第29話
現在午後2時、俺は市役所のエントランスで白銀を待っていた。白銀はまだ手続きやらで時間が掛かっている。だが、もうそろ来てもいい頃合いだろう。
松崎先生との話は思わぬ形で幕を閉じた。俺が黒宮と出会ってからの流れを全て話したところ、先生は何か良いこと(多分わるいこと)を思い付いたかのようにニヤリと笑い、調整と改良の終えた「破軍」を渡してそのまま部屋に籠ってしまった。あれは一体なんだったのだろうか?
考えても考えても答えは出ずに時間だけが過ぎて行くのだった。
「お待たせしました」
足を組んで目を閉じて考えていた最中に白銀から声を掛けられた。
「古今東西、手続き、契約、そんなもんは時間が掛かるもんだ。気にすんな」
「ありがとうございます」
「?・・・まいいや。取り敢えず行こうぜ」
「行くって何処にですか?」
「ほら、最初に行くって言ってたろ?カラオケで」
「あれってまだ有効だったんですね」
「勿論。じゃあ行くか」
俺はエントランスのソファーから立ち上がり目的地、自分の家に向かうのだった。
数分くらい歩いただろうか。ふと白銀が口を開き話し始めた。
「そういえば、何故本田さんが尋問官を申し出たんですか?」
当然の疑問だ。白銀から見た俺は好きで尋問なんかするような人物ではないのだろう。そしてその見立ては概ね合っている。
「俺が頼んだんだよ。知人の方が話しやすいし白状しやすいだろ。だからだ」
「そうですか・・・」
「あー、あともうひとつ、お前は未成年だからな。本職が尋問をしたらトラウマになっちまうと思ってな」
「一応、俺の事を考えてはくれてたんですね」
「ま、そう言ったからな」
そこで会話が途切れる。白銀は俺の出方を窺ってる感じだ。今のも情報を集めてるのかもしれないな。 まあ、それはそれでもいいんだけど。
そしてまたポツ、ポツ、と雑談という名の情報収集は続いていった。それに答えつつ俺も話題にある程度沿った内容で話していった。
「支部長にも会ったんだろ?どうだった?」
「マジでビビりましたよ!偉い人と直接話すのも初めてだし・・・敬語だって上手くは使えないし・・どうすればいいんですかね」
「聞く相手間違ってるぞ。俺が礼節をわきまえてると思うか?」
白銀が首を横に振る。結構な勢いで。合ってるよ?合ってるけどさあ・・・もうちょっとこう手心というか気を使ってもいいんじゃないの?
「・・・まあ、その通りだ。はっきりいってテキトーにそれっぽく使ってるだけ。でもその事で何かを言われた事はない。お前は俺よりは敬語使えるだろ?安心しろって」
その励ましの言葉は白銀に届いたがあまり効果は無かったようだ。白銀は未だ首を傾げて小声で唸っている。その言葉を拾うと要は一般の人の場合上手く使えないと怒られたりするのに何故?だって。
「特別扱いされてんだよ。使えなくても当然、“そういう事情”なのだから責めてはいけないってな。悪い言い方をすれば、嘗められてるんだよ。俺はそれでもいいと思って何もしてないが・・・。お前も同じなんだよ。高校生だから、特殊体質だから特別扱い。俺みたいな者じゃなくきちんとした大人達は俺達の事情や境遇を知って悪意無く特別扱いしてるんだ。配慮って言い方もできるが。まあ、どうしても背伸びしたいとか特別扱いが嫌だっていうんならそういうの学べばいんじゃねーか?」
「そう、ですね」
そんな雑談、というには偏った話題を話しつつ歩く事15分、俺達はもう家が見えるというところまで来ていた。
「ん?」
取り敢えず右手で白銀を制す。家の前に誰か居るな・・・あのシルエットは・・・咲耶かぁ。大方俺のスマホに連絡いれても返事が無かったから家に来たんだろう。まあ、別に咲耶なら家に勝手に来たところで何の問題もないが、今は白銀と一緒にいるからなぁ・・・お互いに紹介すんのめんどくさいしな。よし!予定変更!全力で引き返すぜ!!!
「おーーーい!!」
はい。間に合いませんでした。ていうか鋭いよ。咲耶さん。呼ばれて無視するわけにもいかずトボトボと歩き出す。後ろでは白銀が「あの子は誰なんです?妹には見えませんが」ってまあ当然の疑問をぶつけてくるし。しまいには「はっ!?もしかして本田さんってロリk」とかふざけた事を抜かそうとしたので位置を調節して足を軽く後ろに動かした。
「痛っ!」
狙い通り白銀の弁慶の泣き所に右足の靴の踵部分が直撃した。白銀から怒りと戸惑いの視線を感じるが無視だ。人の事をロリコン呼ばわりするのが悪い。何より女性に向かってロリ呼びは失礼だろうが。見た目はそうだから初見では分かんないと思うけど、そもそも女性の年齢を脳内で想像する分にはいいが口に出すなよ。
「よっ。咲耶、何か用か?」
「用という用は無いんじゃが・・・。遊びに来た!」
「お前、仕事は?最近忙しそうだったじゃん」
「終わったから遊びに来たに決まっておろう。何処かの誰かさんのように投げ出したりはせんよ」
「うっ」
痛いところを突かれたな。確かに仕事はサボってるから言い返せない。裏の仕事が忙しいとかどうせ無理矢理捩じ込まれた居る必要の無い仕事だとか言い訳はできるが胸にしまっておく。
「さっきから気になっていたんじゃがそこの少年はもしや?」
どうやら咲耶も白銀の件について知っているようだ。支部長が連絡入れたのかな?まだ一般構成員には伝わってないはずだし。咲耶は謎の権力を持ってるから知らせてもおかしくない・・・のか?まあ今はいいや。
「ああ、こいつが──────」
「師匠!!」
丁度俺が白銀を紹介しようとした時だった、それと被せるように聞き馴染んだ声が聞こえてきた。俺はその声の方向を敢えて見ていないが、その目線の避難先、つまりは白銀の方を見ていたのだが、その白銀の顔が驚愕に歪んでいる。はぁ、咲耶に続いてかよ。
仕方ないので声の主へ顔を向ける。黒宮涼華、俺を師匠と呼ぶのは黒宮だけなので一声めから分かってはいたが・・・3人に増えたよ・・・めんどくさいなあ。咲耶に少し待ってと軽くジェスチャーで伝えてから話し出す。
「涼華、どうして此処に?」
「え、っと・・・」
俺と白銀を交互に見る黒宮。成る程、白銀が一般人だと思ってどう話そうか迷ってる感じか。俺は黒宮にサムズアップで合図を出す。黒宮は・・・あ、ダメだこりゃ全く伝わってない。流石にジェスチャーで伝えるのは無理か。ちなみにその白銀は俺が名前呼びした事でどういう事だ?的なじとーっとした視線を俺に向けている
「コイツ退魔士になったから隠さなくていいぞ」
今度は黒宮が驚愕の表情になった。5秒くらい硬直した後気を取り戻して
「此処に来た理由は、事件発生地点から半径2kmくらいはまだ何があるともわかりませんし見回り?ですかね」
偉い!!何て偉いんだ!!サボり常習犯のどこぞのバカに爪の垢を煎じて飲ましてやりたいところだ!って心の中で思ってても仕方ない。黒宮との場合は特に。ちゃんと口に出して褒めるべきだ。
「確かにその通りだ。良くやった涼華、的確な判断だ」
「・・!ありがとうございます!」
俺の言葉はありきたりで事務的なものだったがそれでも黒宮は嬉しかったようで顔を綻ばせている。ちなみに何故名前呼びかというとそう呼んでくれと頼まれたからだ。何故か分からないがしっくりくるらしい。
「師匠は何故この辺りにいらっしゃるのですか?それも白銀君と二人で」
「このすぐ近くに俺の家があんだよ。そこに向かってる最中だった」
「そうでしたか。して、その子は妹ですか?」
はぁ、こうなるからめんどくさいんだよ。えーとまずは白銀に咲耶を紹介して咲耶に白銀を紹介する。その後、黒宮に咲耶を紹介して咲耶に黒宮を紹介する。その後の流れはおそらく各個人のそちらの二人はどういう関係?に答えていくことになるだろう。考えただけで疲れる。だがこの状況、避けようがない。
「くっ」
俺は腕時計と自分の家を一度見て錆び付いた頭で必死に次の展開を思案していた。。時計を見れば現在午後二時過ぎ、家はすぐ目の前に。今は初夏だが近年の温暖化の影響で現在の気温体感で25度、夏日だ。外での大人数での立ち話は通行の邪魔になるし、暑い中、家が近いのに外で会話させるのは気がひける。かといってここで解散とでもなったら心にもやが残るだろう。やはり一つしかないか。
「お前らさ、ここじゃ邪魔になるし、家では話さね?」
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