第36話 帰省

 ロトリーさんの美貌もあってか、コメルスさんに高値で種を売りつけることに成功した。勿論、無限に入手できる手段については伏せておいた。

 どうやらコメルスさんは、老後の資産として種を集めているらしい。確かに現金だけじゃ怖いものがあるけど、俺らみたいなパーティが出てきた瞬間、相場が崩れると思うんだけどなぁ。

 まあいいや、崩れる前にどんどん譲っていこう。勿論、怪しまれない程度にだが。


「借金返済おめでとうございます!」

「いやいや、フレネーゾさんがいてこそですよ」


 バフが切れる前に百体以上狩れるの、フレネーゾさんぐらいなもんだろ。まあコメルスさんもできるだろうけど。


「次の目的はどうするんです? 装備を固めて中級ダンジョン攻略ですか?」

「いえ、まずはフレネーゾさんと本契約ですね」

「え……。よ、よろしいのですか?」


 なんでよろしくないと思ったんだよ。何があっても絶対に手放さんわ。第一、種のことを知ってる時点で手放せねえよ。


「本によれば、力以外をあげる種も存在するみたいですし、その他にも高値で売れるレアドロップアイテムがあるかもしれません。次に種を売るのは一ヶ月後ぐらいの予定ですし、今のうちに他のモンスターも試していきましょう」

「いやぁ、私って……相当な拾い物ですか? なんて、えへへ」


 珍しく天狗になっているが、腹は一切立たない。だって、今となってはチェロットさんが一番の功労者だもの。


「最高の仲間ですよ」

「えへへ、そんなふうに言っていただける日が来るなんて……派遣時代は考えられませんでしたよ」


 この調子で金を集めていけば、リュゼさん達を治せるかもしれないし、村も発展させることができる。

 種をドカ食いして、装備を揃えて、臨時の新しい仲間を雇って……うん、一流冒険者への道が見えてきたぞ。


「アタシもついにフィジカルマジシャンになれるのね」


 なんだよ、それ。筋肉でゴリ押す手品でもするのか?

 そっか、言われてみればそうだよな。別に魔力を上げる種にこだわらなくても、力バク上げすれば戦えるのか。


「ウィークさん達とレベル差が開いても、種である程度は縮められますね」

「そうですね。種を渡すついでに、様子を見てきてあげたらどうですか? きっと寂しがってますよ」


 チェロットさんの言うこともわかるけど、故郷と街まで往復するのに結構時間がかかるんだよな。当然、金もかかるし。


「えっと、俺が抜けたら……」

「問題ないわよ。さっさと行ってきなさい」

「シュリムさんがそうおっしゃるなら……」


 俺、リーダーだよな? 金策考えた功労者だよな? いや、勿論MVPはフレネーゾさんとチェロットさんだけどさ。




 ケチらずに馬車でも使えば良かったかな。いや、今までのことを思い出せ。安定したと思えば、なんらかの出費が発生。常に金欠だったじゃないか。今の種ビジネスも運一つで崩壊する可能性がある。早い話、他の冒険者が偶然ゴブリンから種を手に入れたら……そんでもってそいつが口の軽いアホだったら……。

 おっ……ようやく村が見えてきた。村から街に行くときは死ぬほど疲れたけど、冒険者やってたおかげで体力がついたらしいな。


「皆元気にしてっかなぁ……とりあえず度重なる金の無心についてキレないとな」


 さてと、誰をしめっかな。やっぱ村長が一番手っ取り早いかな。

 ん? なんか、ところどころ家が改築されてるような……。柵とか立て看板もおしなべて新しい気がする。

 なんていうか……金に困って無心したというより、贅沢するために無心してきたんじゃ……。いや、薄々わかってたよ? 農業ぐらいしか能が無いこの村で、定期的に大金が必要になると思えないし。


「おやっ、シャグランちゃん」

「あっ、オバさん。久しぶり」


 オバさんAが現れたけど、正直この人に用はない。っていうか名前すら知らないんだよな。基本的に〝オジさん〟とか〝オバさん〟って呼んでるから、ぶっちゃけご近所さん以外はあんまり知らん。もしかすると、その辺りのコミュニケーション不足もたたって追い出されたんじゃないかな。


「アンタ頑張ってるみたいやねぇ。おかげ様でウチも快適になったよ」

「快適に?」


 え、こんな名前も知らんオバさんが贅沢してんの? こっちは何度も何度も死にかけたし、イカれた女性パーティに拷問までされたんだぞ。腹が立ってくるな。


「都会から魔石を使った道具を買ったからねぇ。暑い夜も快適なんよ」


 魔道具ってヤツか? なんか知らんけど高そうだな。ふざけんなよ? こっちは節約のために徒歩で帰省してんだぞ。


「観光客呼び寄せるための建造物を建てる計画も出てるし、シャグランちゃんにはこれからも頑張ってもらわんとねぇ」


 普通そっち優先じゃない? なんで真っ先にアンタらの生活水準を上げてんだよ。


「あの、俺の仲間が二人ほど来てると思うんですけど」

「あー、ウィークちゃんとリュゼちゃんね。シャグランちゃんの家におるから、会っていきな」


 俺の家に? 別にいいんだけど、もっと大きい家あるだろ?

 とりあえず向かうか。別に親の顔は見たくないけど、久々にウィークさん達の顔を見たいし。なんだったら、あの二人以外の顔は見たくない。


「いやぁ、採れたての野菜は美味しいですねぇ」


 おっ、この声は……。


「ふぁっ! シャフハンハン!」


 食べながら喋るなよ。っていうかまた食ってるよ、この人。せめて調理ぐらいしてから食えって。


「お元気そうで何よりですよ」

「あいははっはでふよ」


 えっと……『会いたかったですよ』って言ったのかな? いいから早く飲みこみなさいよ。あっ、こら、二本目食うなって。まず話をしようよ。


「まだ暴食は治らないんですか?」

「だっふぇ、ふぁふはんはんひはへなふへ」

「あー、あー、食べてからでいいですよ。何を言ってるかわかりませんから」


 変なところ乙女なくせに、この辺が色気ないんだよな。まあ、こういう子のほうが愛嬌あっていいかもしれんけど。

 少なくともこの村じゃ愛されるよ。孫適正高そうだし。


「ふぅ、美味しかった」

「それは良かったです」


 俺だったら、生野菜をそのまま丸かじりしてその感想を抱くことないな。


「シャグランさんが全然会いに来てくれないから、寂しかったんですよ? おかげでストレス太りです」

「……前とそんなに変わってないようですが?」

「んー……。なんかあの日から、時間が経てばお腹が引っ込むんですよね。ダイエットしなくていいのは助かりますけど、居候としては申し訳ないんですよね。そのぶんお腹が減るのも早いですから」


 申し訳ないと思うなら、新たに野菜を食べないでもらえるか? まだ話している最中だってのに。


「まあ皆さん良い人ですから、そのぶんストレスは軽減されるわけですが」


 そういやウィークさんも田舎者だっけ? 親和性みたいなのがあるんかね? 俺は田舎の生活なんてウンザリだけど。


「ところでなぜ俺の家に? もっと大きい家があるはずですよ?」

「シャグランさんのご両親が是非って言ってくれまして」


 他の村人から押し付けられたってわけじゃなさそうで、そこは安心だ。俺の両親が歓迎してる意味はわからんけど。


「シャグランさんの匂いが残ってて、心が落ち着くんですよ」

「え、俺そんなに臭います?」


 家を出てからだいぶ経つはずなのに、まだ残り香があんの? 軽くショックなんだけど。ま、まあ落ち着くっていうなら……。いや、それでも嫌だわ。


「おかげさまでリュゼさんも大分良くなりましたよ?」


 俺の体臭ってそんな効果あんの? まさか知らない間にパッシブスキルが……。


「あのヤブ医者に金払い損でしたね」

「あはは、まあまあ。今は私達が無事なことを喜んでくださいよ」


 ……ウィークさん、ちょっと性格変わった? 別にいいんだけどさ。


「私達がいない間、フレネーゾさんが存分に甘やかされてたことを考えると、複雑な気分ですが……しばらくは私達が独占していいってことですよね?」

「えっと、様子見に来ただけで……」

「え…………」


 あっ、なんかヤバそうな雰囲気。空気が冷えたような気がする。氷魔法でも覚えたのかな?


「なんか滅茶苦茶お腹が空いてきました。猛烈に空腹です」


 俺が日帰りだと知ったショックで、片っ端から野菜を食べだす。おい、収穫したそばから食べつくす気かよ。ああ、見るからに腹が出てきてる。どういう体質なんだ。


「と、泊まりますよ! 歩き疲れて、帰る気力なんてないですよ」


 食べる手がピタッと止まる。なんて現金なヤツだ。


「一緒に寝てくれますよね?」

「仲間同士でそんな……ああ! 寝ます! 寝ますから!」


 その外交手段やめろよ。新しすぎるだろ。

 いや、本当に勘弁してくれよ。暴食されると、それを理由に金を無心されるんだからさ。いくら種ビジネスがあるとはいえ、借金はもう勘弁だぞ。

 はあ……。まっ、俺がいなくてもシュリムさんがいればなんとかなるか。それはそれで悲しい気がするけど。

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