第11話

「で、できたぁ〜!!」

 大奮闘の末、奏太はついに形代を完成させた。

 素人にしては上手く出来た方だろう。作品の出来に満足した奏太は、手元をのぞいてきた天見を自信ありげに見守る。

「……なんだ、結局犬にしたのか」

「……うさぎです」

 天見の評価にガックリと肩を落とした奏太は、自分の手元に横たわる薄ピンクのうさぎの形代に目を向ける。

 縫い目はガタガタで黒いビーズの目は左右で高さが異なっている。布には針を何度も刺し間違えた跡でいっぱいで、長い耳の大きさも左右で違いが分かるほど長さに違いがあり、総じてバランスが悪い。天見が犬と間違えたのも、確かにしょうがないことだと思った。

 それでも奏太は、自分が初めて作ったこの形代をすごく気に入っていた。

 うさぎを選んだのは、千影が好きだと思ったからだ。以前一緒に動物園に行った時、うさぎのコーナーで千影が必死にうさぎに声を掛けていたのを思い出したのだ。千影は別にうさぎが好きだとは言わなかったが、少なくとも興味はあったんだろう。そのことを思い出したら急に懐かしくなり、奏太も気づかないうちに手が勝手にうさぎのかたちを作ろうと動いていた。

 だからこのうさぎの人形は形代でもあると同時に、奏太と千影にとって思い出の象徴でもあるのだ。

 奏太が少し憂いを帯びた視線をうさぎの形代に向けているのを見た天見は、視線を明後日の方向に向ける。

「ま、笑ってる顔と赤いほっぺたに関しては、すごくいいんじゃないか?」

「本当ですか?」

 天見の言葉に、奏太の顔がパッと明るくなる。

 努力が報われたというよりも、先輩に褒められたことが嬉しくて誇らしかった。

「じゃあ、とっとと次の作業に移るぞ。……机の右端にあるものを目の前に持ってこい」

 自分の言葉に一喜一憂する奏太の姿がこそばゆく感じ、天見は無理やり次の話題に入る。

 天見の言葉を受け、奏太は自分が座っている机の右端に視線を向ける。そこには、20センチほどの長細い和紙と手のひらサイズの丸いすずり、そして毛筆が一本と黒色と朱色の墨のボトルがそれぞれ置かれていた。

(形代に気を取られすぎて、こんな物が置いてある事に全然気づかなかった……)

 奏太は天見の言葉通りにそれらを自分の目の前に置く。

(見たところ習字セットみたいだけど……)

「これは形代の中に入れる札みたいなものだ。この和紙に黒い墨で自分の願いを書いて、下の方にあかい墨で手形を押す。そしてその和紙を小さく折りたたんで、さっき作った人形の中に入れれば、形代の完成だ」

 天見の言葉を受けて戦慄する。

(今度は書道か……!)

 またもや馴染みのない作業を要求され、奏太は心が折れそうになるのを必死にこらえた。

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