第5話

「えーと、ここは何処だっけ?・・・ああ、俺ん家だったわ」


寝ぼけ眼で周りを見回す。まだ脳が目覚めて無いのか、ろくに頭が回らない。ベッドから起き上がり階段を降りて、台所の冷蔵庫を開ける。


「何で水しか無いんだよ」


仕方なしにペットボトルの水を飲む。麦茶の気分だったんだけどな・・・買って無かったっけ?飲んじゃったんだっけ?まあいいや。それよりも腹が減った。とりあえず朝飯を作ろう。適当にスクランブルエッグでいいか。ペットボトルをソファーに無造作に投げつけて再び冷蔵庫を開ける。


「卵ないじゃん。ていうか水しか無え」


冷蔵庫には500mlのペットボトルの水が大量に入っているだけで卵はおろか調味料の類いまで無かった。


「ん?ちょっと待てよ。俺ってそもそも自炊してたっけ?」


冷凍室を開ける。そこには冷凍のパスタや炒飯なんかがぎっしりと詰まっていた。


「・・・一旦状況を整理しよう」


冷凍室を閉めてソファーに前傾姿勢で座る。もう脳は完全に目覚めている。寝起きでボケている訳でもないのに何であんな行動をしたんだ?俺は普段水しか飲まないし、飯も冷凍かコンビニの弁当だけだったはずだ。それを麦茶の気分だのスクランブルエッグだの、自然にそういう思考をしていた。明らかにおかしい。


「昨日の、あれが影響してんのか?」


昨日、異世界で出会った少女、黒宮凉華の事が頭をよぎった。彼女の顔を見た時、激しい頭痛に襲われた。昨日の俺はそれを自分自身に関する何かだと考えた。それは記憶喪失に関わる事かもしれない、そう思っていた。その後は確か、彼女が帰った後に自分も帰って大型の魔物を倒した事を報告して・・・で、帰ってすぐに寝たんだったな。


「松崎先生に相談してみるか」


あんなのでも腐っても医者だし、他の病院に行くのは手続きとかめんどくさいしなぁ。時計見ると10時半過ぎ。研究室にいるかな?先生はあそこに住んでるからいつも居るには居るんだが研究室を空ける時もあるし携帯で連絡はできないしで入れ違いや待たされる事もあると吉野先輩が言っていた。朝食を冷凍で済まし市役所に向かう。少し歩けばすぐ市役所だ。家と職場が近いって快適だなー。



「それで、僕の所に来た、と」

「はい」


市役所の地下、松崎先生は研究室にいた。良かった良かった。先生には起きた出来事を詳細に話した。だが黒宮の事は何も喋っていない。話すと昨日の報告と矛盾するし組織には、特にこの先生には黒宮の事は話したく無かった。


「もう一度確認するけど、昨日大型の魔物を倒した後に何かが起きて、頭が割れるように痛んだ。朝起きると気付かない内にいつもと違う行動、思考をしていた。間違い無いね?」

「そうなんすよ!いやー困りました」

「ふーん・・・」


こりゃ信じてないな。何かがのところを強調してるしそこが引っ掛かってるのか。まあ他の情報に比べて曖昧だし、その何かだけ覚えてないなんて不自然だよな。だとしても先生に確認する手段はない。バレることはないはずだ。相談しといて重要な部分は隠す、普通の相手なら罪悪感を覚えるが、この人には別に何してもいいと思う。向こうだって同じようなもんだろ。


「君、気づいてるかい?普段の君なら僕の前で笑った事は無かった。でも今の君は笑っている。それに口調も変わっている」

「マジですか」


気付かなった。これが素の自分の話し方だ、と違和感も覚えなかった。


「そうだね・・・僕の推測を話す前に、少し実験をしようか」

「実験ですか?」

「実験は大袈裟だったかもね。単なる雑談だと思って聞いてくれ。君はテセウスの船というものは知っているかい?」

「聞いたことは無いですね」


テセウスの船、名前だけみればテセウスさんの船かまたはテセウスの船っていう名前の船か、簡単に思い付くのはそんなことだ。


「君に分かるようにに言えば、船が壊れれば修理するだろう?もしもその船のパーツを全て取り換えた時、それは元の船と同じものと言えるか?というものだ」

「なる、ほど・・・?」

「君はどう思う。少し時間をあげるから考えてみてくれ」


船のパーツを全取っ替えで前と同じ船と言えるか。そうだな・・・一気に全部取っ替えたら違う船だよな。それは新しい船を作ってるのと変わらない気がする。1%でも残っていたら、どうだ。同じ、と言えるか?船の先っちょだけ元の船だから同じ船とはならない気がする。ちょっとずつ変えていくにしても、途中までは同じ船でも途中から違う船になると思う。なら違う船に変わる瞬間はどこだろう?半分を取り換えた時?それとも重要な場所を取り換えた時?


「あーもう混乱する!」

「君の答えは出たかい」

「そうですね・・・色々考えたんですが、その船の骨格を担う部分を交換したら違う船に変わると思います」

「なるほど。君はそう考える訳だ。なら自分の体ならどうだい?」


自分の体のパーツを取っ替えるってことか。俺は義手を着けている。それでも俺だ。両手両足を交換しても同じだろう。なら心臓はどうだろう。人体の根幹をなす部位だ。もし人工心臓をつけたとしても、俺は俺だろう。なら一つしかない。


「脳ですかね。脳を変えたらです」

「脳が違ったら別人だと思う訳だね。脳といっても色んな機能がある。ならどの機能だろう」

「それはもちろん記憶・・・・・」


自分の中の時が止まった気がした。

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