第39.5話
時は少し遡る。スタンピードの日の午前中、本田さんの家を後に家に戻った後の話。
「はぁ」
私は自分の部屋で自らの行動を反省していた。突如涙が出てきてしまい本田さんに迷惑をかけたと思い落ち込んでいるのですが、向こうも何かしてしまったのではないかと思ってるんじゃないかと思っている可能性も高いと。何故なら彼にとって私は過保護に扱っている弟子ですからね。一つの迷惑でも会い辛くなるのに2つも迷惑をかけたとなるとどういう顔をして会えばいいかわからないです。
「はあ・・・・」
もう一度深いため息をついて机に突っ伏す。今日の私、物凄く空回りでした・・・それはいきなり長い過去なんて話されても困りますよね?失敗した・・・
「大鴉様、いらっしゃいますか」
何も無い所に話しかけてるわけじゃない。私は体にカラスの神様を宿している。宿していると言っても霊体だから物理的なものじゃなくて、私の心にもう一人誰かがいるみたいな感じ。
『何か用か』
私の体から現れたのは小さな大鴉様。手に乗るぐらい小さい。スズメぐらい?もっと小さい?スズメを間近で見たことないからわかりませんね。でもそのくらいの大きさです。これは大鴉様には言えないけどこの状態の大鴉様はかわいい。小鳥のペットを飼ってるみたいな感覚になる。ペットなんて飼った事ないからどんな風なのか全然分からないですが。
「あの話、本当なんですよね・・・?」
『我が虚言を吐いていると言ってるのか?』
「いえ!滅相もないです!・・・ないですけど未だに信じられなくて・・・本田さんが私の兄様なんて・・・」
この事を知ったのはつい先日の話だ。私が冗談交じりに言った「もし本田さんが兄だったら良かったのですが」というセリフに大鴉様が事も無げに放った「もしも何も彼奴はお前の兄だぞ」。私は椅子からひっくり返るほど驚いた。大鴉様は最初から知っていたようだ。何故言わなかったのかを聞けば「時が来たら話そうとしていた」と返ってきた。大鴉様はどこから仕入れた情報なのか色々な事を知っており、私に時系列順に並べて話してくれました。
それから何度か本田さんに合ってるけど、すごい緊張というかなんか変な感じがして上手く喋れなかったし空回りばかり。今日のもそうだ。記憶を失っちゃってるのを知ってるから昔の事を話して思い出す切っ掛けになればいいなと思ったけど効果なし。それで私の方が泣いちゃうんだもんなー。麻紗美さんが気を利かせてくれたけど、あの言い方だと本田さんが困っちゃうよね。
あーあ、克服できてたと思ったんだけどなあ。兄がいた昔の事を思い出して、それと目の前の男の人が兄でその記憶も忘れてるって思ったら涙が出てきちゃった。
結局、全部私が悪いよね。今度会ったら謝らないと。
『物思いにふけっている所悪いがもう帰って良いのか』
「あっはい。ありがとうございました!」
『全く、初対面の時の態度はどこへやら、血は争えんな』
そうぶつぶつ言いながら大鴉様は私の中に帰っていった。私そんな考え事してたかな?時計を見る。午後2時過ぎ。あっ予習の続きをしなきゃ・・・
それから6時間後、午後8時過ぎ、突如携帯が鳴った。最近メールのやり方を覚えた私は、たどたどしい操作でメールを開く。わっ本田さんからだ。えーとなになに・・・
「隠世には近づくな?どういう意味だろう?」
『そういう事か』
「大鴉様!?」
私が未熟だからなのか分からないけれど、大鴉様は自分の意志で自由に出てくる。その度驚いて心臓に悪い。この前もお祖父様とお祖母様の前で急に出てきた時は大変な事になった。
「そういう事ってどういう意味ですか?」
大鴉様はいつも含みを持たせた言い方や意味深な発言をする。わざとそういう言い方をしてると思うのですが何か理由でもあるのでしょうか。それとも他の守護霊たる神獣様方はもっと普通に話すのでしょうか。他の契約者に会う機会があるなら聞いてみたいです。
『此方の事だ。気にするな。それより彼奴から来た文だが恐らく百鬼夜行の前触れだな』
「百鬼夜行の前触れ?」
百鬼夜行は私でも知っている。妖怪の群れが列をなして行進する事だ。でもその前触れって?前触れの状態でもう隠世に来るなってほど危険なのでしょうか?
『通常百鬼夜行は霊格の高い妖怪のみで行うものだ。その前触れとは、霊格の低い妖怪共による真似事だ』
「真似事?つまり霊格の低い妖怪達が行進してるって事ですか。という事は今の文章は付け足せば妖怪が溢れていて危険だから来るなって意味になりますね」
本田さんは心配して警告してくれたという訳ですね。しかし当の本田さんは戦闘に出向くのでしょうね。彼のことだから心配はそんなにしていませんが。
「市民の皆さんへの対応はどうなるのでしょうか」
『どうやらその心配はなさそうだ。奴等め、今回は特別らしいな』
「?・・・まあ、市民に危害が無いのであれば私達黒宮は静観ですかね。お祖父様もこちらの世界での戦闘にご執心のようですし」
お祖父様は本田さんを痛めつけた日から分家の皆さんに対する期待と信頼がふくれあがっている。まあ、そのおかげで私に対する期待は薄れて扱いがもっと雑になりましたけど。でも勝手に期待を持って勝手に失望して私に強くあたることが少なくなるなら期待されてないのもいいかも。・・・なんて事を思えるようになったのもここ最近、本田さんに会ってから。彼に会えたから今私は心に余裕を持てるし誰に何を言われてもあんまり動じなくなったと思う。こう考えると私って本田さんに助けられてばかりだなぁ・・・
『ふむ、それでいいならいいが』
「何か気になるひとことですね」
『そうだな・・・もし、隠世でお前の兄が危機的状況に陥ると言ったらどうする?』
「え?」
大鴉様はいつも含みを持たせた言い方や意味深な発言をする。でも今の発言はやけに具体性がある発言だった。これは、多分ホント。私を、いや私達を試してるのかも。私は急いで戦闘服に着替えて薙刀を持ち部屋から異世界へと向かった。
「静かですね」
慌てて入った隠世はいつも通りの顔を見せていた。戦闘音や人の声は聞こえない。本田さんが出るという事はあの退魔士の施設の近くなのでしょうか?取り敢えずその近くまで言ってみることにしましょう。
『我の話を信じたのか』
隣で大きくなってしまった大鴉様が私に問う。
「信じます。私は大鴉様を信じていますから。だって大鴉様は優しい神様ですから」
『そうか』
会話はそこで途切れてしまった。大鴉様は「少し周りを見てくる」と飛び立ってしまった。それでも私を気にかけてくれているようで私から見える位置にいるし向こうも私がずっと視界に入る位置をキープしている。何だかんだいって大鴉様は私には優しい。他の人には普通。本田さんにだけ厳しい。何ででしょう?
しばらく歩くと戦闘音と妖怪や鬼、それに対抗する退魔士達の声が耳に入ってきた。ここは退魔士の施設の近く、その施設が狙われているのでしょうか?しかし・・・音を聞いているだけでも相当激しい戦いが繰り広げられているということが分かる。百鬼夜行の前触れじゃなかったの?
そんな心境の中本田さんを見つけた。どうやら向こうも私を見つけたようで走ってこちらに向かってきた。
「本田さん・・・」
本田さんはなにかイライラしているように見える。普段怒っているところを見たことない本田さんがなにかに怒っているというのも驚いたけど戦闘に参加していなかった事にも驚いた。怒っている理由は何となしに分かる。多分メールを無視した件だ。
「涼華。どうしてここに来た?」
「それは・・・ええっと、大鴉様が・・・」
私がいつもと違う怖い雰囲気の本田さんにビクビクしながら話そうとすると
「俺は来るなといったはずだ!!!誰かに言われたから来るだと?前から思っていたがお前は自分の意見は無いのか!!!少しは自分の意思で行動しろよ!!!そんなんだから・・・・」
本田さんは強い口調で私に当たる。私は次の言葉を紡ぐことは出来ず、全くその通りですと困り笑いをするしか無かった。するとそれをどう解釈したのか本田さんは苦虫を噛みつぶしたような顔をした。きっと自分を責めているのでしょう。貴方は何も悪くないのに。
「・・・・すまない。言い過ぎだな。だがここは戦場、細かくは後でいいな?」
ここは戦場の近く、彼もそれを思い出したようで直ぐ様冷静なモードに切り替わる。彼は真面目なモードと普段のモードを使い分けているけれど、真面目モードの彼は少し冷たい言い方をする。そのほうがっぽいから?
「おい大鴉!!居るんだろ?」
彼の言葉に呼応して大鴉様が目の前に現れる。一体どこに行ってたのだろう?気づいたら私の中に戻っていた。
「単刀直入に聞く。何故涼華を異世界に連れてきた?」
大鴉様は悠然と空を見上げている。大鴉のあの感じは話す気が無い時のやつだ。私が話そうとするのを大鴉様が制止する。
『理由か・・・ふむ、話すのはこの細事を終えてからだな』
さいじ?祭事?祭り事じゃないはず。上を見ていますが何かあるのでしょうか?おや、本田さんまで上を見上げて必死に何かを探していますね。本当に何かあるのでしょうか?それこそ私達人間にも見える何かが。
私が反応に困っていると本田さんが教えてくれた。
「ほら、大鴉がずっと上を向いてるだろ?魔物か何かいるんじゃないかと思ってな。俺も見てみたんだが。何もみえなかったわ。大鴉の奴、何で空を見てんだろうな?」
やはり警戒という理由でしたか。しかし何も見えなかった様子。まあ、それもそうでしょう。
「見えているのかも知れませんよ。神は人間とは違う目を持ってますから」
私の言葉に「なるほどな」と1人納得する本田さん。何かを考えた後唐突に私に問いを投げかけた。
「そういや涼華、今何が起きてるか分かってる?」
今、隠世で起きていること・・・百鬼夜行の前兆。つまりは低級妖怪の大量発生だから・・・
「え?えーと、大規模駆除とかですか?妖怪が多いようですし。あっ今、ーつ思いましたが本田さんは戦いに行かなくて良いんですか?破軍も装備している事ですしそのつもりで隠世にいるのかと思ってましたが」
本田さんは今の退魔士達の状況を説明してくれた。そんな一大事になっていたなんて・・・
退魔士達が苦戦している百鬼夜行の前兆。もしこれが本番だったらと思うとゾッとする。しかも前兆という事は今からどれぐらい先かわからないけれどこんな偽物じゃなくて本当の百鬼夜行が始まるという。この件が終わったら本田さんに話さねばいけませんね。
「そんな事になっていたんですね・・・すみません。お邪魔でしたよね。私」
はたから見たら私邪魔しに来たようにしか見えませんよね・・・
「いやそんな事・・・あるな。」
否定してくれると思ってた。でもそれは甘えなのも知っている。
「でもそれは俺も一緒だよ。はっきり言って舐めてた。そんな態度でこっちに来たら現場は地獄絵図。闘う事も出来ない俺はそのへんをぶらついてたんだ。そしたらお前の姿が見えてな。悪い。八つ当たりだった」
彼の言っている内容の真否は彼の表情が雄弁に物語っていた。彼は戦えないと言った。戦う力を持っている彼が戦っていないのだとしたらそれは彼の意思ではない。
何故なら、彼がこの状況で動かない訳がないから。私は彼にそういう部分があることを知っています。だから今の彼は戦闘を禁じられていると、そう考えます。どうして今まで気づかなかったのでしょう。彼もまた人間。怒ることもあれば自分は戦う力を持っているのにそれをふるえない。そんなある種の無力感に苛まれることだってある事を。
「いいんです。言われたことを破ったのは私ですから。それより・・」
だから私は彼の謝罪を軽く流した。謝罪するのは彼ではないし、他に気になる事が有ったから。
「うん?どうした?」
「大鴉様が見当たりませんね」
「そうだな。少し離れたか。元の位置に戻ろう」
久し振りの二人きりの会話、浮かれることはなかったけど気づけば遠くへ来てしまったみたいです。今は戦えなくても彼は退魔士にとって切り札、戻ったほうがいいと思い彼の話を承諾した。
そこからは何が起こったのか。私は理解を拒んだのかもしれない。二人で歩いていた,周りには誰もいない。そんな状況で私はさっきから聞こえる異音について尋ねた。
「何か聞こえませんか?」
「何も聞こえないぞ。どんな音なんだ?」
「キィィィィンって感じです。空から聞こえます。退魔武装の一種とかですかね」
退魔士は色々な武器を使うと教えてもらった。それは個人の能力や才能等によると。音を武器とする退魔士がいてもおかしくはない。そう思っていた。しかしその音は天災を告げる凶音だった。
一瞬の出来事だった。天空が砕け“ソレ”は降臨した。
嘘・・・あれは龍・・・?しかも霊格の高い白龍なんて・・・一体どうすれば・・・
「白龍か!!!くそっ!!!涼華!!逃げるぞ!!」
「え、あ、ああ・・・・」
白龍は私達を見ている。怖い。怖い。怖い。逃げなきゃ。でも足が動かない。私の足は鎖で繋がれたみたいにその場に固定されていた。そして白龍は私を見ていた。
「涼華ァ!!!!」
突如体が横に突き飛ばされる。それに今の声・・・
「えっ・・・・」
脳裏にフラッシュバックするあの時の映像。そうだったんですね・・・
「―――――――兄様!!!!!」
ガキィン
そんな音が二三度聞こえて来る。白龍が何かを吐き出した。あれは・・・「破軍」だ・・・つまり、本田さんは丸呑みされたって事?まだ助かるかも、そんな希望も白龍が飛んでしまった事により打ち砕かれた。私は突き飛ばされた体勢から動けずにいた。
そんな・・・本田さん、ううん違う。兄様が白龍に・・・・
大鴉様に彼が死んだと思っていた兄だと言われた時は耳を疑いました。大鴉様にはバレバレだったと思いますが、私は信じると言いつつも半信半疑でした。それでそれを自分でもそうだ!と確信出来るように少し態度を変えてみたり顔をじっくり見たり過去を話してみたり、遠回しだけど色々試してみました。直接言うのが怖かった私の精一杯の努力。でもそれは今にして思えば臆病なだけだった。そんな風に思っています。彼が記憶喪失、それがどうした。と言えるぐらいの強引さと積極性を持っていたなら・・・
「うぅ・・・」
目に涙が溜まりこぼれ落ちてゆく。その涙の理由はようやく再開した兄を失ったからなのか、2度も兄に命懸けで庇われた自分の無能感なのか。答えは私自身しか知らず、その答えは両方だ。
「兄様・・・」
涙は止めどなく溢れてくる。目の前で自分を庇い死んでいく兄を2度も目撃した私の心はこんな状況にも関わらず兄を失ったショックを無限に反芻している。
『涼華。大丈夫か』
どこに行っていたのか大鴉様が戻ってきた。いつも通りの心のこもってない言い方。どうせこの事も知っていたのでしょう。あの時と同じような状況を作り私のトラウマを刺激してあの人が兄だと確信させる。なんてひどいやり方。これが神と人間の感覚の違いなのでしょう。
『涼華。上を向け』
大鴉様に命令されたのは初めてだった。いつも意味深な事を話すばかりだったのに。何時もなら「また私にわからないこと言ってる」と取り合わないこともあったが、あまりの珍しさに驚き立ち上がり空を眺めた。そこには予想通り白龍がいた。おや?でもなにか様子が・・
「動きがゆっくり・・・というより静止している?」
一体どういう事と大鴉様の方を向くと彼にしては珍しく分かるように懇切丁寧に説明してくれた。
『あれは消化中だな』
「消化中?」
そんなまるで私たちの世界の生物みたいな・・・
『龍の体内はほぼ別空間と言って差し支えない領域がある。龍に食われた者はそこに行くことになる。とはいっても普通は咀嚼された段階でミンチになるから関係ないがな。・・・しかしあの男は下手に咀嚼されず丸呑みにされた』
「それってつまり・・・」
もしかしたら生きてるかもしれない?そんな楽観的な考えは直ぐに潰されることとなった。
『だが生きてる可能性は限りなく零に近い。何故だかわかるか?』
その問いを頭の中で読み解こうとするがすぐさま答えは出ない。
『先程も言ったが消化が行われているからだ。白龍が動きを停止させたのも彼奴が消化に中で抗っているからだろう』
「龍の消化とは一体何なんですか?」
『龍は体内に別次元とも呼べる空間を持っている。龍に食われた物はそこに行く。ここまでは話したな』
無言で頷く。
『奴の生が絶望的なのはその空間で行われている消化が原因だ。吸収と言い換えてもいいだろうそれは竜の特性だ。体内の空間内の人も物も全て自身の霊力に変えてしまうというな』
恐ろしい。単純にそう思った。そしてもう一つ、じゃあ今兄様はどうなってるのってこと。大鴉様は私の心のうちを見透かし話を続けた。
「それを持って体内に入っていればどうにかなったかもしれないが」
大鴉様は私の近くに無造作に転がっている「破軍」を一瞥しそう言う。
『便宜上消化という言葉を使っているが実態は少し異なる。龍共は自身の霊力で自身の空間内の物質を圧殺し自分の霊力とする。先程も言ったが吸収に近いものだ。通常霊力を持った物質、陰陽師や退魔士が使用する符等はすぐに圧殺されるが、一部の霊力を繊細にコントロール出来る人間がいるとすれば精々5分程度だが延命は出来るだろうな。奴の力量を考慮すれば生存の可能性は極めて低い。既に白龍の霊力のー部になっていると我は考えているが』
「生存の可能性は極めて低い・・・」
大鴉様の言葉が私に兄の生存が絶望的だと事実を突きつける。・・・でも大鴉様の言葉の中に一つ気になるところがあった。
「・・・・それで行くと、兄が霊力コントロールに優れていたなら、まだ体の中で耐えているって事になりますよね・・・!」
『・・・ほう』
大鴉様が初めて感情を見せた。私は知っている。彼は私との修行の際二人の霊力を合わせるという高等な霊力操作をしていたことを。私は知っている。彼は日常生活で使っている義手を僅かな霊力で普通の腕や指と比べても遜色ないレベルで動かしてることを。そして・・・彼が絶対に諦めない人だって事を。私は知っている。10年も前から・・・・!
「私は・・・兄様がまだ生きている。そう思っています・・・!だから・・・」
『・・・・』
大鴉様は黙ったまま。私の次の言葉を待っているのでしょう。
「だから!私は兄様を助けたい!!これは誰かに言われたからじゃない。私自身で考えて考えて思い至った私の答えです!」
私は大鴉様に私の思いをぶつけた。大鴉様は私の言葉を静かに聞いた後、今まで見せたことのない位高らかに笑い、
『そうか。我が契約者よ。して、どうするつもりだ?彼奴は遥か上にいるが』
大鴉様、そうやって笑うこともできるんですね。私はそんな事を思いながら既に建ててい算段を大鴉様に話す。大鴉様は怒るかもしれないけどこれしかないんですから。
「大鴉様、お願いがあります」
『ことわ・・・』
大鴉様が言葉を止めたのは私が地面に膝をついているのを見てしまったから。大鴉様は私が何をしようとしているか、何を頼もうとしてるのかが分かっているはず。だから私は誠心誠意お願いするしかない。私がその動作の続きをしようとすると
『・・・好きにしろ』
と言って折れてくれた。やっぱり何だかんだいって優しい神様です。大鴉様は背を向け体勢を低くした。
「失礼します」
《私はその体の上に立った。私のお願いは大鴉様に乗せて飛んでもらう事だ。》そうすれば上空の白龍のところまで届く。これが私が思いついた算段。
『遥香でもここまではしなかったぞ。まったく。不敬も良いところだ。今回の契約者、お前の子は破天荒だな。遥香よ』
大鴉様の前の契約者はお母さんですから当然お母さんとの記憶もある。話を聞く限り母も
仲が良かったようですね。不敬は全くその通りです。返す言葉もありません。終わったら死ぬほど謝りましょう。でも今は
「大鴉様!!お願いします!!」
『喋るな。舌を噛むぞ』
ぐん、と体が後ろに引っ張られるような感覚。私を乗せた大鴉様はとにかく速かった。不思議なものでとんでもない速さなのに上の私は安定していて落ちそうになることもない。私は立ち上がり薙刀を構えた。既に白龍の眼の前まで来ていたから。白龍はその場を微動だにしない。その理由はきっと、兄が体内で抵抗しているからだ。
「ここまで来たはいいですが、これからどうすれば・・・」
『近づいた後も考慮せずに我に乗ったのか。・・・彼奴がいるであろう別空間だが、別空間と言っても龍の体内である事に変わりはない。腹を割けば助ける事も可能だろうが・・・』
「分かりました!!近づいてください!」
微動だにしないのをいいことに腹側へ周り霊力を込めた薙刀で腹を切りつける。
硬い。ガキンと金属音の様な音と共に弾かれた。
「くっ、これでは・・・」
白龍の龍鱗の想定外の硬さ。まさかこんなに硬いなんて、それでも・・・!
「はぁ!!」
私は何度も切りつけたり突き刺しそうとしたが白龍は無傷だった。それどころかこちらを意に介せず食事中のご様子。
「まずい・・・もう時間が・・・!」
大鴉様の言っていた5分はもう過ぎてしまった。急がないと・・・急がないと!
『落ち着け。集中力が乱れれば霊力は十全に扱えん』
下の大鴉様がアドバイスをくれるが
「大鴉様!そうはいってももう5分以上経っているんですよ!?」
焦っている私はそんな事を聞いてる場合じゃなかった。すると
『――――――――――――!!!!』
大鴉様が突如咆哮をあげた。耳をつんざくような轟音。その声はカラスというより・・・・ダメ、近い例えが思いつかない。ただ分かるのは余りの咆哮に戦線の全員が反応したってこと。全員、つまり白龍までも。
『―――――――――!!!!』
白龍もまた声にならない咆哮をあげてこちらへ向かってきた。
「大鴉様!!」
『分かっている』
白龍の爪や噛みつき、体当たりを大鴉様は事も無げに躱す。私を振り落とすでも無く華麗に避け続けていた。すると白龍の荒れ狂う動きが収まった。
「今度はなに・・・?」
『来たぞ、ここが狙い目だ』
「え?え?何が来るんですか!?」
『ブレスだ』
大鴉様がそう言い終わる前だったか後だったか、白龍のブレスは放たれた。龍と言えば火の息とかを想像するけどそんな生易しいものじゃなかった。それは言うなればレーザー、又はビームと言っていいもの。多分炎の息と原理は似てて広範囲を焼き尽くす炎の息に対してブレスはそのエネルギーを圧縮して30センチ位の玉状にしてそれを指定方向に暴発させる。みたいな感じ。
って私が解説できるのも大鴉様がブレスを回避してくれたおかげ。というか大鴉様自身で戦ったら普通に勝てるのでは・・・?いや、神は気まぐれって言うし特に大鴉様はそんな感じがする。誰かに頼ろうなんて考えはダメ。ここは私がやらないと・・・!
「もう一度お腹に回れますか!?!」
『可能だ』
白龍の攻撃を掻い潜り再び腹部へ。兄は大体この辺りにいると勘が告げている。普段なら当てにしないけど今はその勘にも縋るしかない。だからまずはここを狙う。でも普段の方法はダメ。龍鱗が硬すぎて刃が通らない。ならもっと威力をあげないと・・・
そうだ。彼との会話でこんな話があった。退魔士の中でも霊力の低い彼は退魔武装を使用する際、攻撃の瞬間だけその部位にのみ霊力を集めていると。そうすれば霊力の節約にもなると。私は聞いた。霊力が高い人間にはこの話は無関係なのではと。その時、彼はこう言った。これは霊力が乏しい者のテクニックだがより効果が見込めるのは霊力が高い者の方だと。理屈は単純で霊力を一点集中させる際により多くの霊力を集めた方が威力は高くなるってだけの単純な話。しかし集める霊力の量によって制御の難度は違うという話でもある。
つまりは
「私の霊力を薙刀に・・・ううん、薙刀の剣先に集中させる!」
神経を研ぎすまし薙刀の切っ先に霊力を集める。
「くっ・・うう・・」
一点に集中し圧縮された霊力は今にも放たれまいと暴れている。私はそれを押さえつけるのに精一杯。重すぎる。重いという表現があってるのか疑問だけど、そう表現するしかない。それでも無理矢理に攻撃姿勢へ移行する。それは普段の体勢とは異なる体勢だった。
薙刀を片手で持ちできる限り後ろへ。そして
「私の兄を返してください!!!」
薙刀を槍のように思い切り投げた。
「お願い・・・届いて・・・!」
薙刀は物凄い勢い、ではなく普段投げるよりも遅い速度で飛んでいる。刃先にのみ霊力を集中させているから当然だ。そしてそれは望み通り白龍の腹部を貫いた。
「やった!」
『今だ。もう一度薙刀を掴みそのまま白龍の腹をかっ切れ』
私は言われた通り刺さっている薙刀を掴み霊力を込めて切り下ろした。白龍の腹部に深い切り傷が付き、白龍はけたたましい声を轟かせながら地面へ落下していった。
その後を追って地面に着陸し白龍に近づく。私が倒したの?こんな龍を?・・・そんな事を考えてる場合じゃない。兄様を探さないと・・・
倒れている白龍の腹部に回る。切られた事により白龍の体内が露わになっている。そこはどう表現していいのか分からない空間だった。何もない真っ黒な空間。兄様は一体何処に・・・!空間内を見回すまでもなく私が開けた穴の近くに兄様はいた。食べられてから10分くらい経過しているからか、兄様は意識が朦朧としており危険な状態だった。まずは体内から出さないと。
「兄様!!私の手を!!!」
体内にいる兄に手を差し伸べる。兄は立つのも困難な様子だった。それでも兄は体を引きずりながらも私の手を掴んだ。私はそのまま体を引き上げる。
「兄様!!!ダメ・・・意識が・・・大鴉様!!」
兄の今の状態が私にはわからない。大鴉様に聞いてみることにした。
『まさか本当に生きているとはな』
「それより!今兄様はどういう状態なんですか!?」
『よく視ろ。霊力が著しく減っている』
「霊力が足りないんですね!?」
横たわる兄の横に座り兄の手を掴み霊力を分けようとする。しかし、上手くいかない。どうして!私の霊力操作が下手だから!?このままじゃ兄様が・・・
「兄様・・・絶対に助けますから・・・!」
私は横になっている兄を起こさずそのまま抱きついた。人間の霊力は人間の中心線、心臓の少し下の位置にある。なら抱き合って体をくっつければ手足を介さず直接霊力を送れるはず・・・
「うっ」
やった!兄様が意識を取り戻した!やっぱこの方法で合ってたようだ。兄の生存を確認し抱きしめるのにも力が入ってしまう。
「ここ、・・・・は?」
兄が上半身だけゆっくりと起き上がる。私は抱きしめたまま。今は、この瞬間だけは離れたくない。死んだと思ってた兄様が生きていたんです。神様もそれくらい許してくれるでしょう?
「お、い。涼華。助けてくれたのは、ありがたい、が、いつまでも、この格好だと、動き、辛い」
「・・・・」
今だけは想いを爆発させてもいいよね?
「兄様・・・侑祐兄様!!!」
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