第17話 奴隷卒業
例のサディスティックパーティの所業を洗いざらいコメルスさんに話した。
話の最序盤、美女パーティの持ち家に招かれてお互い衣服を脱いだくだりで興奮していたコメルスさんも、話が進むにつれ顔が真っ青になっていった。
痛みを想像してしまったのか、自分の股間を押さえながら何か考え込んでいる。
「お前……良く耐えたな」
「金が必要でしたから……」
コメルスさんにはわからないだろう。ちょっとダンジョンに潜れば手に入るような金額で、自分の体を売るなんて。
弱者の気持ちなんてわからんよ。だから同情なんてしなくてもいい。
「大したもんだよ。普通なら精神崩壊するか、女性恐怖症になる」
「はは、仲間のおかげですよ」
「筆舌に尽くしがたい苦痛を味わったお前さんに言うのもなんだが、羨ましいな」
……言いたいことはなんとなくわかる。
この人がどんなパーティに所属しているのかは知らんけど、一人でゴブリン狩りをしている時点で良好な関係とは言い難いはずだ。
強者には強者の悩みがあるってことかな? 知らんけど。
「まぁ、お前さんのトラウマを治す方法はあるよ」
「ほ、本当ですか?」
「ポーションとか魔法とか色々あるだろうけど……まぁ、今のお前さんにゃ絶対手が届かんよ」
やっぱり金か……何をするにしても金、金、金。嫌になってくるね。
……ポーション?
「あの、実は懇意にしている薬師さんがいるんですけど……」
「ほぉ? 零細パーティにしちゃ、ポーション持ってるとは思ってたが」
本当に目ざといな、この人は。一体何者なんだろうか。この人と一緒にいる時、いつも以上に他の冒険者が冷たいっていうか、変な視線を向けてくるんだよね。
鼻つまみ者とまでは言わんけど、決して人気者ではないんだろうなって。
「さすがに譲っては貰えないと思うが、換金がてら行ってきたらどうだ? 心配しなくても、お前さんの仲間にゃ手を出さんよ」
「……ではお言葉に甘えて、朝一で」
……この件を薬師さんに話すのか。ドン引きされそう……。
「……大変だったねぇ」
「ええ……今は少しずつ精神が安定してきてますけど、いつ再発するか気が気じゃないですよ」
「だろうねぇ」
予想に反して、薬師さんは憐憫の情を向けてくれている。
金のために尊厳を捨てたことを非難されるんじゃないかってヒヤヒヤしてたけど、人の心があったようで何よりだ。
「で、
だけど? なんだろうか。目玉が飛び出るほどの金を要求されるのだろうか。
「今の私じゃ難しいねぇ。経験も材料もない」
「……あんまり需要がないんですか?」
「んー……メンタルってのは甘えと考える人が多いからねぇ。研究費とかも降りにくいのさ」
金の流れは良く知らんけど、とことん腐ってやがるな。そりゃ優先度は肉体の傷やら魔力の回復が上だろうけど、メンタルだって立派なステータスだぞ?
あっ……そういえば、どこかで聞いたことがある。研究ってのは基本的に、どれだけ研究費を捻出するかの勝負だって。
世間でよほど注目を浴びていない限り研究費が出ないから、中々発展しない分野があるらしい。きっとこれも……。
「金になるかどうかわからんものを自腹切ってまで研究したくないし、物好きを見つけるしかないねぇ」
この人以上の物好きか……。仮に存在したとして、俺が取り入ることなんてできるのだろうか?
「キミにとって都合の良い情報を教えてあげるけど、その……プレイ? 拷問は決して無駄じゃあないよ」
「そりゃ金貰ってますし……」
「いやさ、そういう話じゃなくてだな、ステータスだよ」
ステータスだぁ? メンタル不調っていうバッドステータスを患ってるけど、俺にとって都合がいいのか? とてもそうは……。
「その痛みは私にゃよくわからんけど、キミの精神力や耐久力は間違いなく上昇している。古典的だが、自らを痛めつけて回復するって修行も実在するんだよねぇ」
なるほど……? 言われてみれば、ゴブリン狩りの時もポーション無しである程度動けるようになってきてるような……。
「回避の技術が低いゆえに頑丈になったなんて、良くある話さ」
うーむ……? わかるようなわからんような。
無駄にならないってのはありがたいけど、それでもあんな目に遭うのはもう……。
「まっ、今のところ私にはわからん痛みだから、根性出せだの受け入れろだの言うつもりはないさ」
こういうところ好感が持てるなぁ。自分が知らないことでも無責任な発言を……待てよ、ちょっと。
「……今のところ?」
「……ともかく、冒険なり休息なり、やることやってきな。時間は有限さ」
バツが悪くなったのか、俺の背中をグイグイ押して追い出そうとする。
少し気になるが今後のこともあるので、抵抗せずに大人しく店を出ることにした。
「最後に一つ。精神的なダメージってのは、生兵法より自力で立ち直るのが一番さ。よっぽど酷い時は別だけどね」
「あ、ありがとうございます」
……? そうか? ヘタな民間療法や根性論より、専門家による治療が一番いいのでは? イマイチ納得できんが、薬師さんが言うならまあ……。
さてと……結局解決しなかったけど、どうすっかな?
今からキャンプに戻るのもアレだし、今日一日は街で適当に……。
「あっ、いたいた」
多分跳ねた。比喩表現とかじゃなくて、心臓が思いっきり跳ねた気がする。
恐怖で足がすくむ。振り返ることも逃げることもできない。俺にできるのは、ふぬけた顔を汗まみれにすることぐらいなもんだ。
「ちょうどいいところで会ったね。発散したい気分だったんだよ」
名前も知らない武道家さん……例のパーティの武道家さん……。
この人に限らんけど、プレイの時以外は優しいのがかえって怖い。
「えっと……その……」
今はそこまで別に金に困っていない。断らねば……断らねば……。
「その……」
ダメだ、言葉が上手く出ない。
断ったからって逆上するような人じゃないってのはわかってるけど、それでも……言葉が……。
「大丈夫だって。今日はご褒美多めにするからさぁ」
公衆の面前だというのに腕を組んで、頬ずりをしてくる。あっ、やわらかっ……。
「本当にヤバかったら途中でギブアップしていいからさぁ。っていうか今までもギブアップして良かったんだよ? そりゃ報酬は減るけど、耐えた分の報酬はキッチリ払うつもりだったし」
え、それ初耳なんだけど?
いや、途中離脱オッケーだとしても……。
「頼むよ、キミみたいに根性見せる男って今少ないからさぁ」
「……その、別にお金に困って……」
「んー? やりたくないの? 別にいいんだけど……」
み、見逃してもらえるのか? よし、この流れを逃しては……。
「ウィークちゃんだっけ? ちょうどさっき見かけたし、あの子に……」
「やります! 俺、やりたいです!」
「ホント!? さっすが男の子! カッコいい!」
わ、忘れてた! あの子、換金のために俺より先に戻ってきてたんだった!
くそっ、とことんタイミングが悪い……。
「まだ……いけます……」
もう涙も鼻水も枯渇した。もう胃液の一滴も出ない気がする。
月並みというか稚拙な表現だが、限界中の限界といったところだろうか。
「マジでまだやんの? そんなに仲間が大事?」
「……ただの意地です」
「へぇ……まあ約束通り、お仲間さんには絶対手を出さないけど……もう帰っていいんだよ?」
「……満足するまでどうぞ……」
俺は何を言ってんだろうな。せっかく解放される流れだってのに、自らの意思で延長を要求してんだぜ?
別に言わされてるわけじゃないし、特殊な性癖に目覚めたわけでもない。
金、ステータス、意地、そんなしょうもない理由で限界に臨んでいる。
はは、何を必死に……うぐっ……。
「なんで膝つかないの? 今の効いたっしょ?」
「……泣いて謝ってもモンスターは許してくれませんから……」
俺が一発多く耐えるだけで、全員が生き残るってケースもきっと出てくる。のんびりと冒険するなら、そんなシチュエーション中々来ないと思うけど、この先もきっと金欠に悩まされる気がするんだよ。ゆえに、いつでもレベル適正外のダンジョンに潜れるだけの力は身につけねば……。
「……うん。決めた」
「……いたぶり方をですか?」
「いんや、キミから手を引くことを決めたの」
え……? 俺から手を引く……?
「優良物件だけど、そこまで男見せられるとねぇ」
「俺は別に……大したことは……」
「手放すのは惜しいけど……これからは同じ冒険者として仲良くしましょう」
そういやこの人達って冒険者だった……うぐっ……。
い、息が……。
「キミの成長を祝して最高の飴をあげるから、最後までよろしくね」
「んぐぐ……」
あ、飴の前に酸素を……! 胸で窒息す……。
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