第23話

「あ、ちょっと待って下さい」


俺の自宅に向かって歩いている最中、突然白銀が足を止めた。


「なんだよ」

「子供が踞ってます。ちょっと話聞いてきますね」


白銀は路地裏の奥を指差すが、俺には見えない。


「どこどこ?見えないけど」

「あそこにいるじゃないですか!ちょっと行ってきます」

「暗い所は気を付けろよー」


路地裏の方から「分かってますよー。子供じゃないんですからー」という声が返ってくる。路地裏の子供ねぇ・・・一応俺も行くか。白銀の見間違いで何も無ければそれはそれで良い。もし踞ってる子供が居たなら警察を呼んで対応してもらう。さて、どちらだ?


「あれ?」


白銀が見当たらない。少し目を離しただけなのに。もし子供が居なかった場合は直ぐに戻って来ているはずだ。戻って来ていないということは・・・居たのか?じゃあ何故ここにいない?移動したのか?白銀の性格を考える。あいつならどうする。もし子供が居たとして、路地裏の奥に走って行ってしまった。あいつなら、当然追いかけるだろう。路地裏は狭く細い道が迷路のように入り組んでいる。普通に見つけるのは困難だ。だが、退魔士なら可能だ。

俺は路地裏一体の霊力を探る。今度は見つかってくれよ・・・!


「見付けた」


三時の方向直線距離100mの場所に白銀の霊力を感知した。白銀の前にも霊力、これは子供か。随分遠くに行ってるな。感知は続けたまま路地裏を走る。この辺は近くに大型スーパーができたことで潰れてしまった店や人の住んでるのかも分からない家が建ち並び、日もあまり当たらず薄暗い。人も見かけず生活している痕跡すらない。まるでこの一帯だけゴーストタウンのようだ。


「おかしい。早く合流した方が良いな」


そうだ。そんなゴーストタウンのような所に子供一人。しかも俺には見えなかった。何か妙な違和感がある。そうして思考を巡らす内に咲耶と話していたことを思い出す。日本の妖怪は玄関を開けなければ家に入って来れない場合がある。それとは逆に人間を誘い込む妖怪もいると。その妖怪は庇護欲を誘う姿に変身して標的の気を引く。そして自分のテリトリーに誘い込むのという話を。ここでいうテリトリーとはどこか?それは異世界だ。


「まずい・・・・!」


今まで感知できていた白銀の霊力が感知できなくなった。その子供だと思っていたものも同時に。確定だ。白銀は今まさに異世界へ連れ去られた。連れ去られるのを目撃というか感知したのは初めてだが最低でも15分が死の限界時間だ。俺は踵を返し今来た道を全力で駆ける。そして携帯を手に取りある番号にかけた。


「もしもし。本田さん。どうかなさいましたか?いつも連絡なんてくれませんのに」

「白銀が魔物に拐われた!!探すのを手伝ってくれ!!」

「・・・分かりました。わたしはどちらへ行けばよろしいのですか?」

「駅前近くでゲートを開いてくれ!頼んだぞ!!それと」

「それと?」

「15分経って見つからなかったら引き上げてくれ」

「それは!・・・・分かりました」

「じゃあ、頼んだぞ」



黒宮との通話を終了する。直ぐに路地裏を抜けた俺は駅のタクシー乗り場に走って近づき空いてるタクシーに乗り込む。


「運転手さん!!市役所まで!!なるたけ急ぎでお願いします!!」


俺の血相を見て何かを悟ったのかタクシー運転手は無言のまま凄い勢いで発進した。


「くそっ」


タクシーに乗って冷静になることで様々なことが頭をよぎった。白銀はまだ無事だろうか?俺の失態だ。違和感はあったはずなのに。一人で行かせるんじゃなかった。俺はなんて馬鹿なんだ。もし俺が黒宮みたいな陰陽師の契約者なら直ぐに助けられたのに。くそっ。くそっ。くそっ!!!


タクシーが止まった。どうやら市役所に着いたようだ。直ぐに頭を切り替える。財布を取り出し一万円札を運転手に渡す。


「ありがとうございました。それは急がせてしまった謝罪です。では、急いでいるので」


そう早口で捲し立て会話を一方的に打ちきり一目散に市役所に入りそのままエレベーターで地下に。途中自分の部屋に寄り、普段使いの義手を外して戦闘用に付け替える。そのまま部屋を飛び出し次元門の元へ。電子大扉を開け次元門の前に立ち開門許可の申請。普段通りの機械音声が流れるがその音声の遅さにイライラする。


『認可がおりました。次元門を開門します』

「ちっ」


次元門が開き座標固定やら次元の歪みの固定化等の諸々の準備が終わると同時に門の中へ飛び込んだ。


扉を開け紅の世界へ。一刻も早く白銀を見つけなければ・・・


「“霊符 疾風瞬身 二重祈祷”!!」


俺は使用者の速度を上げる霊符である疾風瞬身を二枚重ねがけをした。霊符は一枚ずつ使うだけのものではない。数枚を一気に使用することで更なる効果が得られる。今は二枚を使ったが一度に使える上限はない。だが、使用者はいない。ただそれほど多い枚数を使えるものがいないというだけのこと。もちろんデメリットも存在する。個人の資質や得手不得手が関係していてその個人によって異なるが、俺が二枚使った場合は、効果量1.5倍に対して霊力使用量は4倍も上がっている。こんなものは普段は使わないが白銀を助けるのに惜しんでいられない。


「無事でいてくれよ・・・!」




15分が経った。経ってしまった。最悪の結果が頭をよぎるが直ぐに振り払う。一般的には5分未満から15分程度が連れ拐われた人物の死亡と見なされる。その幅は連れ去った魔物の種類や生態による。ということは15分を越えても白銀が生きている可能性はまだある。

諦めてはいけない。ここで俺が諦めたら誰が白銀を助けるんだ。




さらに探すこと30分。まだだ。まだだ。まだだ。白銀は絶対生きている。生きて・・・



高速で走り続けていた足が、急に止まってしまった。無論、疲労等ではない。では何か?それは諦めだった。白銀が拐われてから45分。その間この紅の異世界を駆け巡り続けた。大丈夫だ。必ず見つかる。そんな風に自分を鼓舞しながら。そして唐突に一つの思考が脳内を占拠した。もう白銀は死んでいるのだから、探す必要はない。と。そしてその思考に心では否定しながらも納得している自分もいた。


俺はその場に倒れ込む。そして目を左腕で隠した。白銀・・・本当にすまない・・・。お前は半分俺が殺したようなもんだ・・・



「・・・・!」


何か聞こえる?魔物か?飛び起きて近くの崩れたビルの頂上に立って辺りを見回す。


「あれは!!!」


そして俺は驚くべきものを目にする。

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