第23話 厄介客
あれから一ヶ月、契約終了まで初心者ダンジョンで稼ぎ続けた。三日籠って一日休むという、そこそこハードなスケジュールだったが、特にトラブルはなかった。
強いて言うなら、最初の三日間が少し気まずかったな。フレネーゾさんは例の暴走事件を引きずっているらしく、契約解消だの返金だの定期的に進言してきた。何度説得したか覚えてないよ。もはやモンスターより厄介だったわ。
休みを一日挟んだら、それ以降はその話題をしなくなったが、ウィークさん辺りが何か言ってくれたのだろうか?
まあそれはさておいて……この一ヶ月は大変有意義な時間だった。レベルもそれなりに上がったし、金も予想以上に溜まった。
借金全額返済とまではいかないが、フレネーゾさんと一年契約できる程度の金額に達した。受付嬢さんに経験がなんだのと難癖をつけられて値上げされたけど、問題なく払うことができた。予定より二万クレ程上がったので、正直腑に落ちないけどな。
「一ヶ月で十五万クレって凄くない? この半年間なんだったのよ」
「それを言ったらおしまいですよ、シュリムさん」
「いや、アンタのせいよ? 戦士のくせに棒切れってアンタ」
どの口が言ってんだろうな。全員等しく戦犯なのに。
……初めからフレネーゾさんがいれば、だいぶ変わったんだろうな。
「……シャグランさん……」
「どうしました? やけに暗い顔してますけど」
ここ最近……具体的には三日ぐらい前から、フレネーゾさんの様子がおかしい気がするんだよな。なんか暗いっていうか、思い悩んでる感じ?
「……なぜ十一ヶ月も契約を延長したのですか?」
「……? だって本契約するには最低でも一年分の契約料を払わないと……」
アコギなシステムだよな、本当に。一年分の契約料を払えば本契約ってわけじゃなくて、あくまでも契約する権利を得られるってだけだぜ? 本契約をしたければ、契約期間が切れる前に追加で一年分の契約料を支払う必要がある。
もし金を用意できなかったら? 他の人に取られないように、とりあえず一ヶ月延長かな。うん……鬼かよ。
「私はいつ狂暴化するかわからないんですよ?」
「あれ以来、一度も狂暴化してないじゃないですか。もう大丈夫ですよ、きっと」
勿論なんの根拠もない発言だ。でも仕方ないじゃん? この契約料でここまで強い人ってそうそういないし、手放すわけにはいかないんだよ。
そりゃ勿論リスクはあるけど、致命的とまではいかないはずだ。バーサーカーモードを一度しか見ていないのでなんとも言えないが、基本的に敵と仲間の区別がついているはず。下手に近づいたから攻撃されただけの話であって、対応さえ間違えなければ基本ノーリスクのはず。
……何回言ったよ? 〝はず〟って単語を。毎度のことながら、藁にもすがるって言葉がふさわしいな。
「命に代えてもご恩に報いたいと存じます!」
本当に硬いな、この人。とてもじゃないがシュリムさんと同い年とは思えない。あの人が幼いってのを差し引いてもな。
「ははっ、もうほとんど正式に仲間なんですから、もう少しフランクに……」
「な、仲間!?」
急に大きい声出すの本当にやめてほしい。
ええっと、どこに引っかかったんだ? まさかとは思うが、仲間呼ばわりが気に食わなかったのか? 急に距離を詰めすぎたか?
「私のような狂人を仲間と……」
ああ、そういうことね。やっぱり俺を半殺しにしてしまったことを引きずってんだな。アレに関しては俺も迂闊だったし、膝枕してもらえたからプラマイゼロ、むしろプラスかな。
「狂人……的な側面があるのは否定できませんが、貴女は紛れもなく仲間です。誰がなんと言おうと」
別に一ヶ月かそこらで友情を語ろうなんて思っていない。損得勘定をした上での仲間認定だ。
戦力不足で全滅する確率と、フレネーゾさんが暴走して全滅する確率。おそらく前者のほうが高い。
契約金と戦闘力を比較するとコスパに優れているし、他のメンバーと仲が良いから契約切ると士気が下がる。諸々の理由から、契約続行は当然の措置と言える。
「……」
えっと? その表情、どういう感情なんだ? なんか震えてるけど……。
「このフレネーゾ! 必ずや恩義に報いたいと存じます!」
「え、ええ。よろしくお願いします」
何度でも言うけど、急に大声出すの本当にやめてほしい。
戦士ってのは直情的な傾向があるのか? サンプルが二人分しかないので、まだなんとも言えないけど。
「じゃあ契約更新のお祝いとして、酒場にでも……」
「私なんぞのために歓迎会を開いてくださるのですか!?」
なんぞって……歓迎会なんてどこでもやるだろ? ましてや、一番の稼ぎ頭だし。
どれだけ冷遇されれば、そこまで卑下できるのだろうか。やはりバーサーカーモードのせいで、追放されてきたんかね。
なんだろう……。庇護欲っていうの? 年下ってのもあって、甘やかしてあげたくなってきたぞ。
彼女の過去に何があったかは知らないけど、存分に優しくしてあげよう。いや、勿論他のメンバーと扱いに差をつけたりはしないけど。
「美味しいれすねぇ」
うん、呂律が怪しいものの、暴れることはなさそうだ。そろそろ監視やめても大丈夫かな。
なぜ不躾を承知の上で、フレネーゾさんを監視してるのかって?
酒場に向かう道中、シュリムさんがこっそりと耳打ちしてきたんだよ。『酒飲ませて大丈夫なの? 狂暴化しない?』と。
シュリムさんって案外、こういうところに気が回るよね。俺は完全に失念していたよ。不安でたまらなくなったが、全員楽しみにしてるから今更中止にできるわけもなく、飲み会がスタートしてしまった。
フレネーゾさんが酒に口をつけたあたりで監視を始めたのだが、どうやら杞憂だったらしい。文句を言うつもりは毛頭ないが、シュリムさんの忠告は不要だったな。おかげでこの一時間、食事に集中できなかったよ。
「ウィークしゃんは、けんらんかですねぇ」
……? 絢爛……? けんらんか? どこぞの方言か?
「フレネーゾさんこそ、小さい体でよく食べますね」
「あははっ、小さいは余計れすよぉ」
……ああ、健啖家ね。よくわかったな、ウィークさん。
なんか妙に気が合うんだよな、この二人。懸念事項の一つだったから、正直安心してるよ。
何を心配することがあるのかって? いや、考えてみろよ。同じポジションで圧倒的な力量差があって、しかも新入りが強いパターンだぜ? 険悪になってもおかしくないじゃん?
二人の性格、相性に救われた形だろうか。失礼な話だが、シュリムさんだったら拗ねてたと思う。
拗ねるだけならいいんだけど、パーティ抜ける恐れもあるんだよな。プライドの高さは勿論、妙に責任感が強いというか……。今は唯一の魔法使いだからいいけど、同じポジションで有能な子が来たら、明白な足手まといになるわけだし。
「何よ? ジロジロ見ないでよ」
妙に鋭いんだよな、この子。そんなに長時間ガン見してたわけでもないのに。
とりあえずこういう時は嘘をつかずに誤魔化そう。
「いや、可愛いなって……」
「はぁ? いきなり正直者アピールしなくていいから」
「痛いですって」
照れ隠しに肘鉄しないでくれ。脆弱な魔法使いでも、痛いものは痛いんだよ。
っていうかなんだよ、正直者アピールって。卑屈すぎるのも考え物だが、己の可愛さに自信持ちすぎるのもどうかと思うぞ。いや別に、これといった弊害は思いつかないけど。
「……ロトリーさん、飲まないの?」
「飲んでるわよ」
「嘘。いつもならもっと飲んでる」
「ええっと……あはは」
「何を笑ってるの?」
なんか圧迫面接始まってない? リュゼさんって、酒が入るといつもより圧が増すんだよな。口数が少ないのも相まって怖いんだよな。
ロトリーさんが酒を控えめにしてるのは、以前暴れたことを反省しているからだろうか。気にせず楽しんでほしいんだけど、損害が大きかったから俺の口からは許可出せないんだよなぁ。
いつもならウィークさん辺りが良い感じに動いてくれるんだけど、今はフレネーゾさんとイチャイチャしてるから期待できないな。ここはあえて無神経なフェーブルさん辺りに……。
「おい、アレ見ろよ。例のクソ雑魚パーティじゃね?」
「おっ! アレが派遣のクズを集めたハーレムパーティか」
なんだアイツら? フェーブルさんより無神経なヤツらが絡んできたんだが?
いや、冷静に考えるとフェーブルさんは別にそこまで無神経じゃないんだけど、そんなことより……。
「処しますか?」
フレネーゾさんがスイッチ入りそうなんだが?
さっきまでふにゃふにゃした顔になっていたのに、山賊みたいな鋭い目つきになってるぞ。
「まあまあ、落ち着いてくださいよぉ。ああいう人達は言わせときましょうよ」
「そーよ。ブサイクに気品を求めちゃダメよ」
危ない空気を感じとったのか、ウィークさんとシュリムさんが宥めにかかる。
「そ、そうですね……。戦士たるもの、明鏡止水の……」
「見ろよ、あの冴えないツラ。モテねぇから、金で女を買ったんだろうな」
「…………」
マジでやめてくれ。フレネーゾさんの内なる烈火に油を注がないでくれ。
「あの姉ちゃんたまらねぇな」
ロトリーさんのことだろうか。あっ、めっちゃ不快そうな顔してる。ああいう輩に褒められても嬉しくないんだろうな。
「どうせヤりまくってんだろうな。羨ましいぜ」
「駆け出しの雑魚がどうやって金を工面したんだろうな」
「どーせ親の金とかだろ。ボンボンだから派遣なんてアホな制度に手を出しちまったんだよ」
酷い言われようだな。さすがの俺もカチンときたね。
フレネーゾさんが暴走しないかどうかが不安で、怒ってる余裕なんてないけど。
「暴れたらシャグランさんに迷惑がかかる……暴れたら皆さんに迷惑が……」
必死に怒りを抑えているのか、ブツブツ呟くフレネーゾさん。そうだ、その調子で堪えてくれ。好きなだけ食べていいから、それでストレスを……。
「お前、今いくら持ってる?」
「あ? ほとんど銀行に預けてっけど、十万くらいならあるぞ」
たった十万クレって言い方に聞こえる。冒険者としての力量に差があるのか、金銭感覚が違いすぎるな。
悔しいけど、まあいい。そのまましょうもない雑談でもしててくれ。もうこれ以上俺らをイジる必要は……。
「あの姉ちゃん買おうぜ。その辺の娼婦よりよっぽどイケてるぞ」
「いいな、それ。てか、俺らのパーティに入れねぇか? 金さえありゃ誰にでも股を開……あ?」
フレネーゾさんが勢い良く立ち上がったことにより、酒場の空気が若干凍る。
待って、これヤバいんじゃ……。
「…………」
おい? なんでアイツらに近づく? フレネーゾさん? 一体何をするおつもりなんです? トイレだよな? トイレに行きたいだけだよな?
「なんだ嬢ちゃん? はした金でアイツのモノをしゃぶるのが嫌になったのか?」
金をチラつかせながら、下卑た問いかけをするチンピラ。フレネーゾさんの本性を知らないとはいえ、なんてことを……。
「まっ、一晩ぐらいなら買ってやってもいいけど、その代わりあの姉ちゃんを……」
「……すぞ」
この冷たい声は……始まったな。
「あ? なんか言っ……」
「殴り殺すぞ」
さて、どうしようか。完全に酔いが醒めちまったけど、それでもこの窮地を脱する方法が思いつかない。
「おっ……?」
溢れ出る汗を拭いながら解決策を模索していたら、ウィークさんとシュリムさんが急に立ち上がった。なんだ? 説得してくれるのか? かなり危険だが、異性の俺が止めるより確実か?
「武器を持ってきてよかったです」
「アタシも魔力温存しといて良かったわ」
……どうしよう。ストッパー役がバチグソにキレちゃってる……。
よく見るとロトリーさんもナイフに手をかけてるし、フェーブルさんも関節をポキポキ鳴らしてる。
……また借金増えるんだろうなぁ。
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