第39話
富小路がやっと執務室に戻ってこられた頃には、夜も大分更けていた。
荷物を永守に預け、執務机前の椅子にどかっと腰を下ろす。富小路は、早速懐からタバコを取り出し、鮫島が音もなく差し出したライターで火をつける。
一日の仕事を終えた後の一服の時間は、仕事の合間の一服と比べるべくもなく至高だ。至福のひとときを堪能している富小路に、永守が労いの言葉を掛ける。
「先生、本日もお疲れ様でした。例の推進中の政策については、今日のお打ち合わせを見る限りは問題なく進みそうですね」
「ああ、そうだな。しかし昨今の社会に合わせて少々調整する必要がありそうだ。そのためにも専門家の先生方や業界の大御所から意見をもらわねばな」
永守は手にしていた資料に目を通す。
「明日夜のお食事会につきましては、すでに手配は済んでおります。……例のものに関しても抜かりはございません」
富小路は口から煙をゆっくりと吐き出し、満足そうな笑みを浮かべる。
「さすがは我が秘書だ。明日も期待しているよ」
永守は向けられた賞賛の言葉に
そしてそのまま執務室から離れようとしていた永守が、何かを思い出したように再び富小路の方に向き直る。
「そういえば、先生」
「どうしたかね?」
「本日ご契約を交わした『身代わり』サービスについてですが……先生の身代わりになる薄井様もといあの人形には、本当に効力があるでしょうか? 身代わりになると聞いたので、てっきりボディーガードの鮫島と同じく、先生の側に四六時中待機していると思っていたのですが……」
「ああ、それについては私も詳しくは知らないんだが、とりあえず心配は無用だ。なんでも私の身に何か起こったときは、私の命ではなく彼の命が取られるよう仕組んでくれているみたいだ」
「まさに
「そのようだ。過去にサービスを利用した際も、流れ弾に当たってしまい死を覚悟したが、気づいたときには自分の身体には何の傷もなく無事だった。そしてその後、神屋敷さんから連絡があって、私の身代わりとなった人間が亡くなったことを知ったんだ。……こんなサービスを受けられる時代がくるなんてな。時代は大きく変わったよ」
「なんだか夢の世界にいる感じです。この世界にこんな企業が存在するなんて……」
永守の感嘆の声に、富小路は高らかな笑い声を上げる。
「ははは、驚くのも無理はない。だが、そういった企業が存在しなければ、私の命はとうの昔に尽きていただろう」
富小路の政治家としての人生は長く、華々しく活躍してきた反面、命を狙われるような目に遭うことも少なくはなかった。スケープゴートの身代わりサービスがなかったら、富小路の人生も夢半ばで終わっていたことは言うまでもない。
永守は身代わりサービスの凄さを改めて理解したと同時に、その大きな対価を払うことができた富小路の凄さにも舌を巻いた。
富小路に出来ないことはないと思いつつも、気になってしまった永守からとある質問がこぼれ出る。
「ところで先生、身代わりサービスの対価についてですが、もし願いを叶えられなかったらどうなるのでしょうか?」
「さあ? そんなこと考えたこともないな。私に叶えられない願いはないからね」
富小路が短くなったタバコを灰皿に押し付ける。
富小路が築いてきた富と実力は、永守がこれまで見てきた人の誰よりも信用できるものだ。
そうであるからこそ、永守は富小路から得られた答えが覆されることは決してないだろうことを信じて疑わなかった。
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