裏切り
第43話
半年後――。
富小路はいつものように執務机の上に山積みとなっている書類一つ一つに目を通しながら、忙しない一日を過ごしていた。
富小路は視線を細かい文字が並ぶ用紙に目を向けながらも、視界の端で最近新しく雇った秘書とボディーガードを見やる。
永守に代わる秘書は、しきりに額の汗をハンカチで拭い、腕時計で時間の確認をしており、終始落ち着かない様子だ。鮫島に代わるボディーガードも、身長こそあるものの、体格に関してはやや不安に感じるところがあり、とても頼れるような風格とはいえない。
富小路は額を軽く押さえる。
(ようやく新しい秘書とボディーガードを雇ったはいいが、問題があったとはいえ、あの二人に勝るほどではないな。惜しいことをしたか……。いや、遅かれ早かれ、事は起きていただろう。『身代わり』サービスを利用していなければ、私はとうに死んでいた。株式会社スケープゴート。私が生きるためには必要不可欠な会社だ)
富小路は書類から視線を上げると懐からタバコとライターを取り出し、その場でふかし始める。富小路は煙をゆっくりと吐き出しながら、側に控える落ち着きのない秘書に話しかける。
「君、例の件だが、進捗はどうかね?」
「そ、それが……相変わらず自殺者が減らないそうです。先生と懇意の方々を通し、諸々対処しておりますが、我々が打った対策で効果の出ているものはございません。まだまだ時間が必要なのかもしれません」
「ふむ…」
富小路はタバコを口にくわえたまま、背もたれにどかっと身体を預ける。
富小路は今、薄井の願いを叶えるために動いていた。
薄井の願いは、薄井の元勤務先の企業における自殺者をなくし、薄井の二の舞になる人間を生まれさせないことだった。
これまでも身代わりサービスを利用し、いくつもの願いを叶えてきた富小路にとっては、今回も同じように対応し、当たり前のように対価を払うだけだった。
しかし、今回は何故かその当たり前が成立しないでいた。
(対策を打ってもう半年になる。これほど上手くいかないことは初めてだ。これまで身代わりとなった彼らの願いごとは、最長でも三ヶ月ほどで叶えることができていたのに。私の推進中の政策についての対応もある中、こんな金にもならないことに時間を取られるのは迷惑なことだ)
富小路が薄井との約束が果たせないことに焦りを感じることはなかった。代わりに、自分の貴重な時間がこんなさして興味もないことに費やされていることに、いらだちを感じていた。
富小路はタバコの火を灰皿に押しつけながら、ふつふつと沸き上がってくるいらだちを鎮める。
「とりあえず、今までと同じ方法で対応を続けてくれ。この件ばかりに時間を取られてもいられないからな。気長に行こうじゃないか」
「しょ、承知いたしました」
(大丈夫。この私に不可能なことはない)
富小路はそう自分に言い聞かせると、再び書類の束に視線を移した。
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