第31話
幸香が死んだ。
棺の中で眠っている幼馴染の姿を見て初めて、アキラはそのことを理解した。
お経を聞いてお焼香を終えて……その後は自分が何をしていたか全く思い出せない。ただ、いつの間にか幸香のお葬式は終わり、気付いたらいつも通りの、少し前までのまだ平和だった頃の学校生活に戻っていた。
そう、幸香の死とともに、アキラをいじめていた不良たちがクラスから姿を消したのだ。不良たちが学校に姿を現さない理由はアキラにも分からない。単純に体調不良で休んでいるだけかもしれないし、学校がつまらなくなって遊び呆けているのかもしれないし、これまでの悪事が露見して大人たちが裁きを下しているのかもしれないし、誰かが不良たちを成敗したのかもしれないし……とにかく分からなかった。
不良たちが姿を見せなくなったことで、アキラの周りにも少しずつ人が集まるようになっていた。それまでアキラが不良たちにいじめられていたのが嘘だったかのように、クラスメイトたちはアキラに笑顔を向けた。
そしてアキラにとって最近一番衝撃だったことは、帰りのホームルームで数ヶ月ぶりに担任と目が合ったことだ。最初、自分が何か悪いことでもしたのかと思ったが、そうではなかったらしい。担任の目はいつも泳いでいるもの思っていたアキラにとっては、ある意味衝撃的なことだった。
周りの手のひらを返したような態度に、アキラには今更何の感情も起こらなかった。ただ、人間という生き物について、少なからず何かが分かったような気がした。
アキラは帰りのホームルームが終わるとすぐに教室を出た。
吹き付ける風が気持ちいい。
屋上に出ると、アキラはまっすぐに転落防止用フェンスに向かった。最近やっと黄色い規制線が取り払われた場所にあるフェンスには相変わらず大きな穴が開いていた。アキラはその穴をくぐり抜け、腰の高さまでしかない外壁の上に立つ。
そして、青空を抱くようにして両手を広げた。
一歩踏み出したら真っ逆さまに落ちてしまう状況にもかかわらず、アキラの心は驚くほど落ち着いていた。
今日の空もあの日と同じように青かった。雲一つないどこまでも広がる青い世界を見ていると、どうしても思い出してしまう。思い出さずにはいられなかった。
「『大好き』、か……」
言葉をつぶやいた途端、目の周りが急に熱くなるのを感じる。同時に視界がぼやけ、頬を熱い何かが伝っていく。
「う、ぐっ……、幸香……どうして……!」
溢れる涙を拭うこともせずに、アキラは真っ青な空に向けて続ける。
「どうして俺が死なずに、幸香が死んだんだ! どうして俺なんかが生きているんだ……!」
幸香に身体を押された時、確かに自分は宙に投げ出された。そして地上まで一気に落ちていった。それなのに、生きている。
幸香はアキラが死なないことを知っていて、わざと突き落としたのだろうか。
それに、不良たちが姿を見せなくなったのは何故なのだろう。
アキラには疑問しかなかった。
しかし、それによってアキラはいじめを受けなくなった。
結果的に、幸香の死と引き換えにアキラは救われた。
その現実と向き合う度に、アキラの胸は締め付けられた。
「こんなこと、俺は望んでいなかった! 幸香を身代わりにして生きるなんて、俺にはそんなこと耐えられない! 誰か……、俺を、殺してくれよ……!」
アキラの叫びが青空に吸い込まれていく。
誰かに期待したわけではなかった。でも、聞こえてくるのが鳥のさえずりだけであることが少し悲しかった。
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