第37話

「松崎先生、破軍の改良の進捗は?」


待機場所から離れた俺は、松崎先生の元へ訪れていた。1週間前に罰を受けるからと言って渡してあったのだ。


「僕を誰だと思ってるんだい?勿論、完成しているよ。ほら、君の新しい力“破軍 二式”だ」


先生がそう言いながら渡したそれは、素人目には何が変わったのか全くわからなかった。先生も俺の困惑に気づいているようで


「二式は君との同調率を大幅に・・・これじゃ分かんないか。二式は一式より強くなったよ」

「はえ〜そうなんですかー、って馬鹿にしてますよね?俺は確かに馬鹿ですけど同調率くらいは分かりますよ」

「ふーん、じゃあ同調率について話してみて」

「え?えーと体の相性がどれだけいいかみたいなものだった気が」


松崎先生がバカ笑いしている。そもそも同調率がどうとか内部構造がどうこうは俺には関係ない。俺はただ破軍を使い魔物を屠るだけだ。だから間違えても恥ずかしくはない。恥ずかしくはない!


「そろそろ出撃の時間ですね。じゃあ、行ってきます」

「ふぅ、笑った笑った。おや、待機と聞いたが?」


マジでこの人の情報網どうなってんだよ。絶対に敵に回したくない。回したくないけどいずれ敵対するんだろうなと何故か思う。


「ええ、待機しますよ。。先生、ありがとうございました」


そう言い放ち立ち上がり踵を返そうとする。俺の答えに先生は口端を歪めて


「君も誰に似たのか、性格悪くなってきたねぇ」


とシニカルに笑う。俺はそれに


「周りの大人達が碌でもない輩ばっかだからじゃないですかね」


と答えを返して、松崎先生の研究室を後にした。



どうせ行っても見てるだけの身だ。急ぐ必要もないので普通に歩いていたら、珍しい、この表現は正しくないな。久々の友人に出くわした。


「おお!久し振りだな!!咲耶!!最近はお互い忙しくて顔も合わせなかったからな。会えて嬉しいぜ」


そう話しかける俺だが、向こうの反応はあまり良いとは言えなかった。


「祐也・・・戦場に行くのか?」

「ああ、そのつもりだ。待機と言われたが場所は指定されてない。向こうで待機して、危険な状況を見かけたら割って入る」


咲耶には嘘ついてもすぐにバレるし、嘘もできれば付きたくない。だから本当の事を話したが、咲耶の顔は余計曇るだけだった。


「おいおい、どうしたんだよ?元気ねぇな~。悩みがあるなら俺で良ければ相談のるぞ?」

「・・・・」

「本当にどうした・・・?何かあったのか?」


明らかに様子のおかしい咲耶に本気で心配になった俺は再度同じ質問をした。さっきの軽い感じではなくマジトーンで。少しの静寂の後、咲耶が口を開いた。


「祐也、戦場に行くな・・・!絶対に行ってはダメだ・・!」


彼女と数年いっしょにいた。そんな長い期間一緒にいて彼女が言い出すのは、俺の記憶の限りでは一度だけ。その一度は俺にとって忘れられない悪夢として今も続いている。


「お前の勘ってやつか。お前の勘は当たるからな。行ったら俺はどうなるんだ?」

「・・・・死ぬ。ナニカに食われて」


絶句した。言葉を紡ごうにも頭の中で解けて口から出ることはなかった。前にこんな話をした時は「お前は心に深い傷を負う」という感じで抽象的なものだったが今回は単純明快、咲耶の勘によると俺は食われて死ぬらしい。一度、咲耶の悪い予感の通りになったという保証付きだ。なら、従って行くのを止めた方が賢明だ。そもそも待機命令が出ているのだから、死ぬと言われている中で命令を違反してまで行動する必要は全くといっていいほどない。


「・・・それでも、俺は行く」


しかし、及び腰の内心とは別に口から出たのは真反対の言葉だった。


「・・・・・」


咲耶が俯いてしまった。心に罪悪感が生まれる。


「ごめんな。大事な時いつもお前は忠告してくれるのに、俺はいつもお前の忠告を聞いて尚その道を進んじまう。馬鹿だと罵られても構わない。仲間が戦ってるのに黙って待ってられないんだよ。子供だろ?」

「わらわの勘は普通のものとは違う。嫌な空想が突然頭をよぎる、未来視のようなものなのじゃ・・・それに外れたこともない。おぬしが異世界に向かえば待っているのは確実な死じゃ」

「それでも、今回だけは譲れない」

「何故そこまで・・・」

「さっきの仲間云々は半分嘘だ。前にも他の人に言ったけどよ。俺の中のもう一人がうるさいんだよ。ってな」

「それはわらわと同じ“勘”か?」

「いや、違うと思う。多分だが記憶喪失前の俺だ」

「どういうことじゃ?お主の中に複数の人格がいるという事か?」

「人格とまでは言わない、言うなれば意志ってところだな」


考えてみればそうおかしいことではないのかもしれない。俺はエピソード記憶喪失なだけで日常生活における記憶は覚えていた。つまり喪失したのはエピソード記憶だけ。前の俺の記憶は無くとも強烈な願いや信念は体が覚えているのかもしれない。確か臓器を移植した人物がその移植された臓器の提供者の記憶を持っていたなんて話もあった気がする。だから、俺の心の中の声は記憶喪失前の俺だとしてもおかしくはない。


「俺はその意志を信じてる。もちろん咲耶。お前もだ。だが、今回に限って言えば俺は心の中の声を優先する」

「っ!」

「信用度の問題じゃない。信用度でいったらお前のほうが信じられる。だが今の現状と2つの予言めいた言葉の内容。2つを踏まえると俺はこの心の意志を優先する。お前の予言?は俺が気をつければいい、だけど俺のこいつは一生後悔するときた。つまりは俺の友人や親しい人に危険が迫っているかも知れないって事だろう。その親しい人の中にはお前も入ってるかもしれない。だから・・・ごめんな」


そう言い残し咲耶の横を通り抜けようとした時、咲耶はギュッと袖を掴んだ。


「まだ何かあるのか?」

「っはぁー。結局こうなるんじゃな・・・」

「だからなんの話だよ」

「いいからこっちを向け!」


咲耶に罪悪感を持っていた俺は為すがまま言われるがまま咲耶の言う事を聞いた。座れと言われれば正座をし、目を瞑れと言われれば目を速攻瞑った。今の俺は正座で目を瞑って咲耶と相対している状態だ。咲耶は何がしたいんだ?


「おい、何する気だよ」

「いいから黙っておらんか!!」


数十秒の静寂。俺がいい加減に声を上げようと思った時だった。


俺の右頬に何か柔らかい感触があった。いくら馬鹿な俺でも何をされたのかくらいは分かる。


「おい、今のって・・・」


目を開けて立ち上がる。目の前の咲耶は後ろを向いている。だが後ろからでも見える。咲耶の耳は真っ赤になっていた。意を決したのか咲耶が振り向く。その顔もやはり赤くなっていた。


「女神の加護じゃ」


とそんな事を話す彼女は俺の顔をまともに見ることも出来ずに下を向いている。


「なるほど。加護ね。して、女神はどこに?」

「ここにいるではないか!!」


少し煽ったらいつもの調子に戻ってきたみたいだ。


「咲耶が女神?ないない」

「なんじゃと!?折角加護を与えてやったというのに!!要らんなら返せ!!」

「そう言うことじゃない。俺は見ず知らずの女神じゃなくて咲耶の加護が欲しい」

「なっ」

「今一度聞くぞ。先ほどのは誰の加護だ?」

「ぅぅ・・・わらわの加護、じゃ」

「ああ、お前の加護のお陰で死ぬ気がしないな。ありがとよ。それじゃ行って来る!」


俺は小走りで走り出した。顔を見られたくなかったから。今の顔を咲耶に見られたら恥ずいからな。後ろの咲耶から「どうか、どうか無事にな!!」と声がかけられる。全くいい友人を持ったものだ。あ、一つ言い忘れてたな。


「続きはまた今度な。女神様」


後ろからひゃあという声が聞こえた気がするが気のせいだろう。それにしてもさっきの咲耶のアレは何だったんだろう。欧米では普通って聞いたことある気がするし帰国子女だったりすんのかな。何はともあれ気を引き締めないとな。これから行くのは戦場。それも俺は食われて死ぬらしいからな。

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