第31話
「さて、行くか!!」
頬を両手で軽く叩き気合いをいれる。あの夜の黒宮の電話から一週間が経った。今日は指定された日だ。特に準備はしていない。戦う意思もないため破軍も置いてきた。今着けているのは日常生活用の義手だ。服装は一応特殊スーツを着ている。取り越し苦労だといいんだが・・・
黒宮家は市役所から歩いて20分の距離にある。現在午前9時45分、約束の時間は10時、どうやら早く着いてしまったようだ。今は玄関の門の前でボーッと立っている状態だ。ここで時間まで待つか?それとも少しコンビニでも寄ろうか?何て考えてるうちに時間は過ぎて行き約束の時間になっているだろうな。と考えていたら本当になってた。
「この門から入ればいいのか?」
腕時計を見れば10時丁度、約束の時間だが、案内人の姿が見えない。勝手に入っていいのか?うーんでもそれは・・・と一人で考え込むこと5分。門の右横にある小さな引き戸の扉が開いた。
「お待ちしておりました。本田祐也様ですね。どうぞ此方へ」
扉から現れたのは若い男だった。おそらくは20代後半かそれ以上だろう。そして、陰陽師だ。こんなに広い家に黒宮と祖父母だけで住んでいるとは思ってなかったので使用人やら他の居住者がいるのは分かっていた。黒宮の話しぶりから分家の人間とも関り合いがあることも知った。つまり目の前のこの男は黒宮家の分家の人間ということになる。あくまでも予想だが、大方、間違っていないだろう。
「・・・・・」
「・・・・・」
道中、俺と男は一言も言葉を交わさなかった。代わりに感じたのは前を歩く男の敵意だけ。男だけではない、この家に入ってからずっといくつかの敵意をもった視線に晒されている。呼び出しといてこの歓迎の仕方は少し腹立つが、まあ敵対組織の輩が来たんだからそりゃ敵意も持つか。と一人納得した。
「此方でお座りしてお待ちください」
通されたのは奥行きが深い畳の部屋だった。長方形の構造というより二部屋の仕切りを取っ払った感じだ。中央より少し先に行った所に座布団が見える。あそこに座れって事か。俺は心の中で広い家だなーとどうでもいいことを考えながら正座で座った。まだ来ない様なので周りを見回す。まず目につくのが正面の一段上がった所に置いてある座布団二つ、あそこにジジババが座るのかな。その奥には鴉を描いた掛け軸と何やら色々なものが置かれている。部屋の左側はどうやら中庭に繋がっているようだ。今は朝だからか障子の仕切りが全開になっている。綺麗な中庭だな。錦鯉とか飼ってそうだ。
襖を開ける音がした。そこへ目をやると和服を着た老人が二人入ってきた。
あれがそうか。黒宮を苦しめてる老夫婦。黒宮の祖父母。
黒宮祖父はどっしりと座布団に座った。祖母の方はきれいな所作で座る。俺は中庭の方体を向けていたのを正面に戻した。
「お初にお目にかかります。“市役所職員”の本田祐也と申します」
「・・・・」
今日は個人的に来ただけで争う気はないぞという意思を込めて退魔士の、ではなく、市役所職員のと名乗った訳だが、奴さん方に反応はない。あるのは見定めるような視線だけ。いや見定めるのではなく見下すが近いか。陰陽師の名家の連中は古い時代遅れの考えを持つ者も多いと聞く。ある程度予想はしてきたが、目の前でそういう態度を取られると心に来るものがあるな。来るのは感動ではなく怒りだけど。会話する気がねえのかコイツら。
「では、自分からお聞きしますが、自分は一体何故呼ばれたのでしょうか?」
「貴様が凉華の守護霊を強引に呼び出したという退魔士か」
ジジイが重い口を開いた。貴様呼びには引っ掛かったが、俺はジジイの問いを肯定した後にどのようにそれを行ったかを説明した。
「成る程、霊力を重ね合わせ操ったのか。それならばあの能無しでも守護霊を呼び出せる可能性はあるか。しかし霊力同調は霊力の質が似通った者同士で成り立つもののはずだが・・・偶然だろうな」
一人納得するジジイを横に俺はとある言葉が引っ掛かっていた。いや、言葉を濁さずに言えばムカついた。
「能無し?誰の事を言ってるんですか?」
「凉華の事に決まっておろうが。彼奴は陰陽の才能のない出来損ないよ。陰陽の才能の無い陰陽師は能無しだろう」
そう語るジジイは自らが被害者のような、迷惑をかけられているような、そんな態度に見える。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。穏便に行こうと思ってたがもう無理だ。我慢の限界だ。
「その凉華はちゃんと守護霊を自力で呼び出せるけどな。今ここでえばってるアンタじゃなくて俺との特訓のお陰で」
「何だ!その態度は!儂を誰だと思っている!陰陽寮の幹部だぞ!」
憤慨するジジイ。ババアも全くですとか言って同調している。陰陽寮・・・初めて聞く名前だが今はそんなものはどうでもいい。
「知らねーよ。それにお前がどこの誰だろうと関係ない。お前は凉華を能無しって呼んでたけどな。お前が見下す退魔士のこの俺でも直ぐに思い付き実践した事を長年陰陽道に浸かっているお前が思い付きもしなかったなんてお笑いもんだ。どっちが能無しだか分かったもんじゃねえや」
「き、貴様!!」
ジジイが立ち上がり激昂する。ババアも同様に。ババアはジジイの言動にずっと肯定し同調しているだけ。この場に居る意味あるか?
「いいか?一つ言っておく。凉華は能無しなんかじゃない!凉華は才能ある陰陽師だ!可能性しかない彼女の未来をお前達の出鱈目な考え、自己中心的な身勝手な判断で潰すな!!」
「ぐっ」
凉華は贔屓目無しで見ても将来、優れた陰陽師になると感じさせるものがある。コイツらはそれを無自覚に砕こうとしていた。磨けば光るダイヤの原石を。
「・・・今、こうやって面と向かって話してようやく理解した。凉華と初めて会った時に、治療の跡を見つけた。最初は戦闘での負傷かと思った。だけどその傷はお前らがつけた傷だったんだ。恐らく躾や罰、修行、様々な免罪符を使ってだ。間違っていないはずだ」
「それがどうしたというのだ!子供を躾るのは保護者の役割だ!!他人が口を挟むな!!」
「俺は躾を悪だとは言ってない。お前の口はなぜ付いている。言葉で叱ればいいだろうが。罵倒するんじゃなくて、凉華がミスを犯したのなら厳しくても凉華が自ら反省出来るような言い方で。何故暴力に訴えかけるんだ!それも自分の孫娘を!!」
今にも掴み掛かってきそうな気迫で此方を睨んでいたジジイだが、急に不適な笑みを浮かべた。
「かっ、やはり陰陽師と退魔士では根本から違いすぎて話にならんな」
「何を笑っている?気でも触れたか?それと訂正しろ。陰陽師と退魔士じゃなくて俺とお前な」
「ふっ何故暴力に訴えるか、だったか・・・教えてやる。それが手っ取り早く、確実だからだ」
瞬間、俺の感じていた敵意が形をもって俺に牙を向けた。何時から居たのか10人位の陰陽師が俺を囲んでいた。
「話し合いじゃなかったのか?」
「儂は家に呼べといったまでよ。者共、この痴れ者を口が聞けなくしてやれ」
それを合図に一斉に攻撃を仕掛けて来る陰陽師達。ある者は強化された肉体で打撃を繰り出し、ある者は霊力を弾丸の様に打ち出した。流石にこの数は捌ききれないと踏んだ俺は横に転がる様に中庭に出た。
「ぐっ」
数発もらってしまった。特殊スーツのお陰で致命傷にはなっていないが相当な衝撃だ。内蔵を痛めたかもな。
「こんな事になるなら・・・破軍もってくるべきだったぜ・・・!」
中庭に向けて放たれる追撃の霊気の弾丸。それをまたもや横に飛び込んで躱す、はずだったのだが1発足に食らってしまった。不味い・・・機動力を失ってしまった。
「凄腕と聞いたがその程度なのか?これなら退魔士のレベルも知れたもんだな」
襲ってきた奴らのリーダー的立ち位置の男が、中庭に転がって居る俺を見て嘲笑している。
「俺は話し合いに来たんだ!!戦いに来たんじゃない!!」
「命乞いか?見てたがお前から喧嘩を売っているようにしか見えなかったぜ」
「ぐっ、確かに喧嘩腰になってしまったのは俺が悪いが、何もここまでする事無いだろ!」
陰陽師は、黒宮家はそこまで“違う”のか。
「のこのこと他組織のテリトリーに入ったんだから当然の報いだな。それがこちらからの呼び出しだとしても、だ。罠かもと少しは疑った方がいいぜ」
「肝に、命じとくよ」
「ああ、次に生かしてくれよ。次があったらな!!」
リーダーの男の一斉射撃の言葉を皮切りに俺は霊力の弾丸の雨を受け続けた。特殊スーツの上からとはいえダメージがない訳ではない。防弾ベストで銃弾を受けた時に衝撃は伝わる様に対霊の特殊スーツも衝撃は緩和されるが貫通はする。それに特殊スーツは異世界での使用、退魔符との併用を想定されていて現実での戦闘に対応していない。つまりは・・・
音が止んだ。朦朧とする意識の中、歪む視界にリーダー格の男が近寄ってくるのが見える。
何だ?頭が上がらない・・・そうか、頭を踏まれているんだ・・・
声が聞こえる。耳障りな声だ。何て言ってるんだろう・・・体が浮いた?持ち上げられてるのか?そのまま運ばれて・・・放り投げられたみたいだ。仰向けになったことで目に入り込んでくる黒宮の表札。そうか、家の外に放り出されたってことか。
這いつくばって何とか家の壁に背を預ける。息は荒い。体の至る所が悲鳴をあげている。だがいつまでも此処に居るわけにはいかない。俺は悲鳴をあげる体を無視してゆっくり、ゆっくりと歩き出すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます