第18話
「アキラのことはほっといた方がいい」
校門から出た綾華は、開口一番にそう口にした。
「学級委員としての使命感や責任感だけじゃなく、心の底からアキラを助けたいっていう幸香の気持ちは十分分かってる。私だってうちらと幼馴染のアキラを助けたいと思ってる。けど、今のアキラに関われば、幸香もきっと無事じゃ済まない。アイツらは女子だからって多めに見てくれるような奴らじゃない。学校の外では、相当悪いことに手を出してるみたいだよ?」
飲酒、喫煙、万引き……。同い年の彼らが学校の外で何をしているかは、嫌でも幸香の耳に入ってくる。高校に入学したばかりなのにも関わらず、ほとんど授業にも出ないで屋上や空き教室でタバコを吸ったりして過ごしてる。何度注意しても直る気配がなく、先生たちは頭を抱えていた。でも、まだ先生が困るくらいのことならよかった。
アキラが彼らの標的になったのは一か月ほど前。
彼らの不良行動のせいで、彼らが所属していたバスケットボール部は大会出場停止処分を受けた。アキラもバスケットボール部に所属しており、毎日仲間とともに一生懸命練習に励んでいただけに、大会に出られなくなったことへの絶望ははかりしれなかった。だが、それ以上に気の毒だったのは今年引退を控える三年生の先輩たちだった。大会出場への夢が潰えたことを知ったときの先輩たちの気持ちは、想像を絶するほどだったであろう。
あまり波風を立てることを好まないアキラだったが、今回ばかりはそうもいかなかった。アキラは同じ気持ちを抱えたチームメイトたちに声をかけ、仲間たちとともに不良たちの元へ殴り込みに向かった。結果、問題を起こした不良たち全員から謝罪してもらうという、先生たちも成し遂げることができなかったかたちで一矢を報いることができた。
しかし、それが原因で、アキラは彼らのいじめの対象になってしまった。
不良たちは最初からアキラを狙わず、まずアキラの周りから攻めていった。あっという間にアキラの周りには頼れる仲間が誰もいなくなり、アキラは一人になった。後は想像に難くなかった。アキラは今も孤軍奮闘の毎日を送っている。
「いじめは絶対に無くならない。毎年それが原因でどんなに多くの人間が死んでるか分かったもんじゃない。学校の先生も教育委員会の偉い人たちも、結局は自分たちの保身を優先するばかりで、被害者の救済は後回し。面倒事はことごとく避けて、毎日を平穏に苦労なく生きようと必死。大人っていうのは、文字通り身体が大きく成長したってだけで、心は全然成長していない。背伸びした人間なんだよ」
綾華は怒っていた。
無理も無い。子どもを守るのが大人の責任だと聞いて育ってきた身としては、大人という存在が嘘の塊であるように感じてならない。
もちろんすべての大人がそうではないと、幸香も思ってはいる。実際、不良たちへの注意を根気よく続けている先生たちもいる。
でも、だったらどうして、アキラへのいじめはなくならないのか?
幸香も、綾華ほどでは無いが、大人への不信感が高まりつつある。
「だから、自分の身は自分で守らないといけないの。アキラも同じ。助けを求めてすぐに手が差し伸べられるなんて世界、この世にはないのよ。あーあ、悲しい世の中よね~」
綾華は両手を広げ、天に向かって嘆くような格好のまま先を進んでいく。わざとらしい大げさなしぐさは、昔から変わらない綾華の性格の一部だ。
綾華の言うことももっともだ。こんな世の中、悲しい以外の何物でもない。けど……。
少し遅れて歩く幸香は、綾華の背中を見ながら声にならない声を上げる。
じゃあ大人に頼りっきりの私たちはどうなの?
アキラくんを助けない大人たちを馬鹿にできるほど、私たちはアキラくんのために何かをしたの?
悲しい世の中を作っているのは、私たちかもしれないんだよ?
自分の中で抱いた言葉が自分の心臓を強くつかんでいるようで苦しい。
私たちが嫌悪している存在に、私たちが成り下がっているかもしれないことを、受け入れようとしない私たちがいる。
前を歩く綾華の影が、自分の足元にぶつかる。
夕日に照らされて生まれた真っ黒い影が、自分の心の中をのぞこうとしているように感じた幸香は、影から逃れるように急いで綾華に追いついた。
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