえよ。

 温かい……決して豊満ではないが、心地良い。年下の女の子に優しく抱擁されてとろけるなんて、本当に情けない男だよ。




 あれから一週間。俺の心の傷は未だに癒えていないが、ドSパーティの性欲は溜まりきっているらしい。他にアテがないのか、俺のもとへ再度依頼を持って来た。

 三回目の契約更新費を貰えるという誘惑、彼女達への恐怖、その両方に負けた俺は一も二もなく例の一軒家に足を運んだ。


「アレだけ痛めつけたのに元気そうね」


 人の道を踏み外していようとも、外見が美しいことに変わりはない。

 素直に反応してしまうのが情けなくて、たまらない。なぜ生理現象を恥じなければならないのか……。


「シャグランさん、今日の私は意地悪ですよ」


 今日の? 何を言ってんだ、この似非僧侶が。


「回復できるのは私だけ……その意味を忘れないでくださいね?」


 ……俺に冒険者としての才能が有れば、違う未来もあったのかな。




 自分の感情がわからない。

 無性にイライラするような……気分が落ち込むような……。

 急に涙が出そうになるし、何もする気が起きない。思考もまとまらない。

 自分に非はないはずなのに、自分という存在が情けなくなってくる。


「シャグランさん? あの、大丈夫ですか?」

「……」

「シャグランさん?」


 えっと、誰だっけ。ああ、チェロットさんね。

 なんだろう、なんか悲しげな顔してるけど……何があったんだろ。


「あの、お金どうしたんですか? その……辛そうな顔をしているのと、何か関係してるんですか?」

「……ほっといてください」


 身を案じてくれているというのに、冷たく当たってしまう自分が情けない。

 死ぬほど痛い目に遭っただけなのに……人としての尊厳を奪われただけなのに……無関係の仲間に当たるなんて、男として最低だ。


「……えいっ!」

「な、何を……?」


 魔法……? 俺に……?

 ……多分、例のバフだろう。気分が少しだけ高揚しているのがわかる。

 ……相当弱ってんだな、俺。いつもだったら、ドラゴンにでも勝てそうな気分になれるのに……。


「待っててください……もう一回かけますから……」

「オフなんですから、無理しなくても……」

「いいえ、倒れるまでかけます」


 なんでそこまでしてくれるんだろう。仲間と言っても金で雇用されているだけに過ぎないのに、なぜ献身的になれるのだろう。


「表情が柔らかく……なりましたね。もう一度……」

「じゅ、じゅうぶんですって。もう元気ですから……」

「そ……そうですか……また三十分後にかけますんで……」


 明らかに息が荒い。相当魔力を込めたのだろう。

 ……優しさが辛い。ただただ辛い……。

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