第7話

 長い説明を終えた神屋敷が、ふぅと短く息をつく。

 実際にサービスに携わる事業者からの生の説明を聞いた奏太は、その実情に改めて息をのんだ。

(社員の殉職が前提のサービス……)

 説明を聞いて自分の意志が揺らいだわけではないが、スケープゴートへ面接に訪れている事実が、奏太を死に近づけていると実感する。

 そして何よりも、こんな企業がこの世に存在すること自体、奇跡としか言いようがない。奏太はスケープゴートの存在を知り、説明を受けた今でも、これらの話が現実であることが信じられなかった。

 しかし、奏太はここを離れるつもりはなかった。それがどんな手段でどんなリスクをはらんでいたとしても、千影を救うことができるのであれば、それがどんなものであっても構わない。すがれるものがあれば、喜んですがる。奏太は捨て身の覚悟だった。

(それにしても、この会社、よく倒産しないでいられるな……)

 それだけこの世の中には、死を希望する人間がいるということだろう。

 それが自分が望んだことならまだしも、望まざるを得ない状況から望んでいるとすれば、誰かを恨まずにはいられないだろう。そんな死に方、残酷以外の何物でもない。俺はそんな死に方、絶対にしたくない。死ぬなら自分の意思で、堂々と死にたい。

「ちなみに、入社後は簡単な新人研修を受けて頂いた後、身代わりサービス部の身代わりサービス提供課へ配属となる予定です。というのは、うちには部も課も一つずつしかないので、入社を希望される方は一部を除いて皆、そちらに配属となります」

 奏太が様々なことに頭を巡らせていると、不意に神屋敷の声が挟まれた。神屋敷の声に、奏太の思考が現実へと連れ戻される。

「弊社の説明については大体以上となります。詳しいことはまた入社後にお話しします。……それでは、今度こそ面接に入っていきたいと思います。数ある企業の中で弊社を選ばれた理由は何でしょうか?」

 さっきまでふわふわしていた神屋敷の雰囲気が、いつの間にか引き締まったものに変わっていた。これが社会人か、とまだ大学生である奏太はまだ知らない社会の一端を垣間見る。

 社会人と学生の一番の違いは、メリハリがしっかりしているところだと、個人的に思う。よくONとOFFの切り替えとかと言われることもあるが、その区別がまだ曖昧な学生と違って、社会人はお金を稼ぐための仕事と人生を楽しむためのプライベートをしっかり分けているイメージがある。もちろん、そうではない場合もたくさんあるだろうが、少なくとも仕事という仕事をまだしていない学生に比べて、仕事をしている社会人にとって、メリハリをつけることはあらゆる面で気持ちを切り替える意味でも必要不可欠なものであることは確かだろう。

 奏太も負けじと気遅れすることなく、気持ちを神屋敷に向ける。

「余命宣告を受けた恋人を助けるためです。御社のサイトを見て、『身代わりサービス』というものの存在を知りました。生きることができる確率が限りなく低かったとしても、身代わりを立てるだけでその命を確実に守ることができる。そんな夢のような手段はこれしかないと思いました。そして『身代わりサービス』を利用する側ではなく、提供する側となるためには御社の社員となる必要があると知り、御社への応募を決めました」

「なるほど、大切な人を守るために応募を決意されたのですね。そうなると、夏川さんは弊社の社員のみに与えられる『指定身代わりサービス特典』を利用したいということですかね?」

「はい、そうです。雪代千景という人の身代わりになりたいです」

 『指定身代わりサービス特典』。スケープゴート社員のみに付与される特典。

 この特典は、スケープゴート社員が、身代わりになりたい人間を自分で好きなように選べるというもの。

 奏太はこの特典に惹かれ、スケープゴートに応募することを決めた。

 スケープゴートに入社する人間は、一部役職を除き、殉職が前提とされている。それゆえ、どうせ死ぬのなら自分の願いをしっかり叶えてくれそうな人間を、自分の目で判断して選ぶ権利を持たせるべきだという、命を賭す人間に配慮して設けられたのがこのシステムである。

 もちろん、この特典を使うことは強制ではない。世のため、人のために役立って死にたいという大きな希望を持った社員も少なくないので、そういった人々はこの特典を使わず、自分の命を運命に任せている。

 神屋敷によると、スケープゴートへの入社理由として、「死のうとしているところをスカウトされたから」という割合の次に、この「『指定身代わりサービス特典』を利用したいから」という割合が多く、実際のところ、『指定身代わりサービス特典』の利用を目的とした入社希望も多くあるらしい。

 自分の命の使いどころとして、大切な誰かを守るところとしている人が多いことに自分の選択が後押しされていることを感じ、奏太の心がじわりと温まる。

「もし差し支えなければ、その雪代千影さんが夏川さんにとってどんな存在なのか、聞いてもいいですか? あ、別に、話すことを拒否したり話の内容で採用するかしないかを決めるわけではないので、気にしないでください。夏川さんと同じような理由で弊社の採用面接を受けに来た人みんなに聞いていることなんです。命を扱う仕事をしている以上、弊社に命を預けてくれる人たちと、彼らの思いを共有しないと失礼だなという勝手な思いがあって」

 神屋敷の粋な気遣いに、奏太の気持ちは考える間もなく呆気なく決まる。

「千影は家族と同じくらい愛おしくかけがえのない存在です。千影にとって、喜怒哀楽を感じたり表現することは非常に難しいことです。世に生きるほとんどの人がそれを普通にやってのける中、千影は努力してそれをやってのけるか、もしくは努力しても出来ません。しかし、だからこそ、千影が喜んだり怒ったり悲しんだり楽しんだりする姿を見ることができたとき、何かとても尊いものを手にしたような、二度と放したくないような、そんな愛おしさに似た感覚を覚えます。私は千影と出会うまで、そんな感情を抱いたことは一切ありませんでした。千影と出会ってから初めて感じたこの感情は、私にとってはとても放し難いもので、同時にとても居心地の良いものです。そしてそれは千影と一緒にいることでしか得られないものだと、彼女と一緒に過ごす中で気付きました。私の中で、彼女の存在はすでに私の人生の一部として切り離せないほど大きくなりました。だから、もし彼女がこのままいなくなってしまったら、彼女と繋がっている自分も消えてしまうでしょう。そんな未来、受け入れるわけにはいかない。だからこそ私は、運命を変えるためにこの身を千影に捧げることに決めました。この決意に、悔いはありません」

 神屋敷の問いに対する答えになっただろうか?

 途中から質問の意図からブレたことを口走ってしまったような気がして不安になる。

 しかし、奏太の言葉を静かに真剣に受け止めてくれていた神屋敷の様子に、心臓の鼓動が少し落ち着いたのを感じる。

「話してくださりありがとうございます。夏川さんの千影さんへの思い、私のここにもしまわせて頂きますね」

 そう言いながら神屋敷は自分の心臓に手を当てる。

 大切な宝物を扱うように、奏太が話した思いに敬意を払ってくれた神屋敷に感謝の思いが込み上げる。同時に、神屋敷がいるこのスケープゴートなら、自分の願いは必ず叶えられるだろうと、妙な確信があった。

「なんだか今の夏川さんの答えに、私が質問したかったことの全てが詰まっているみたいです。なので、こちらからの質問はあと一つだけにしようと思います」

 神屋敷の目付きがさらに真剣なものに変わる。親しみやすい神屋敷の雰囲気が少し厳しいものに変わるのを感じた奏太は身構える。

「……身代わりとして死ぬ覚悟はもう出来ていますか?」

 周りの空気が一気に下がったように感じる。

 先ほどまでとは打って変わり、低く重い調子で投げかけられた言葉に、これまで忘れていたはずの緊張が顔をのぞかせる。手がじわりと湿ってくる。汗の粒が一筋、額から流れていく。

 さっき口に出したばかりの決意が簡単に崩されてしまうかのようなプレッシャーに襲われる。自分の意志は揺るがないはずだったのに、どうしてこんなに動揺しているのか、自分でも分からなかった。

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