第4話

脳が割れるような痛みはしばらくすると徐々に引いてきた。壁に手をついてゆっくりと立ち上がり、未だに少し痛む頭を押さえている中


「あの・・・大丈夫ですか・・・?」


と、少女が後ろから話し掛けてきた。その声からは困惑の色が窺える。それも当然だ。いきなり現れた男が目の前の魔物を倒し、なおかつ自分の方を見て急に頭を抱えて叫んだのだから。逆の立場で考えると、俺なら関り合いになりたくない。



また脳を激痛が襲うかもしれない。だが無視する訳にもいかない。恐る恐る後ろを振り返る。一瞬、目が合い慌てて逸らす。・・・大丈夫、痛みは来ないようだ。一体あの痛みは何だったのだろうか。後ろの少女が何かしたようには思えない。だとしたら何故なんだ?


「大丈夫だ・・・少し持病の症状が出ただけだ。いつものことだから気にしないでくれ」


少女も自分を見て頭がいたくなったなんて聞かされたら気分は良くないだろうから嘘をついたが、俺はどうも嘘をつくのは苦手なようだ。頭を抱えて叫ぶほどの持病なら入院しとけ。と自分でも思ったが、咄嗟に思い付いたのだから仕方ない。それよりもだ。この少女は俺にとっての何かがある。振り返り少女の姿を視認する。身長160cm前後、大人びて見えるが恐らく未成年だろう。整った目鼻立ちに、流れるような黒髪は後ろで一つに纏められている。服装は白の稽古着に黒の袴、少し離れた所に落ちている薙刀と合わせて見るにそれが彼女の戦闘服なのだろう。というようにどこかで見た、人を覚える方法に書かれていたやり方を真似して特徴を挙げてみたが、効果あるのかこれ。


「助けて頂きありがとうございます」


頭を下げる少女。


「仕事だからな。助ける。例え相手が陰陽道名家の当主様でもな」

「・・・気付いてらしたんですね」

「やっぱりそうなのか」

「えっ!?」


少女は言っちゃったという感じで口元を抑える。まあ、確定していなかっただけで99%そうだと思ってたけどな。あの莫大な霊力は退魔士にも並みの陰陽師にも出せないからな。それにこの少女は一人で戦っていた。周りに仲間は見当たらない。その二つを考えたらそれはそうだろう。


「安心しろ。上に報告はしない」

「何故ですか!?私は貴方の敵対組織の・・・」


敵対組織って・・・敵対してるのは強硬派の連中だけだ。これは退魔士の中では常識なんだけどな。陰陽師の方はそうでもないのか?それともこの子が何もしらないだけか?


「俺は敵対していない。そんなことより俺は本田祐也だ。貴方じゃない」

「そんなことよりって・・・」

「名前は大事だぞ」


名前だって自分自身を構成する大切なものだ。記憶喪失の俺はそれを人一倍強く感じる。


「・・・申し遅れました。私は──────」

「待て。名乗らなくていい」

「本田さんが名乗ったから私も自己紹介をですね・・・!」

「まあ、落ち着け。別に自己紹介をして欲しいわけじゃないんだ。正直に言うが話を反らしたかっただけだ。長くなりそうだからな。それに先程は報告はしないと言ったが、それはあくまでも自ら名乗っていないからだ。もし何処其処所属の何々です。何て自ら名乗った場合は上に報告する義務が俺にもある」


基本的に陰陽師を見かけたら報告の義務はある。自ら名乗る名乗らないは関係ない。


「先程のは一度見逃してくれていたということですか」


バレてたか。基本的には聡い子なのかもな。


「さあ、何の事だか。それよりも言わなきゃならんことがある」

「何でしょうか?」

「お前────」

「お前じゃなくて私は黒宮凉華です」

「おいっ」

「名前だけなら大丈夫でしょう?それに本田さんが報告するようには見えません」

「ちっ」


カウンターを食らった。やられる方は嫌だなこれ。それに俺を信用しすぎだ。確かに俺は黒宮の事を報告しないだろう。だがそれは全く別のごく個人的な理由から話さないだけだ。だが黒宮のその信用それもこれまでだ。


「話の続きだ。黒宮、もう異世界、隠世かくりよと呼んだ方が分かりやすいか。こっちに来るな。そんな実力じゃすぐに死ぬぞ」

「・・・・」


黒宮は黙っている。あえてその顔を見ようとはしないが、裾を強く握りしめている。悔しいんだな・・・その気持ちは痛いほど分かる。


「それに迷惑だ。未熟な内に来るとこじゃないぞ。もっと修行をしてせめて霊力のコントロール位は出来るようにならないと話にもならない。はっきり言って邪魔だ。俺達退魔士は命張って戦ってる。黒宮はどうなんだ」

「・・・・」


黒宮はまだ沈黙を続けている。


「───たには」

「何か言ったか」

「貴方に私の何が分かるんですか!!!私だって頑張ってるんです!!頑張って!!頑張って!!頑張って!!それでも!!それでも、出来ないんです。師匠も居ないから教えてくれる人もいない。大好きだった両親も兄さん皆死にました。残った祖父母には毎日躾と称して叩かれたり蹴られたり!!うぅ、ぅぅ」


思い切り叩きつけられた言葉。胸に響く。重い。黒宮の感情が、心の痛みがこの重さを形作っている。黒宮が吐き出した闇はとても暗く黒い。


黒宮は走りだし薙刀を拾い詠唱をして元の世界に戻っていった。


「やっちまった・・・」


初めは黒宮が命を落とさないように厳しく話してやめさせようと思った。だが黒宮は俺の想像を越えた闇を抱えていた。その闇に気づかず俺は彼女の心を踏み荒らした。許されざることだ。



記憶喪失になっても案外困ることはない。心が壊れることに比べたら

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