第35話
「本田、祐也です・・・異世界探査の・・報告に、参りました」
支部長室でキッチリとした服に身を包む支部長と相対するボロボロの俺。あれから1週間は地獄の日々だった・・・。威力が高すぎて捕獲に向かないので破軍は先生に預け、久し振りに普通の退魔装備で異世界に出向いたのだが、敵は硬いし使いづらいのなんの・・・普段は余裕なゴブリン相手ですら手こずる始末。新種の大型の魔物が現れた時には死を覚悟したほどだ。
「そうか。無事で何よりだな」
「これが、無事に見えますか?立ってるのもやっとなんですが・・・」
「意識があり、五体満足で帰ってきた。これを無事と呼ばずして何と呼ぶ」
「まあ、そういえばそうですが」
確かに異世界は危険が溢れている。強力な魔物と単独で遭遇した場合、四肢の欠損ならまだ良い方でほとんどの場合は生きては帰れない。そういう特殊な事例も入れれば俺は今回は無事だったと言える。それはそうなんだが目の前の傷ついた部下に向かって言うことか?と思わんでもない。
「データは見せてもらったが直接見た君の意見が聞きたい。現在の異世界はどう感じる」
支部長が危惧しているのはスタンピードだろう。確かにここのところ異世界で新種が続々と発見されてはいるがそれとスタンピードの因果関係は解明されてない。
「魔物の数が増えている気がします。京都ほどではありませんが、警戒は必要でしょう」
「君の勘でいい。スタンピードは、起こり得ると思うか?」
「勘ですか・・・勘ではありませんが、嫌な予感はしますね」
「そうか。神田君にも同じ質問をしたが、同じ答えだった」
ん?何故咲弥が出てくるんだ?今の話に関係する事あったか?それとも俺の仲の良い人物を挙げただけか?
「分かった。もう下がっていい」
「はい。失礼します」
部屋を去ろうとする俺に、まるで彼の中では“それ”が決定事項かのように
「念の為、準備は怠らないように」
と、付け加えるのだった。
支部長室を後にした俺は施設の自室の風呂で汚れた体を洗い流した後、頭をバスタオルで拭きながら携帯をボーッと眺める。今はこんなんが流行ってるのか、と流行に取り残されたおっさんのような感想を呟く。動画は見れるんだよな。電話とメールができないだけで。着信が分からんと不便だけど機密的にはしょうがないか。しゃーない。上行って着信の確認するか。
というわけで市役所の外まで来た訳だが、着信アリ。3日前にメールが2件来ている。送り主は両方麻紗美さんだ。内容は「涼華ちゃんの事で話があるんだけど今暇?」「そっちから連絡ちょうだい」という内容だ。どうやら俺が異世界探査に出かけていた間に送られて来たものだ。俺は急いで「外せない用事でメールを見れてなかったです。用事は終わったので俺はいつでも大丈夫です」と返信をした。すると比較的早く返信が返ってきた。「じゃあこの後直ぐでもいい?外出の許可が出てるうちに話ときたいの。場所はこの前の公園ね」 だそうだ。俺は「ソッコー行きます!!」と返事を送信し、駆け出した。
「早かったわね」
公園に着くと暑いのか片手で扇いでいる麻紗美さんがいた。それともう一人。
「涼華も居るんだな」
「はい。貴方ももどう?と聞かれまして」
涼華が麻紗美さんの隣に立っていた。居るなんて聞いてませんよ的オーラを麻紗美さんに送るが当の本人はどこ吹く風だ。それどころか
「涼華ちゃんったらアンタが来るって行ったらすごい食いつきでねー」
「ちょっと麻紗美さん!?それは言わない約束ですよね!?」
何て言って煽ったりしてくる始末。そして乗り気だったのをバラされて恥ずかしがる涼華。その涼華は麻紗美さんにポカポカ叩いてる。何あれ、何か和む。まあ俺としても涼華が俺に会いたいと思ってくれるのは嬉しいが、今はそれよりこの風景を少し遠くから眺めていたい気分だ。・・・・・・っと、本題に入らないと
「ごほん、それで話したい事というのは?」
「それにしてもあっついわね。暑くないの?そのスーツ」
「気合いです」
「おしゃれは気合いって言うけど・・・」
「仕事服はみんな気合いですよ。どこの職種もそうでしょう。それよりも此処は日も当たって暑くてしんどいので場所を移しませんか?」
「どこよ?市役所は嫌よ」
やはり麻紗美さんはまだ警戒しているようだ。
「俺の家ですよ」
「アンタの家!?行くわけないでしょ!!ねえ?涼華ちゃん?」
「いえ、行きます。一度行ってますから。麻紗美さんも暑さで大変でしょうからここはご厚意に甘えさせてもらいましょう」
「涼華・・・本当に今日どうした?うまくいえないけどなんか変だぞ」
「そうですか?普段通りだと思いますけど」
そう答える涼華の顔は背中を向けていて確認できない。当然その真意も窺い知ることは出来ない。だが言葉のニュアンスで分かることもある。涼華は何かを隠している。これは間違いない。
その後渋々了解した麻紗美さんを連れて涼華と俺の家に向かう。歩いてる最中ちょいちょい視線を感じる。あえて気が付かない振りをしているが、なんだコレ?やっぱ今日の涼華おかしいって。
何やかんやあって家につき二人を招き入れソファに座っていてもらう。エアコンをいれて 俺は水出しの麦茶をコップに入れ氷を少し入れてテーブルに運ぶ。
「いい家ね。アンタが買えるとは思えないぐらい」
「その通り。これは組織からもらった?みたいな物です」
「へえ〜退魔機関は家もくれるのね。私も入っちゃおうかしら」
おい。家で裏切るなよ。
「ちょっと麻紗美さん!」
「冗談よ。冗談」
あなたの場合冗談に聞こえないんだよ。と脳内ツッコミをしながら麦茶とお盆に入ったお菓子をテーブルに置いていく。最後の自分の分を置いた後、キッチンの方から椅子を持ってきてそれに座った。
「さて、そろそろ俺を呼んだ用事を教えてもらいたいですね」
俺がそう言うと2人が目を合わせる。何か小声で話しているが、敢えて聞き耳を立てることもないだろう。聞かれたくないから小声で話しているわけで。俺はその光景を反対に座った椅子の背もたれに両腕を乗せて聞いていた。数分経っただろうか。涼華が何か決心した顔で立ち上がった。
「私の話、聞いてもらえますか?」
「貴方には私の事をもっと知ってほしい」彼女の話はそんな一文から始まった。1言で言ってしまえば身の上話。だが彼女の半生はとてもそんな1言で片付けられるものではなかった。
一番古い記憶は母親と祖父母の言い争い。私は麻紗美さんに連れられその場を離れた。向かった先は座敷牢。そこには私の兄、黒宮侑輔がいた。彼は普段からそこで生活していたのだ。何故かというと兄は問題児だったから何回も折檻されるうちそこに「ここも悪くない」と言って住み着いてしまったから。母は出るように言ったが兄は「あいつらが嫌いだからここにいる」と動こうとはしなかった。その牢の前で麻紗美さんと兄に慰めて貰った事。それが一番古い記憶。
その数年後に母は亡くなった。交通事故だった。大好きな母との突然の別れに私は1日中ずっと、ずっと泣いていた。その時も私は兄の元へ行き泣き止むまでずっと慰めてくれた。でも、そこから幼い私にとって辛い日々が始まった。祖父母は今までせき止めていた母が居なくなった事で命に関わる様な危険な陰陽師の修行を強行するようになっていった。それを止められる人物は居なかった。黒宮家の当主だった母が亡くなった事で私が成長するまでの間、祖父が当主代行になったからだ。
幸か不幸か私には、私を守ろうとしてくれる存在がいた。それは私の兄、侑輔兄様。その頃のの兄は自分を閉じ込めて妹に度を過ぎた修行をつける祖父母を恨んでおり、私の修行の時間になると牢を抜け出し私を見守ってくれていた。当然祖父母にも食ってかかる。「あんなに小さいのに何でこんな苦しい事を。お前たちは悪魔だ」そう言って祖父母とよく口論になっていた。勿論、栄養不足の子供と複数の大人では勝ち目などはなから無い。祖父母に掴みかかろうとするところを分家の大人達に取り押さえられたのを何度も目撃した。
それを心配した私は夜に兄のいる座敷牢へ行くのだ。そしてきまってその日は灯りを消してこちらを向かないのであった。次の日に会いに行くと兄は全身が痣だらけだった。兄に理由を聞いても転んだ、ぶつかったしか言わない。それでも、幼い私にもなんとなく分かっていた。兄は暴行を受けていると。しかも、その原因が自分にある事も。
それ以来、私は辛い修行を自分から懇願して兄には冷たい態度を取るようになった。それでも兄は見守りに来ていたし祖父母にも突っかかっていた。そんな兄に私はありったけの暴言を浴びせた。「能力も無いくせに兄貴ヅラするな」「アンタが兄貴は恥ずかしい」など本心と真逆の暴言を兄に浴びせ続けた。私が兄に嫌われれば兄が祖父母に噛み付いて傷つく事もなくなる。それに、私が修行をやり抜いて立派な陰陽師になれたら兄をあの狭い部屋から出してあげられる。心にそんな気持ちを抱いて。
しかし現実はそう上手くはいかなかった。兄はその後も来たのだ。いくら暴言を浴びせても、言われて傷つき悲しい顔をするのに、次の修行には絶対に来るのだ。今思えば兄はわかっていたのだろう。私がやっていることはただの自己犠牲で祖父母を止めない限り何の意味もないと。だから彼は最愛の妹に嫌われていると分かっててさえ妹を見守っていたのだ。
不幸なのはそれだけじゃなかった。命懸けのはずの修行。自分の身体には相当な圧がかかっている。だというのに、結果が伴わなかったのだ。何回やっても、何回やっても、やり方を変えたり、様々な試行錯誤を加えたにも関わらず成果はでなかった。祖父母や周りの大人達は次第に私に侮蔑の目を向ける様になった。出来損ない、能無し、黒宮家の恥、そんな言葉で罵倒されたりもした。父と母の悪口も兄の悪口もたくさん聞いた。次第に私は黒宮家の次期当主様から出来損ないのくせに次期当主の厄介な無能として扱われていた。麻紗美さんも親のせいで私と関われなくなっていった。
何十人もいる家で孤独になった私は、しばらく行ってなかった兄の牢を訪れた。兄はあんな事をした私を快く許してくれて、頭を撫でてくれた。お母さんがいなくなって時以来に撫でられ気持ちが安らいだ私は自らも牢に入り兄の胸で静かに泣いた。その時も兄は私を抱きしめ優しく頭を撫でてくれていた。
心が軽くなった私は兄を外に誘った。兄に外の世界を見せたかったのだ。だが私はこの行為を生涯後悔することになる。
兄を連れ裏山を登った。二人で手を繋ぎただ山道を登った。見せたかった景色があった。目的地の山の頂に着いた。そこはこの街が一望できる場所。私の大好きな場所。それを大好きな兄と共有したかったのだ。隣を見ると兄は言葉を失っていた。目の前の景色に目を奪われていた。私は連れてきて良かったと思った。それで、あまり長居すると心配をかけると裏山を下山する事にした。そこで何かがあった。私は気を失っていたようで気付くと家の布団に寝かされていた。そして山に登った後の記憶が抜け落ちていた。近くにいなかった兄は行方不明という事になった。それから今まで見つかっておらず、祖父母は既に死亡ということにしてしまった。
というのが今までの認識、でも最近になって抜け落ちた記憶を急に思い出したのだ。
思い出した記憶。それは私に少なくない衝撃を与えた。失った記憶の続き、それはこうだ。
その直後だった。
私達の目の前の次元が割れたのだ。その先からは何かがこちらを覗いている。私は足が竦んで動けなかった。瞬間、その何かは私は食べよう次元を超えと大きな口を開けて迫ってきた。足が竦んで動けない私に兄が逃げろと叫ぶ。それでも私は動けなかった。あんなに陰陽の修行をしたのに・・・結局私は出来損ないの無能、母のようにはなれない。心の中でそんな事を考えながら半ば生を諦めていた私。でも、隣で叫ぶ声が私を現実に引き戻した。
「涼華!!!」
私は兄に突き飛ばされた。兄がまた私を助けてくれた。嬉しい。それに兄は凄い。あの状況で冷静に動けていたのだから。才能がないっていうけど、私より兄の方が当主に向いてると思う。そうだ。怖いけど皆に兄を当主にするのがいいって言おう。お祖父様達も黒宮の事を考えてるからこそいつもあんなに厳しいんだ。今日の事を言えばお祖父様達もきっと兄の凄さに気づいてくれるはず!状況に気付かず能天気に私はそんなことを考えていた。そして
「お兄様、ありがとう・・・・・・え?」
倒れた体を起こし助けてくれた兄に礼をする。顔をあげて前を向くとそこに広がっていたのは、辺り一面飛び散った血、だけだった。何が何だか分からなかった私は兄を探した。いない。いない。いない。かくれんぼかな?ううん。心のなかでは分かってた。兄は私をかばってあの怪物に食べられたのだと。私はその事実を受け入れられなくて、記憶を封じたんだ。
兄が行方不明になってから私は変わった。いや、変わってないのかもしれない。寄り添ってくれる人がいたから私はいくら挫けそうでも立ち直れた。そう、兄がいたから・・・
だから頼れる人がいなくなった私は弱かった。実力も心も。祖父母の言う事には絶対に逆らわなくなった。祖父母が決めたことを行い、祖父母のために修行をして、祖父母に唯唯諾諾と從った。それが正しい事だと何度も教えられたし、正しいと思わなきゃやってられなかっ
た。祖父母に言われるがまま隠世に行って無謀な戦いをした。その時の私は兄さんを助けるどころか助けられなかった私に生きてる資格はあるのかとずっと思い詰めていた。だから毎回傷だらけになりながら戦っていた。私のせいで亡くなった兄の為ののせめてもの贖罪だと勝手に思いながら。・・・・・
「そんなある日、私は貴方に出会ったんです・・・」
涼華の過去はそう締めくくられた。涼華の話を要約して俺なりに解釈して呑み込んだが、今はちょっと反応できそうにない。俺が固まっていると涼華が何かを期待するような眼差しでこちらを見つめている。
「一つ、聞いても良いか?」
「・・・・はい」
やはり何かを待っているようだ。だがおそらく俺はそれに応えることは出来ない。俺はそれが期待されてるものと違うと知りながら質問を投げかけた。
「何故、この話を俺に話したんだ?話してくれて嬉しいが、意図が読めない」
涼華が目に見えて落ち込む。それでも一瞬で持ち直して色々と理由を説明されるが、どれもピンとこない。知って欲しかったからとか、あなたの過去も聞いたのに不公平とか。さすがに俺でも嘘だとわかる。だがここでそれを責めても仕方ない。俺は相槌をうって
「教えてくれてありがとう。お前も色々あったんだな」
とだけ返答した。別に煽ったり適当に流したりしているわけではない。上手い言い方がわからないだけだ。それでも麻紗美さんにはそう見えたようで
「何その反応。どうでもいいって感じ?」
「そうじゃなくて、うまく話せないんです」
「もういいわ。涼華ちゃん。行きましょう」
そう言い放ち、出ていってしまった。その間俺と涼華は一度も目を合わせる事は無かった。
怒らせてしまった・・・。いつもそうだ。俺は自分の馬鹿さで人に迷惑をかけてばかりだ。
自己嫌悪に陥る中、家の外から何か聞こえる。
少女が泣いてる声だ。しかも聞き覚えがある。
「涼華!!!」
急いで家を飛び出したが、二人の姿はなかった。遅かったか。瞬間移動できるわけではない。隠形で隠れているだけかもしれない。でも俺は二人を探すことなく家に戻った。そこまでして探したらまたストーカーになっちまうからな。
それに怒っている女性と泣いてる少女なんて俺には手に余る。怒っている女性か、怒らせた分際で何をとは思うが麻紗美さんは何をそんなに怒っていたのだろう?俺の言い方も悪かったかもしれないがそれであそこまで怒ることあるか?もしかしたら、何か重要な別の何かのせいで怒っていたのかもしれない。
「どちらにせよ、涼華にはちゃんと謝らないとな」
俺はそのまま家に戻り、どうやって謝るか考えることにした。
その夜だった。携帯が鳴った。相手は吉野先輩。通話ボタンを押して通話に出る。瞬間、吉野先輩の焦った声が聞こえる。そして告げられる衝撃の言葉。
「祐也!!!!スタンピードだ!!今すぐ役所に来い!!!」
俺は涼華に今は隠世に来るなと連絡を入れ電話を切り急いで駆け出した。
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