第39話
「うっ・・・」
何がどうなってる?俺は確か・・・・そうだ。俺は白龍に食われたはず・・・。でもこうして意識があるって事は生きてるのか?どこなんだここは?
目に映るのはどこまでも続く黒。床も天井も壁も見えない。暗い、という訳では無さそうだ。何故なら暗ければ視え辛いはずの自分の体が明るい時のようにはっきりと視えているからだ。ここを表すとしたら“無”または“闇”とでも言うべきか。
「ぐっがああ・・・!」
自分の体を見て思い出したかのように体中が痛む。特に激しく痛むのは右腕だ。いや、違う。冷静になれ。俺に右腕はない。痛むのは右の肩先、見れば分かる、装備していた破軍が無理に外れたんだ。俺はあの時、咄嗟に右腕で涼華を突き飛ばした。そしてそのまま食われた。そこからの記憶はあやふやだが確か白龍は俺を食らう時、丸呑みではなく一度噛み付いてから呑み込んだと記憶している。つまり幸か不幸か「破軍」の方の腕を噛みちぎられたってわけだ。戦闘用の腕甲型退魔武装。そんなものが簡単に取れるようになっているわけがない。肩先からはその衝撃によって裂かれ血が溢れている。
「ちっ」
服を千切ったりして圧迫して流血を止めようと考えたが、俺が今、着ている服はどれも戦闘用の頑丈なものだ。破けるわけもなかった。ならどうするか。俺はスーツの内ポケットから札を一枚取り出す。治癒系の退魔符だ。不得意分野だがやるしかない。・・・と、思っていたのだが
「何!?」
突然使おうとした退魔符が消滅した。内ポケットに入っていた他の符も確認してみるがどれも消滅していった。
「何なんだよ・・・これ・・・」
これじゃ失血死を待つだけだぞ!?駄目だ。落ち着け。戦場で焦りは禁物って金言があるだろ。心の中で自分を揺さぶり、思わぬ事態に絶望しかけたがすんでのところで持ち直した。
「っとと」
一瞬フラッときてバランスを崩した。失血しすぎて貧血の症状が出てるのか?一応服の上から手で思い切り圧迫している。そんなに早くは貧血にはならないはずだろう。だとしたら何だ?俺は胡座をかいてどっかりと座り込む。少し考えてみるか。
先ずここはどこだ?うーん?・・・多分だが白龍に腹ん中だ。死後の世界って線もあるか。けど取り敢えずは龍の腹で話を進めて行こう。死後の世界なら脱出とか無理だしな。っていうかしなくていいか。
次、何故退魔符が消えたか?もしかしたら龍の腹ん中っていうのが肝なるかもしれない。俺は目を瞑り龍について何かヒントがあるかもしれないと記憶の引き出しを開けていく。
・・・・駄目だ!何も出てこない。別の線から考えてみよう。白龍、奴は涼華を狙っていた。偶々とか近かったとかの可能性もあるが一旦置いておいて、理由があったとして考えてみよう。俺と涼華の違い・・・男、女、退魔士、陰陽師、成人、未成年、後は・・・顔の美醜、右腕の有無、うーん、あんましっくりこねぇな・・・
「にしても、腹ん中がこんなのになってるなんてどういう生物だよ・・・何食って生きてんだ?・・・・ん?」
光明が見えた気がする。やっぱり大事なのはこいつの腹ん中ってことだったんだ。腹、つまるところ胃で行われる体の仕組みと言えば消化だ。俺の知ってる生物ともこれまで捕まえて解剖されてきた魔物とも似ても似つかない奴だが、消化というプロセスを踏んでるとすればだいぶ絞れるぞ。
十中八九合ってると思うがこいつの餌は霊力だ。こいつは食った生物、物質の霊力を体の中で消化して空腹を満たし行動に必要なエネルギーを確保する。そんな生物なんだ。
それを踏まえると涼華を狙った訳が理解できる。俺と涼華、より霊力の高い方を狙っていたんだ。そして消滅した退魔符の件もこれで説明できる。退魔符は消滅したんじゃなく白龍に消化されたんだ。そして、俺もだ。俺が今、調子が悪いのは失血のせいもあるがそれだけじゃなかった。体から霊力を吸い取られていたんだ。気づかぬうちに。
「だとしたら早くこっから出ないと俺も退魔符のように消えちまうな・・・久し振りにアレやるしかねぇか」
俺は胡座を組んでいた足を崩して座禅の体勢を取る。そのまま目を瞑り、自身の霊力の流れを把握、そして意のままに掌握する。体から出ていこうとする霊力の流れを曲げて再び自分に還元する。その繰り返し。こうする事で吸い取られる事を防ぐ。完璧ではないが、これで少しは持つだろう。
一連の流れを終えた俺は立ち上がった。足元がおぼつかないなんてこともなく立っていても不調は感じない。
今のは霊力コントロール。俺が行った初めての訓練だ。教官曰く「自分の霊力すらまともに扱えん奴があんな兵器を使えると思うな!!」だそうだ。後「今のお前さんが使ったら子供に大口径の銃を撃たせたみたいになる」とも言っていた。ちなみに座禅はルーティンに入ってたからやっただけで特段必須な訳では無い。
「さて、出る方法を探すとするか」
その後、なんの手掛かりもないまま10分が過ぎた。
「く、そ・・・・霊力の、低さを、忘れてた・・・」
今俺はうつ伏せに倒れている。元から少ない霊力を使いすぎたせいで全身の力が抜けて
前のめりに倒れたんだ。今は霊力コントロールもままならない状況。どんどん霊力は吸われていく。だが、脱出の手だてもない。
俺はこんなところで死ぬのか・・・誰にも看取ってもらえず孤独に。
まあ・・・・・・・・・・
それもいいか・・・・・・涼華、咲耶、白銀・・・
「はっ!?」
思考がゆっくり停止していくような感覚だった。戻ってこれたのは奇跡に近い偶然。だが、今はその偶然に感謝だ。心残りがあるからな。
俺は再びゆっくりと起き上がる。そして無心で壁のような龍の体内の一角に向かって歩きだす。そう、無心だ。今の俺は魂が抜けたように虚ろな目をしていることだろう。思考も定まらない。しかし、何故か強烈に思う、あの場へ向かわなくては、その一心だけは心の奥に留まっている。ゆっくりとした足振、しかし確実に一歩一歩前に進む。
短いが長い道のりだった。とうとう俺の手が壁に触れた。ここがどうしたと言うんだ。ただの壁じゃないか。俺は一体何をしているのか。
その時だった。
「ひか、り・・・?」
明かりも何も無かったこの場所に一点の光が差した。そこは丁度俺がいる場所の壁だった。10センチ程度の縦の穴が空いていた。いや、これは穴というより・・・
そして、その穴が切り開かれていった。
「兄様!!私の手を!!!」
一体誰なんだ・・・逆光と影でよく見えない。だけど、懐かしい声だ。
俺は差しのべられた手をしっかりと握った。
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