第16話 主人公特有の強運

 コメルスさんの体術を見よう見まねで模倣してみたが、どうも上手くいかない。

 筋力の差か? それとも体幹? それさえわからない。俺って本当に……。

 いかんいかん、すぐネガティブになるな。自信が付くバフを定期的に唱えてくれるチェロットさんや、癒しの魔法を使ってくれてる大魔法使い様に申し訳ないだろ。

 何か……何かあるはずだ。俺が胸を張れるものがきっとある。なければ作る。立ち上がることこそが恩返し、誠意なのだから。


「お疲れ様。凄い汗よ? 水浴びしてきたら?」

「あ、はい……そうですね」


 ロトリーさんは本当に大人だな。ダテに歳食ってない……って表現は失礼か。大人特有の余裕があるな、うん。

 この前のことなんてまるでなかったかのように振舞ってくれてるよ。


「一緒に浴びる? なんてね、フフ」


 反応に困るからやめてほしいけど、陰キャなりに頑張ってノってみよう。


「……いつもコメルスさんの水浴び覗いてるでしょう? 今更俺のなんか見ても仕方ないですよ」


 コメルスさんがどれほどご立派か知らんけどな。

 冗談には冗談で返す。慣れない文化だけど、避けてたら大人になれないもんな。はは、子供でい続けたいよ。


「あら? あの人、ああ見えても可愛らしいサイズよ? ここだけの話、皮……」

「聞きたくないです!」


 やめてくれよ、あの人を見る目が変わるからさ! 『この人って頼もしいけど、あそこは頼りないんだよなぁ』っていう目で見ちゃうからさ!

 ……コメルスさんが暴れてるうちにし水浴び済ませとこ。こんな会話した後じゃ、男同士でも気まずくなるし。




 たとえ真実であっても語れば語るほど、騙りに聞こえる。しかし無言を貫いたら貫いたで、罪を認めたと捉えられる。ままならないとはこのことだろう。

 俺が選んだのは前者。どうせ有罪なら、ありったけの申し開きをしたい。


「違うんです。知らなかったんですよ、俺は。鍛錬で汗をかいたから水浴びしようと思っただけで、他意はなかったんです。天地神明に誓ってもいいです」

「……」

「そりゃシュリムさんは魅力的な女性ですが、だからといって仲間の水浴びを覗くほど腐っちゃいません」

「……」


 怖いんだけど! 一貫して無言なんだけど!

 背を向けているので彼女の表情は見えないが、絶対怒ってる。手元に杖があれば、魔法の一つや二つぶっ放す程度には怒ってるはずだ。

 くそ、なんて日だ。こんな古典的なシチュエーション……巷で人気の読書初心者向け書物でよく見る、いわゆるラッキースケベに出くわすなんて……。

 あれは架空の出来事だから許されることであって、現実で起きたらアンラッキーでしかねえよ。


「金輪際このようなことがないように努めます! 貴女をそういう目で見る日は、未来永劫訪れません!」

「…………面白い遺言じゃない」


 や、やられる! いや、火力的に死ぬことはないだろうけど、そういう問題じゃなくてだな……。

 お、俺悪くないじゃん! 木陰に衣服置いてるシュリムさんに日があるじゃん! もっと目立つところに置いといてよ!

 ちくしょう……汗を流しに来たのに、余計に汗をかくハメになるとは……。


「や、約束します! 何があっても貴女にだけは手を出しません! 信じて……」

「もういいわ」

「え……」

「それ以上何も言わないで。そうすればアタシは、大人のレディでいられる」


 ……? 言葉の意味はよくわからんけど……怒ってないってこと?


「シャグラン」

「はっ、はい!」

「アンタ、やっぱり冒険者向いてるわよ」


 え? 何? どういうこと? この流れで何を言ってんの?


「強運だもの、アンタ」


 ………………えっと、よくわからんけど……アレか。

 シュリムさんの自己評価の高さ、性格から推察するに『アタシみたいな絶世の超絶美少女の沐浴を見れるなんて、世界で一番幸運よ』ってこと?


「アタシで良かったわね。他の子だったら……フフフ」


 ……? ダメだ、やっぱこの人よくわからねぇ。

 とりあえずお咎めなさそうだし、余計なことは言わないでおこう。

 ……怒られないなら、もっとじっくり見とけば良かったな。一瞬だったけど、スラッとしてて綺麗だったな……。




 もしかしたら、俺のトラウマは多少マシになったのではないだろうか?

 シュリムさんの体が貧相ってのもあるだろうけど、特にフラッシュバックが起きなかったぞ。ロトリーさんとかウィークさんで実験すれば確実なんだろうけど、次はさすがに死ぬだろうしやめとこう。


「おっ、元気そうだな」

「あっ、お疲れ様です」


 一仕事終えたのか、コメルスさんが俺の対面に座る。

 ……この人、ロトリーさん曰く……ああ、いや、やめよう。考えちゃダメだ。


「キャンプ前は死にそうなツラしてたのに、なんか良いことあったのかい?」

「はは、あったといえばありましたけど……まあ、ええ……仲間のおかげで持ち直したと言いますか」


 戦闘力はさておいて、本当に良い仲間を持ったと思うよ。

 スライム狩りとか、初心者ダンジョンで他の派遣冒険者を何度か見かけたけど、まあ酷いもんよ。

 強さって意味じゃウチのメンツより遥かにマシなんだろうけど、なんていうか……意志薄弱? 無気力というか、ダラダラ生きてるっていうか……。

 軽い世間話をしたけど、価値観の相違というか、知性を感じなかったというか。なんやかんや、ウチの子達ってまともなのかなぁって。

 勿論待遇の差もあると思う。他のパーティじゃ、派遣冒険者達に罵詈雑言を浴びせたり、無茶な労働をさせてるみたいだし。

 女性冒険者同士のイジメとかも酷いらしいな。派遣側が美人だったら、陰湿なイジメを受けるとかなんとか……。


「良い仲間を持ったな。まっ、お前さんの人徳もあるんだろうけど」

「人徳? 俺に?」


 男におべっか使うタイプじゃないだろうし、冒険者ジョークってヤツか?

 俺はリーダー適正皆無の陰キャだぜ? 人徳なんて転生でもしない限り、手にすることができないだろ。


「お前さん、初期資金たんまりあったんだろ? フツーは、裏防具屋に行くぜ?」

「裏? 防具屋に表も裏もないでしょう」

「なんだ、知らんのか? 各職業ごとにエッチな装備があんだよ」


 何言ってんだコイツ? いや、露出高い装備とかは存在するだろうけど……。


「下着に極めて近い服装で冒険に出されるなんて、派遣の世界じゃ珍しくねえぜ? あの子達クラスの美人なら尚更さ」

「言われてみれば、たまに薄着の女性とか……上半身裸の若い男がいますけど……」

「変態か派遣の二択だな。国から公認された防具屋で売ってる装備なら、派遣に拒否権はねえのさ」


 この世界って知れば知るほど心を痛めるよな。バカのほうが幸福度高いって話をたまに聞くけど、わかる気がする。


「勿論、レベルの高いダンジョンに潜るなら話は別だけどな。低級のダンジョン程度なら、適切な装備として黙認されるんだよ」

「……あの子達にそんなことさせるぐらいなら、俺はコイツで男を捨てます」


 ナイフを自分の局部に向ける。言うまでもないが、別に自傷行為に走るわけじゃない。それほどの覚悟、誠意を持っているというアピールだ。


「やっぱ面白れぇな、シャグシャグは」


 シャグシャグ?


「お前さんに実力があれば、ウチのパーティに入れたいところさ」


 コメルスさんクラスの人からそんな言葉を賜るなんて、感無量だよ。皮肉に聞こえなくもないけど、この人の性格的に良い意味のはずだ。多分。


「話は変わるが、金回りがいいらしいな」

「さすがコメルスさん、相変わらずお耳が早いようで」


 まあ、目立つか。万年金欠のクソ雑魚パーティが、急に大金を納めたんだもの。


「お前さんの不調と関係してるのかい?」

「耳もそうですが……目と勘も優れているようで」

「ハッハッハッ! 俺に優れてねぇところはねえさ」


 ……いや、ロトリーさん曰く……。


「で? 何があった? お兄さんに話してみな」


 なるほど、そうきたか。できれば墓まで持っていきたいが、厚意を無下にしたら今後に関わってくるかもしれん。

 そういう打算抜きにしても、話すべきだろう。情報通なコメルスさんなら、トラウマの解消法を知っているかもしれん。たとえ知らなくとも、あんな連中に頼らずに稼ぐ方法ぐらい教えてくれるだろう。

 もしかしたら、こういうおいしい仕事をガンガン持ってきてくれるかもしれん。


「実は……」


 よし、話そう。今後のために、恥も外聞も捨てちまえ。俺の生き恥を晒すだけで、あの子達が幸せになれるなら安いもんさ。

 絶対に手放さん……変な冒険者達に渡してなるものか……。

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