第32話
「はっ!?」
気がつくと機関の施設のベッドに横たわっていた。あれだけ感じていた痛みも今は殆ど感じない。何でこんな所で目が覚めたんだ?確か、黒宮家に行ってボコされて歩いて帰ろうとして・・・ダメだ。その後が思い出せない。
「あら、本田君、目が覚めたのね」
部屋にいた医療班の花岡さんが目覚めた俺を見て話しかけてくる。花岡さんは組織には所属しているが、元々は普通の看護師だったらしい。ある日現実世界で魔物に襲われて、そこを機関の隊員が救助した。そこからは白銀の時と似たような感じだ。その後、彼女は直ぐに病院を辞めて機関の救護班に入ったそうだ。まあ、何とも、行動力があるというか決断が早いというか。ちなみに彼女を助けた隊員とは現在お付き合いをしているそうだ。
「はい、俺の個人的な怪我まで治療して貰って、ありがとうございます」
「貴方達の怪我を治すのが私達医療班よ。気にしないで。そ、れ、よ、り~、」
花岡さんがこちらを見てニヤニヤしている。この人のこういう笑いは基本的に恋愛とかそっち系なんだよなぁ。
「貴方に会いたいって女の子が来てるわよ。早く行ってあげた方がいいんじゃなーい?」
誰かは予想がつく。そもそも女の子の知り合い何て一人しかいないからな。ポケットに入れていたスマホを手に取る。良かった画面は何とか無事なようだ。何とか加工が役に立ったのかな。まあいいや。あ、通話のアイコンに20の数字が。何度もかけ直したんだろう。相手は黒宮だ。
何故彼女はあの場に居なかったのだろうか。ジジババの命令か?まあ何にせよ居ないで良かった。あんなものは見せるべきじゃない。
黒宮が待ってるって言ってたな・・・俺の今の包帯やガーゼだらけの姿で会うのはまずいな。
「花岡さん、ちょっとお願いがあるんですが」
黒宮はエントランスの端っこの方でちんまりと座っていた。
「よっ、凉華」
上からの声に下を向いていた凉華は顔をあげた。どうしてそんな表情してるんだよ・・・そんな後悔と申し訳なさが混ざり合ったような悲痛な顔を・・・ああ、俺のせいか・・・
「話があるんだろ?ちょっと場所移そうぜ」
俺は黒宮を連れて市役所内の小さな部屋へ移動した。吉野先輩に相談したら少しの時間だけ貸し切りにしてくれたらしい。
「ここなら誰にも聞かれない。存分に話してくれ」
「・・・・・」
沈黙か。まあ、時間は腐るほどあるしな。自分の口から話すまで待つか。
長い沈黙だった。時間にして数十秒程度、しかし俺にはその数倍にも感じられるほどだった。何かを決心したように黒宮は口を開いた。
「あの・・・お怪我の具合はどうですか・・・?」
「心配してくれたのか。ありがとな。まあ、見ての通りだよ」
あの後に花岡さんに頼んでガーゼや包帯を取っ払い見てくれだけでも大丈夫なように治療を頼んだ。治療とは言っても表面上傷が見えなくなるだけなので応急処置にしか過ぎない。必要な治療は俺が寝てる間に済んでいたし、これは黒宮に少しでも罪悪感を抱かせないためのものだ。その効果は有ったようで俺の普通にしている様子を見て黒宮はそっと胸を撫で下ろしていた。
「凉華は今回の件、どこまで知ってるんだ?何故あの家に居なかったんだ?」
「それは・・・」
「あーくそ、上手く言葉が出てこねえ。その、責めてる訳じゃなくて、ただ事実が知りたいだけなんだ」
「私は麻紗美さん、えーと分家の人で私のお世話係の人と外に出ていたんです。・・・久しぶりに許可が出たので・・・」
お世話係の麻紗美さん。話してる態度から予想するに割りと仲は良いのかもしれない。考えてみたらそらそうだ。黒宮家の全員が悪人というわけではない。凉華と仲の良い奴がいても不思議じゃない。
「その、麻紗美さん?をどう思ってる?好きか?」
黒宮が面食らった表情をしている。そんなおかしいこと言ったか?
「麻紗美さんとは許可が出た日だけ一緒に出掛けます。寄り道などはさせてくれませんけど、そうですね。好き、かもしれません。」
「そうか。だったら会ってみたいな」
「麻紗美さんとですか?」
「ああ、まあ色々話したいことがあんだよ」
「分かりました。今市役所の外で待機してるので終わったらお会いになっては?」
「来てんの?分かった。じゃあそうやって連絡しといてくれるか」
はい、と言った黒宮は携帯を取り出し電話をかけ始めた。メールかメッセージアプリで良くね?と思ったが多分使えないのだろう。黒宮、機械音痴だからなぁ。
数分ほど通話していた黒宮がハンドサインでオーケーを出す。何で?喋ってもいいんだぞ。
とはいえスルーするのも可哀想だったので俺も親指を突き立ててグッドのハンドサインで返す。
「悪い、話が逸れたな。えーと、どこまで知ってるか、だったか」
「本田さんが家に言った時の事ですね。あらましはお祖母様が私に聞かせてくれました。何でも礼儀知らずの底辺退魔士を追い返したとか。その時の分家の動きがお祖母様のお眼鏡にかなうものだったらしく貴方が居なくても黒宮はやっていけると・・・」
話していくにつれ黒宮の声が小さくなっていったので聞こえづらいが何とか全部聞き取った。あのババア、本人を目の前にしては話もせず目も会わせなかったのに、後でそんな事言ってたのかよ。それに続けて凉華にもチクチクと口撃するというダブルパンチ。こすい野郎だ。
「凉華が居なくてもだぁ?よくもまあそんな根拠の無いことを言えるもんだな」
「・・・・」
「どうかしたか?」
「本田さんが言われている時、私は何も言い返せなかったんです・・・!お祖母様が・・・怖くて・・・」
そうやってまたも落ち込む凉華を見て思わず、本当に無意識にその頭を撫でていた。
「え・・・あの・・・・」
「うわっごめん!!何か励ましたいなあと思ってたら咄嗟に・・・!ごめん!気持ち悪かったよな!本当にスマン・・・・!」
「・・・・・」
黒宮は顔を伏せている。きっとあまり知らない男に頭を撫でられて怒りと気持ち悪さでどうにかなりそうなのを必死に押さえているのだろう・・・くそっいつもはこんな事絶対しないのに、今日に限って何故だ!
以前咲耶が言っていたのを思い出す。わらわの頭を撫でるのは良いが他の女にはするなよ、と強く言われていたんだ。何故かと聞くと有耶無耶な返事しか帰ってこなかったが・・・まさかこうなるとは・・・!あの地雷を避ければ何しても怒らないとされている凉華をこんなに怒らせるなんて・・・・!
「うぅ・・・」
ついには泣き出しちゃったよこの子!?ヤバい。どうすればいい?ヤバい。どうすればいい。出来のの悪い頭で考えても出てくるのはこの2つの言葉のみだった。
「ヤバいどうすればいいヤバいどうすればいい」
気づけば口にも出していた。
「違うんです・・・」
「違うって、何が?」
「少し・・・思い出してしまって・・・兄様も私が落ち込んでる時に頭を撫でてくれたなって」
黒宮の涙が止めどなく溢れ出す。その光景に俺はどうする事も出来なくて。唯ひたすらにこの泣いてる妹を置いてこの世を去った会った事もないはずの凉華の兄を恨んだ。彼がいればその涙も直ぐに笑顔に変わるというのに。そんな無茶苦茶な八つ当たりをしないとこの場から逃げ出しそうになるから。
「似てるんです・・・」
涙も枯れたのか少し落ち着きを取り戻した黒宮が唐突に話はじめた。
「似てるって何が?」
「本田さんと兄様が」
俺と黒宮兄が似ている?そんな訳ない。黒宮の考えている黒宮兄は子供のはずだ。似るはずがない。
「雰囲気が似てるんです。ぶっきらぼうで、でもたまに優しい。カッコつけだけど格好悪い、でもいざって時はちょっとカッコいい。そんな兄でした。本田さんはその兄と雰囲気が似ていて・・・つい思い出してしまったんです」
そう語る黒宮の顔は目に涙を貯めながらも、少し笑っていた。
「そう言われると何だか、恥ずかしいな」
黒宮が大好きだった兄と似た雰囲気と言われたんだ。そりゃ嬉しいに決まっている。嬉しいのは嬉しいが少年と雰囲気が似てるって喜んでいいのか微妙なラインだなー。
「っと、そろそろ時間だな。部屋を空けなくちゃならん」
「そうですか・・・分かりました」
時計を見ると既に1時間は経過していた。少しの時間って話だったしちょっと長過ぎたか?まあでも吉野先輩なら許してくれるだろ!と楽観的な考えで部屋を出ると、カンカンの吉野先輩が立っていた。
「本田、お前15分くらいって言ってたよなぁ・・・!俺はそれを信じて次にその相談室を使う時間を決めてんだよ!!お前がそれを破ったら・・・・」
俺を叱る先輩の動きが止まった。どうやら俺の後ろにいた黒宮に目線を向けている。
「・・・まあ、それだけ熱心に聞いたから時間が過ぎたんだよな。しゃーない。次の相談者には俺から謝っとくからお前は行け」
「ありがとうございます」
「?」
黒宮は急に態度を変えた吉野先輩に不思議そうな顔をしている。吉野先輩は気が利くいい先輩だ。俺の後ろにいた黒宮の雰囲気を感じ取りここで俺に説教するのは不味いと思ったんだろう。だからこそあの急変した態度だったんだ。吉野先輩ありがとうございます!!ついでに黒宮もありがとう!!怒られずに済んだからな。
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