第24話

「幸香、綾華を連れて逃げろ! このことを先生に伝えるんだ!」

「で、でも……!」

「いいから早く!」

 焦ったような叫ぶようなアキラの必死の声が幸香を急かす。

 幸香は頑張って立とうとするが、上手く足に力が入らない。幸香がまごついている間にも、ヘビはアキラに迫っていた。

「アキラくん!」

「早く行け……っ! うわっ!!」

 アキラに照準を合わせ終えたヘビが、いきなりアキラに飛びかかった。アキラはヘビとともに地面に倒れ込む。

「アキラくん!!」

 今になって足の力が戻った幸香は、アキラの元へ急行する。

「アキラくん! 大丈夫!?」

 すでにヘビはいなかった。

 アキラは仰向けで目をつむっていた。幸香はアキラの肩をつかみ身体をゆすりながら一生懸命名前を呼ぶ。

「アキラくん!!」

「う゛……。幸香……?」

「アキラくん! よかった、死んじゃったのかと思った……!」

 緊張が緩んだのか、思わず目頭が熱くなる。次いでひとりでに涙が頬を伝っていくのを感じる。幸香はそれを手の甲で必死に拭う。

「こんなんで死ぬわけないだろ? 俺、運動神経だけはいいからな」

「幸香が泣いてるのに、どうして自分の自慢なんかしてんのよ!」

 いつの間にかアキラと幸香の元に来ていた綾華は、そばで泣く幸香の背中をさすりながらアキラに毒づく。

「お前、腰抜かして動けなかったくせに……。生意気だぞ!」

「そ、それはそうだけど……。それとこれとは別でしょ!? アキラ、幸香に謝りなさいよ!」

「はあ? どうして俺が謝んなきゃいけないんだよ? 俺は二人を守ったヒーローだぞ?」

「女の子を泣かせるヒーローなんていないわ!」

「それはそうだけど……。いや、俺が謝るなんて、やっぱりなんか違うだろ!?」

「もう~往生際が悪いわね!」

「ふふふ……」

 突然聞こえた笑い声に、アキラと綾華はもう一人の幼馴染の方を同時に振り向く。

 泣いていたはずの幸香が笑っていることに二人はおもわずきょとんとする。

「ごめん、綾華とアキラくんが言い合ってるの聞いてたら、なんかすごく面白くて……二人ともすごく仲いいんだね」

「幸香! 何笑ってんのよ!? しかも私、アキラと別に仲良くなんてないわ!」

「右に同じく!」

 綾華とアキラはお互いに「ふんっ」と鼻息荒くそっぽを向く。その様子がまた幸香の笑いを誘った。

「あははは!」

「幸香、大丈夫? 笑いキノコでも食べたの?」

「ふ、笑いキノコ……」

「ああ! どうしてあんたも笑ってるのよ!? まさか、私に内緒でホントに二人して笑いキノコ食べたんでしょ!? えー、ずるーい!」 

 妙な誤解をしながら地団駄を踏む綾華の姿が面白くて、幸香とアキラは顔を見合わせて思いっきり笑う。

 さっきまで陰っていた暗い森には、いつの間にか柔らかな木漏れ日が差し込んでいた。


 後日、写生会で児童たちが描いた作品の数々が教室の壁に飾られた。

 結局、リスに会えたのは幸香たちのグループだけだった。

 リスを描いた幸香たちの作品は、多くのクラスメイトから羨望のまなざしを受けたのだった。

 幸香は危険を冒しながらもリスに会わせてくれたアキラに改めてお礼を言った。

 そのときのアキラの照れ笑いも、幸香の仲の大切な思い出だ。


 その後もアキラはしょっちゅう幸香を助けてくれた。

 先生に頼まれて教室へ運んでいた生徒数分のノートを頼んでもいないのに全部代わりに持っていってくれたりとか、久しぶりに綾華と喧嘩して公園のベンチで泣いている幸香の隣にハンカチとティッシュを置いていってくれたりとか、雨の日下駄箱の中に折りたたみ傘をこっそり置いて帰ってくれたりとか……。数え上げればきりがない。

 幸香はアキラとの程よい距離感が好きだった。

 普通、幼馴染同士であっても、大きくなるに従って次第に関係が疎遠になってしまう。意図せずばったり偶然会った暁には、何も喧嘩していないのに目をそらしたり気まずい雰囲気が漂う。綾華とはそんなことはないが、少し関わらなくなった人はみんなそうなった。アキラも同じだ。小学校高学年から中学生、高校生となるにつれて、あまり関わることはなくなった。 

 でもアキラは違った。離れているはずなのに、また近づいてきてくれる。男とか女とか関係なく、お互いの距離が離れてしまっても、またすぐに元の関係に戻れる気軽さ。そんな仲の良さが時の流れとともに薄まることのない関係を、アキラは幸香に対して築いてくれた。

 変な緊張や気まずさのない、澄んだ青空のような関係。どんなに時間が経っても白んでいくことのないその晴天は、すべてを明るく照らすように、幸香の心にも優しく明かりを灯した。

 幸香はそのほんわかした温かい光を人知れず守ってきた。

 しかし、守り切れなかった。

 明かりが消えた後には、もはやぬくもりすら残っていない。

 寒々しい風が通り過ぎていくのを、じっと耐え忍ぶしかなかった。 

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