第38話
次元門を通るとそこは戦場だった。そう、紛う事なき戦。攻められている状況から言って防衛戦といったところだろう。それは俺の想像よりも苛烈だった。戦術が無意味だったことを暗に示していた。飛び交う怒号や叫び声。次元門周りの医療班の慌ただしい声。これがスタンピードなのか・・・
次元門を囲む建造物から外に出て様子を窺う。大群は目に見える位置まで侵攻しており、戦闘部隊と交戦中のようだ。部隊の統率が乱れている。おそらくだが思わぬ奇襲を受けたのだろう。だが、流石戦闘部隊、負傷者を出しながらも次々と殲滅していった。俺の出番はなさそうだ。
そう思っていたが状況が変わった。戦闘部隊が苦戦を強いられている。それもそのはずで今まで戦っていたいたのはゴブリンとオークだが今相手しているのはキマイラやリザードマンといった希少種達の大群だ。データも少なく個体の戦闘能力も高い種の出現に、タダでさえ統率の取れていない戦闘部隊はその対処にも追われて優勢だった状況が崩れようとしている。
次々と倒れていく隊員達。動ける者はそいつを次元門の医療班の元へ連れて行く。その間は一部の高い戦力が足止めをする。医療班も迅速な救護のため建造物の外で待機している。医療班も本気なんだ。本気で街を、市民を守っている。今この場で何もしていないのは・・・俺だけだ・・・
逸る気持ちを抑えきれず近くの瓦礫を殴る。くそっ!!まだ待機だってのか?もういいんじゃねーか?しかし命令は待機、戦闘部隊が手に負えないような魔物が出現した場合のみ動ける。つまり今は何もできない・・・
そんな苛立ちを募らせていると後方に見知った顔が目に入る。何故だ・・・。俺は走ってそいつの元へ向かった。
「本田さん・・・」
「涼華。どうしてここに来た?」
「それは・・・ええっと、大鴉様が・・・」
見ているだけの自分に苛立ちを募らせていた俺は、その言葉に感情が爆発してしまった。
「俺は来るなといったはずだ!!!誰かに言われたから来るだと?前から思っていたがお前は自分の意見は無いのか!!!少しは自分の意思で行動しろよ!!!そんなんだから・・・・」
話している途中で気付いた。しまった・・・明らかに言い過ぎた。いくら自分がイライラしてるからってこれじゃ八つ当たりだ。涼華には今朝も酷い事をしてしまったし・・・くそっ俺はどうしてこんなに・・・!
恐る恐る涼華を見ると今の言葉に傷ついた様子はなかった。ただ困ったように笑うだけ。その姿に何故か俺は心を痛めた。「何故かだって?本当は分かってんだろ?」そんな声がきこえてくる。ああ、そうだよ・・・!俺は今の自分に黒宮の爺の姿を重ねて見てしまったんだ。
「・・・・すまない。言い過ぎだな。だがここは戦場、細かくは後でいいな?」
俺の問いに涼華が頷く。
「おい大鴉!!居るんだろ?」
俺の言葉に呼応して涼華の守護霊たる巨躯の黒鳥が姿を現す。
「単刀直入に聞く。何故涼華を異世界に連れてきた?」
大鴉は悠然と空を見あげている。
『理由か・・・ふむ、話すのはこの細事を終えてからだな』
おかしい・・・大鴉は何でずっと上を向いているんだ?以前話した時はこちらを向いていたのに・・・まさか、上に何かいるのか!?俺は急いで大鴉の視線の先を確認する。・・・いないな。何も。取り越し苦労で良かった。用心に越したことは無いからな。特に今日食われる未来にあるらしい俺には。
安心して視線を下ろす。涼華は何をしているのか良く分かっていないようだ。涼華に近づき事情を説明する。
「ほら、大鴉がずっと上を向いてるだろ?魔物か何かいるんじゃないかと思ってな。俺も見てみたんだが。何もみえなかったわ。大鴉の奴、何で空を見てんだろうな?」
「見えているのかも知れませんよ。神は人間とは違う目を持ってますから」
涼華の話に俺は納得した。確かに違う”目“を持っているな。言葉通りの意味だけじゃなく、色々と。それにしても涼華は怒っても傷ついてもいないようだ。精神科医でもない俺の勝手な私見だが。寧ろ少し楽しそう?いや、それはないか。流石に戦場で楽しいは無いよな。待てよ。そもそも今大変な事が起こっているって知らないんじゃないか?俺は来るなとだけ言ったし。
「そういや涼華、今何が起きてるか分かってる?」
「え?えーと、大規模駆除とかですか?妖怪が多いようですし。あっ今、ーつ思いましたが本田さんは戦いに行かなくて良いんですか?破軍も装備している事ですしそのつもりで隠世にいるのかと思ってましたが」
なるほど、全然分かってないな。だからこんなに落ち着いてるのか。これは俺の連絡ミスだな。はしょりすぎた。俺は改めて涼華に説明する。すると涼華は驚愕の表情を浮かべ
「そんな事になっていたんですね・・・すみません。お邪魔でしたよね。私」
そして自分の無自覚の空気の読めなさにショックを受けていた。
「いやそんな事・・・あるな。」
涼華が分かりやすく落ち込む。
「でもそれは俺も一緒だよ。はっきり言って舐めてた。そんな態度でこっちに来たら現場は地獄絵図。闘う事も出来ない俺はそのへんをぶらついてたんだ。そしたらお前の姿が見えてな。悪い。八つ当たりだった」
「いいんです。言われたことを破ったのは私ですから。それより・・」
「うん?どうした?」
「大鴉様が見当たりませんね」
「そうだな。少し離れたか。元の位置に戻ろう」
少し歩きながら話をしていたら少々遠くへ来てしまった。遠くと言っても戦場の声や音は聞こえる程度だ。部外者の涼華と戦闘許可の下りていない役立たずの俺が近くにいても邪魔になると思い少し離れたのだが・・・
その時は突然やってきた。二人で歩いていた,周りには誰もいない。そんな状況で涼華がこんな事を口にした。
「何か聞こえませんか?」
耳を澄ますが何も聞こえない。モスキート音的なやつか?それとも耳鳴りか?
「何も聞こえないぞ。どんな音なんだ?」
「キィィィィンって感じです。空から聞こえます。退魔武装の一種とかですかね」
退魔士の武装にそんな異音を出すものはない。何か引っかかる。話を整理しよう。涼華曰く、頭上から謎の音、他に・・・。そうだ。大鴉が空を見上げていた。涼華は神は人間とは違う目を持っているといった。これを総合すると・・・
一瞬の出来事だった。天空が砕け“ソレ”は降臨した。蛇のような長い胴体、色は白く僅かに発光していて神々しさすら覚える。目は赤く、顔の周りには白い体毛が生えている。そして特徴的なのが金色の角が生えている事と空を飛んでいる事だ。そう、つまり、”ソレ“とは・・・
「白龍か!!!くそっ!!!涼華!!逃げるぞ!!」
「え、あ、ああ・・・・」
白龍は俺たちを見下ろし品定めするかのように、二人を見比べて、動けない涼華の方へと狙いを定め白龍は口を開けて急降下した。速い!!これは、間に合わない・・・!
「涼華ァ!!!!」
俺は辛うじて涼華を突き飛ばした。そう、涼華の兄、侑祐のように。
「えっ・・・・」
突き飛ばされた涼華の顔が困惑に染まる。涼華は突き飛ばしたという事は彼女がいた位置に今、俺がいるという事。その後の結果は分かりきっている。それが俺が見た最後の光景だった。
意識が、俺自身が呑み込まれていく中、一つ、声が聞こえた。
「――――――――ぃさま!!!!!」
誰の声だ?分からない。消えゆく意識の中、彼女の言葉を思い出していた。
「おぬしはナニカに食われて、死ぬ」
ああ、咲耶・・・お前の言う通りだったぜ・・・
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