第二章 嘘と真実

いじめ

第17話

 やっと待ち侘びた放課後。

 両腕を伸ばしたり回したりしながら、凝り固まった筋肉をほぐしていく。

 高校生になってからすでに数ヶ月経ち、何人か気の合う友達もでき、難しい授業にもそれなりに追いついていけるようになった。

 安斎幸香あんざいゆかは大きく伸びをしながら、肌に触れるまだ真新しい制服の感触を確かめる。

 中学生の時はセーラー服だったが、今はブレザースタイルの制服だ。セーラー服よりもブレザーの方が大人っぽくて、高校生になる前はすごく憧れていたが、実際着てみるとブレザーは重くて肩が凝る。けどやっぱりブレザーの方がどうしても格好よく見えるからと、簡単には手放せない自分がいる。憧れが憧れじゃなくなってしまうのはなんとなく悲しい気がして、その憧れにしがみつこうと毎日必死だ。

 帰り支度が終わり席を立ったところで、突然、ガシャーンという何かと何かがぶつかるような大きな音が聞こえた。

「おい、何大げさに転んでんだよ? アーキラくん」

 教室の後方に目を向けると、三、四人の男子生徒の近くの机と椅子が薙ぎ倒されていた。そして、机と椅子の間に一人の男子生徒が尻餅をついているのが見えた。尻餅をついた男子生徒は頬をどこかにぶつけたらしく、手で顔を押さえていた。

「あーあ、もしかしてどっかぶつけちゃった?」

「じゃあ、俺たちが保健室まで連れてってやるよ」

 頬を抑え座り込んでいた男子生徒が、複数の男子生徒に囲まれ、一緒に教室を出ていく。

 直後、それまで静寂に満ちていた空間が、再び息を吹き返す。

「アイツ、気の毒にな。これからボコられるんだろうな……」

「入学早々、あいつらに喧嘩売ったのが悪いんだよ」

榎本えのもと先生、アイツらのこと見えてたはずなのに、何も注意しなかったよね……」

 後ろで聞こえてくるクラスメイトの密やかな声が耳につく。

 しかしそれもすぐに笑い声に埋もれ、聞こえなくなった。まるで、先程の出来事が夢の中の出来事だったように。

 私たちは何も出来なかった。いや、何もしなかった。

 これは果たして夢として片付けて良いものだと言えるのか。

 自分たちを守るための都合の良い妄想ではないだろうか。

 自己嫌悪を感じていることすらもいとわしい自分の不甲斐なさが、渦を巻いて幸香の身体の自由を奪う。

 しかし、それも一瞬のことだった。

「幸香、お疲れ!」

「あ、綾華あやかちゃん!」

 後ろから掛けられた明るい幼馴染の声が、幸香の身体を自由にする。

「あれ? 部活は?」

「今日はお休みなの。だから一緒に帰ろう?」

「うん!」

 綾華の誘いに幸香はすぐに返事を返す。

 綾華が声を掛けてくれてよかった。

 そうじゃなかったら、私はまだ、あのどす黒い渦から抜け出せていなかっただろうから。

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