第36話

「状況は!?」


突然の凶報に急いで地下施設に来た俺は異様な雰囲気の中に吉野先輩を見つけた。先輩は既に退魔武装を手にしていて、服も対霊特殊制服を来ている。今すぐにでも戦闘開始できる様相だ。先輩だけじゃない。見渡せばこの基地内の戦闘可能要員の殆どが戦闘の準備を終えていた。


「本田、来たか。状況は最悪の一歩手前ってとこだ。奴らどっから現れたか知らねぇが次々湧いて出てきやがる。記録にあるスタンピードはバラバラに人を攫ったり暴れていたんだが、今回は違うらしい。人を連れ去る事もなくゾロゾロと揃って歩いて来てる。推測目的地点はアレだそうだ」


先輩が自分の後ろを親指で示す。先輩の後ろは壁だがその先にあるのは・・・次元門だ・・・魔物達は向こうの世界の次元門を目指して侵攻しているってことか。


「何故、次元門を?」

「さあな。奴らも気づいたんじゃねーか?あそこから敵が送られてくるとな」

「そうですか。しかし少し安心しました。襲われた人はいないんですね。次元門は強固な建造物で覆われてますし」

「それがそうでもねぇんだよ。スタンピードの群れの中に鬼がいる。奴等の持つ金砕棒の破壊力は凄まじい。攻められたら数分持つかってところだ」


吉野先輩の言う鬼というのは退魔士用語でオークの事を指す。見た目は皆が想像する鬼そのものだ。色はドス黒く、赤や青ではない。見た目が鬼なのに何故オークと呼ぶか。世界退魔機関の本部が存在する欧州にはオークが存在するからだ。迅速な情報伝達の為に呼び名は統一するのが望ましい。日本支部はこれを公式見解とし、いわゆる日本の鬼もONIではなくオーク、正式名称はジャパン・オークと呼ぶことになっている。まあ、他の理由もありそうだが・・・


ともあれ、吉野先輩が鬼と呼ぶのは本人の「見た目鬼なんだから鬼だろ」との言からも分かるようにそういう意味があるのかわからないような規則はガンガン破るスタイルだからだ。ちなみに俺も同意見。



「そうですか・・・。では直ぐに異世界に向かい迎撃する感じですか?」

「まあそうなるな。今は支部長の命令待ちだ。ったく、偉いやつってのは色々考えちまって初動が遅くて困るぜ」

「・・・・」


なるほど、上の連中が会議でもしてんのか。支部長はスタンピードを予想していた人間。迅速な対処をしてくれると思うが、問題なのはさらに上とこの基地にいる他の幹部たちだ。予想だがそいつらが支部長の足を引っ張ってるんだろう。


「おっと、どうやらおはなしは終わったようだぜ。支部長さんの有り難いお言葉だ」


俺達が待機している場所に支部長が現れた。部隊長である吉野先輩の号令を合図に戦闘部隊は迅速に性列をした。気づけば俺は1人列の外に立っていた。俺を見る目線はほぼない。気付かれてはいるが、傷が浅い内に列の最後方に並んだ。支部長は俺が並ぶのを見届けてから一つ咳をして、話を始めた。さっきほぼと言ったのは支部長がお前早くしろや的な目線を送ってきてたからだ。


「皆知っていると思うが自己紹介させてもらう。私は世界退魔機関、千葉支部支部長の竜胆だ。聞いている事だろうが、現在、魔物達の大規模侵攻、通称”スタンピード“が発生している。通常、諸君に各々迎撃に出向いてもらうのだが・・・今回のスタンピードの動きは前例がない異常なものだ。知性の低い魔物達が列をなして侵攻しているのだ。その目標と思われる座標は異界にある次元転送装置、破壊されるわけにはいかない。絶対に。もし破壊された場合、今後我々が異界に行く事は不可能になってしまう・・・それがどういう事か・・・奴等が我が国の無辜の民を好き放題襲えるという事だ・・・」


支部長はここで一度話を区切った。訪れる静寂。


「そんな事が許されていいのか。否!!断じて否だ!!そんな事は例え神であろうと容認できない!!私はそう思っている!ならばこそ!次元門は絶対に死守しなければならない!!・・・本当は私とて前線に立ちたかった。しかし、私に戦の才は無かった。諸君の中には私の事を安全圏で偉そうに指示しているだけ。そう思っている者も多いと聞く。事実、その通りだ。私には、倒す力も守る力もまるで無い・・・無力な人間だ」


以外だった。支部長牙そんなことを思っていたなんて。



「しかし、しかしだ。私は今現在のこの危機的状況下においても全く悲観などしていない。それは何故か?戦えない私にかわり闘う勇敢な者達。そう、諸君がいるからだ。諸君に問おう。諸君はなんだ?警察?軍隊?どれも違う。なら諸君はなんだ?」



理事長の問いには誰も答えることが出来なかった。



「諸君は退魔士だ。・・・何を当たり前な、という顔だな。無理もない。だが退魔士という言葉について深く考えたことはあるか?退魔士とは、魔を、退ける、戦士である。魔とは魔物のことではない。人類の降り注ぐ悪意、これを総じて魔と呼ぶのだ。そしてその魔を祓う諸君は何者か。断言しよう。人並な言い方だが、諸君は既に英雄なのだ」


流石にこの発言は見逃せなかったのか、吉野先輩が異を唱える。


「俺達が英雄?馬鹿な事言わんでくださいよ。俺達は金払いがいいから退魔士になったんだ。金の為に悪を倒す奴なんて英雄なものかよ」


「吉野部隊長。それ君の個人的な英雄観だろう。世間的にも英雄、色を好むという言葉もあるではないか。欠点や汚点が有れば英雄ではないというわけではない。私が思うに英雄に必要不可欠なもの、それは功績だ。君の言う金で退魔士になったという理由。大いに結構。功績さえあれば“人”は“英雄”と成るのだ!」


再びの静寂。今度は1回目と違い支部長の言葉の力に気圧されているからだ。食って掛かった吉野先輩でさえも。以前、ふざけて言霊という言葉を使ったが、言霊とは本来こういう事を言うのではないだろうか。


「して、諸君における功績とは何だ。決まっている。魔物を倒し、被害者を救助し、安全な場所まで送り届ける。端的に言えば人命救助だ。諸君も思い返してみてくれ。自分が何回、何十回、何百回と繰り返した行為を!諸君は何人もの人々を救っているんだ。それを英雄と呼ばず何と呼ぶ!」



「・・・少し熱くなってしまったようだ。本題に戻ろう。私はそんな英雄達に敢えてこの問いをぶつけよう。諸君等はこの町と其処に住む市民は好きか!?」


「ちっ・・・当たり前だろうが!!」

「俺も好きだ!!」

「家族が住んでんだ!!嫌いなわけねえだろ!!」


吉野先輩の言葉を皮切りに次々と自身の想いを爆発させてゆく。熱い。すごい熱気だ。いや、これは闘気か!?そんなものが存在するとは思えないがそうでないと説明がつかないほど霊気ではないオーラのようなものが発せられていた。支部長を見ればフッと笑っていた。


「ならば私から諸君に言う言葉は一つだけだ!!敬愛する英雄達よ!!今一度この町を守ってくれ!!」


支部長の言葉に隊員達は士気をバクアゲしていた。勿論俺もその中のひとりだ。


「吉野先輩!!とっとと行きましょう!!」


だが、比較的冷静な人物もいた。


「本田、お前は待機だ」

「何故ですか!破軍なら雑魚は一掃出来るし戦いが楽になります!!」

「そんなのわかってんだよ。今回のスタンピードは何が起こるか分かんねーんだよ。雑魚にお前を使ったとして、後から化け物が出てきた時にお前がスタミナ切れじゃ話にならん」


確かに吉野先輩の言っていることは正しい。でもそれは逆に吉野先輩達、戦闘部隊の危険度が高いって事にならないか?


「それは先輩達が危険すぎます!!」

「あ?」


吉野先輩が俺の方にズカズカと近寄り、俺を殴り飛ばした。


「っつ」


口内を噛んだのか口端から垂れる血を拭う。


「お前、その腕貰って調子に乗ってねーか?俺が居ないと部隊が心配ですぅーってか。ふざけるんじゃねえ!!俺も!!俺の部隊も!!お前に心配されるほど軟じゃねえんだよ!!」



吉野先輩の怒号に周りの戦闘部隊の人が嗜める。”彼“だから多目に見なきゃとか、大人げないとか。



「すみません。確かに調子に乗ってたかもしれません。待機命令、承知しました」


俺はそう言って足早にその場を去った。

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