第3話

燃えるような赤色の世界を駆ける。次元門付近はまるで荒廃した都市のようで、アスファルトの道路は亀裂が入り崩壊している、それに加え崩れたビル瓦礫が道を塞ぎ思った様には走れない。退魔の符で速度強化をすれば素早く動けるが、俺の霊力は少ない。霊力を温存しなければならない。こればかりは生まれつきのものなので、体を鍛えたり訓練をしたところでどうしようもない。他の退魔士には身体の耐久強化より速度強化を優先して使用する者もいるが、それは戦闘スタイルや考え方の違いだ。俺の場合は耐久を上げた方がやりやすいのでそうしている。緊急時や自分や仲間の命の危機ならどちらも使用するが、霊力が切れることは命が切れることと同義。気を付けて使用せねばならない。最も霊力配分など関係無しに霊力を使う化け物のような連中もいるが。


「妙だな・・・」


数十分ほど辺りを探したが魔物が一匹も見当たらない。勿論、それ自体は良いことなのだが。一昨日や昨日なら既に数体は見つけている程度には探してそれで一体もいないとなると違和感を覚えてしまう。京都で感覚が狂ったのだろうか。異世界において退魔士が魔物を探すのは大変だ。異世界は未だ殆どが未開拓領域と言われている。それどころかどれほど広いのかすら分かっていない状況だ。退魔士達は次元門の近くにいる魔物を足で探す他ない。被害を出来るだけ抑えることしかできない。しかしここ最近はこの街の次元門付近でも目撃や討伐報告も増えていると聞く。それに俺自身も何体も倒している。


更に数十分ほど経っただろうか。ようやく見付けた。前方数十メートル先、小人型の魔物と、人間だ。小人型の魔物が人間、男子小学生だろう。黒のランドセルを背負った子供を襲い飛びかかろうというところだ。俺は走る速度を上げ一瞬で魔物の元までたどり着きに霊力を込めてその横っ面を殴り付ける。殴られた魔物は吹き飛びながら消滅していった。


「大丈夫か?・・・って気絶してるんだったな」


異世界の魔物は特殊な力を持っている。それは元の世界から人間をこちらに引きずり込むというものだ。無造作に引きずり込めるという訳でもなく、何かしらの条件はあるようだが未だに解明されていない。引きずり込まれた人間が気絶する理由も同じだ。次元を越えた反動によるものとも言われているが真相は不明だ。そして直前の記憶も消える、退魔組織と被害者、両方の都合のいいように。退魔組織は異世界、魔物の情報を労せず隠せる。被害者は忘れてるお陰で消されずに済む。どう消されるのかは知らない。知りたくもない。




子供を抱え一度元の世界に戻った俺は、子供を救護班の人に預けて再び異世界に赴いた。やはり異世界の様子が気になる。何もなければそれでいいんだが。もう一度耐久性向上の退魔符を使用して異変を探る。今日使った退魔符は3枚。金剛纏鎧こんごうてんがい、防御系の退魔符と、子供を助ける時に使った、疾風瞬身しっぷうしゅんしん、肉体速度強化の退魔符だ。退魔符の効果時間は世界の霊気の濃度により変わる。異世界で2時間ほど、元の世界で5分位だ。俺が一日に使える退魔符は10枚程度、まだ余裕はあるが、もし強力な魔物と遭遇した時には一度に数枚使うのもざらにあるので注意が必要だ。



もう一度異世界に来てから3時間、効果時間が切れてもう一度退魔符を使用したので4枚目だ。無心で異変の元を探していたら随分遠くまで来ていたようだ。ここは次元門の近くとは違い崩れていない建物やビルがいくつもある場所のようだ。ここに来るまでのその間、魔物には一体も遭遇していない。仕方ないそろそろ帰るか、そう思っていた踵を返した時だった。


ドォォォン


不意の轟音に振り返ると、数百メートル先、廃ビルの崩壊と共に砂煙がたっている。その直後に聞こえる。異形の咆哮。声だけじゃ判断出来ないがそれなりの魔物だな。何を暴れているのか。


「行くか」


大型の魔物の元へ走り出そうとした瞬間、何者かが俺の足を止めた。・・・いや、何者かじゃない。自分自身だ。魔物に臆しているわけではない。京都にいた頃は大型の魔物を相手取ったことも何回もある。じゃあ何が俺の足を止めているんだ・・・?魔物ではない何かとの接触を避けるような・・・もう一人の俺が心の中で言っているようだ。そこから先へ進んだら、もう後戻りはできないぞ。と


「関係ない!俺は俺だ!俺の道は俺が決める!お前は引っ込んでろ!」


そう言い放つと不思議と体の硬直が消えた。一体何だったのだろう。それに、この先に何が待ち受けているのだろうか。どちらにせよ、俺はあの場に行くしかない。あの大型魔物はほっといたら不味い。俺は見晴らしのいいビルから飛び降りた。数十メートルの高さをそのまま着地し、走り出した。


ある程度近くまで行くと見えてきる魔物。先ほどまでビルの影に隠れていて見えなかったが回り込む様に移動してようやくその場を把握できた。そこにいたのは、四足歩行の大型の魔物だ。やはり見たことはない魔物だ。そんなことはどうでもいい、それよりも、大型の魔物は戦っていた。相手は?人間だ。人間の少女、高校生、大学生位だろうか。間違いない。陰陽師だ。あれほどの魔物に単騎で挑むなんて普通の退魔士はしない。それに武器、よく見えないが槍か?退魔士の槍とは形状が違う。そして何より、近づくことではっきりと分かる莫大な霊力、退魔士には出せない。この規模は陰陽師の当主クラスだ。


これなら放っておいても大丈夫かと思い、徒労に終わった今日一日を悔やみつつ戦いを見学していたが


「不味いな。あの子戦闘慣れしてないぞ・・・」


少女は魔物の攻撃をなんとか躱して隙をついて攻撃をしているが余り効果が見られない。それはそうだ。霊力の纏わせ方が下手だ。あれじゃ雑魚魔物は狩れても大型は倒せないぞ。そもそも、なんで莫大な霊力にものを言わせた攻撃をするだけでもっと楽に戦えるのにそれをしないんだ・・・!非常にむず痒い光景だ。彼女に先生や師匠は居ないんだろうか。そんなことを考えていたら、彼女は遂に攻撃を避ける事に失敗し突進をもろに食らってしまう。

ビルの壁面まで吹き飛び叩きつけられる。不味い!意識が朦朧としている!


「間に合えよ・・・!“霊符 疾風瞬身”」


さらに追撃をしようと少女に向かっていく魔物。俺から少女まで100m、ただし俺はビルに上にいる。ギリギリだ。飛び降りたら間に合わない。俺はビルの壁面を駆け降りた。初めてやったが上手くいくもんだな。そしてそのまま最高速で少女の前に、守るように立ち塞がった。魔物は既に眼前、前足の爪による引き裂きが繰り出されていた。


俺はそれをで受け止めた。


「あ・・な・・た、は・・?」


陰陽師の少女の意識が回復してきてるようだ。


「まだ、安静にしてろよ。こいつは俺に任せとけ」

「で、も私、は、陰陽師、として、」

「おい。こっちは話してるんだが・・・まあわからんか」


大型魔物の攻撃は、会話中も止まることはなく、魔物の攻撃すべてをで払い、受け止め、受け流した。


「折角、陰陽師に会ったんだ。お前は引っ込んでろよ」


「“特殊退魔武装「破軍」” 起動」


俺の義手に仕込まれた幾つもの特殊な霊符が発動し、それを組み込まれた退魔機構が効果を跳ね上げる。起動し始めた俺の右腕は今や空間を歪めるほどの霊力を纏っていた。迫り来る魔物の突進に構えをとり、正面から思い切り殴り付けた。大型の魔物は動きを止め、その場で爆散した。余りの霊力を受け止めきれなかったようだ。


「何て・・・力・・・」


後ろの陰陽師の少女は大分回復したようだ。


「なあ、アンタ・・・・」


俺は振り返り少女の顔を見た。見てしまった。


「ぐっ・・・!がぁぁぁあぁあああ!!!」


頭が、割れるように、ズキズキと痛む。あまりの痛さに頭を抱えて床に倒れ付した。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。


痛みはこの少女の顔を見てからだ。この少女は一体、何者なんだ・・・?









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