第20話

 気づけば窓から見える空は漆黒のとばりを下ろしていた。

 よろよろとベッドから立ち上がった幸香は部屋の明かりを付け、学習机の椅子に座り、通学鞄から教科書やノートを取り出して机の上に置く。開きかけていたノートを閉じ席を立つ。次の瞬間には、再びベッドに仰向けで寝そべる幸香の姿があった。

 制服のポケットからスマートフォンを取り出し、すぐにインターネットの検索画面を開く。「いじめを止める方法 高校生」「いじめを止めたい」「いじめ 自分にできること」等と次々と検索ワードを入れていく。しかし、自分が望む答えは得られない。

(自分は一体何がしたいんだろう……)

 アキラを助けたいのか、アキラと繋がりのある人たちを守りたいのか、それとも単に自分自身を安心させたいだけなのか……。

 このまま鬱々うつうつと考え込んでいるとおかしくなってしまいそうだ。すでにもう頭が痛い。

「痛っ!」

 ぼーっとする頭を片手で押さえた拍子に、もう片方の手に持っていたスマートフォンがずるんと滑り落ち、幸香の鼻に当たってさらにベッドの上に投げ出される。幸香は赤くなった鼻をさすりながら、放られたスマートフォンに手を伸ばす。

 薄く涙の膜が張られた目を明るい画面に向けた幸香は、いつの間にか表示されていた見慣れない画面に顔をひそめる。

「何だろう、このサイト……。今のでどこか間違えて押しちゃったのかな……」

 スマートフォンが広く普及した現代、高校生はもちろんのこと、小学生や中学生もネット犯罪や詐欺犯罪に巻き込まれる事件が多く発生していると、今日の全校朝会でも話があった。

 不安になった幸香はすぐにサイトを閉じようとする。しかし、ある言葉が目に入り、直前までしようとしていた動きが止まる。

「身代わり、サービス?」

 幸香は見慣れない言葉に吸い寄せられるかのように、画面をどんどん下にスクロールしていく。

「これって……」

 思わず寝そべっていた身体を勢いよく起こす。

 幸香はブルーライトの光を物ともせず、食いつくようにそのサイトに釘付けになっていた。

「幸香~! ご飯できたわよ~」

 遠くから母の声が聞こえる。いつもはどんなに眠くても返事を返して、すぐに食卓に向かうのだが、今日はそうもいかなかった。

「幸香! ご飯!」

 まだ見切れていない他のページを急いで確認していく。

「幸香、寝てるの?」

 見ていたサイトに急いでブックマークを貼りつけて閉じる。直後、ノックの音とともにドアが静かに開かれる。

「なんだ、起きてるじゃない!」

「ごめんなさい、お母さん。ちょっと調べ物してて……」

「あまりスマホばっかり見てると、今よりもっと目が悪くなるんだから、もうちょっと使い方に気をつけなさい。さあ、ご飯できたわよ。行きましょ」

「はぁい」

 母の後ろに続くようにして、幸香も自室を後にする。

 大好きなハンバーグの美味しそうな香りが家中に立ち込めていた。

 幸香の胸は、これから大好物を食することへの楽しみではなく、先ほど目にした衝撃と期待で一杯だった。

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