第42話
あれから2日が経過した。俺は気絶した後、割とすぐ意識を回復し、戦いが終わった事を知った。戦闘要員の退魔士57人に対し負傷者18名、死者、4名。支部長曰く上々の結果だそうだが俺としては一人でも死んだ仲間がいるのならそれを成功と呼びたくはない。そんな甘いことは言ってられないのもわかってるんだが、どうもな。
それから会った人物はというとまず支部長、白龍討伐についてとこの戦いが前座に過ぎない可能性を話した。それを聞いた彼は「よくやった」その一言を発した後難しい顔をして考え込んでしまったので部屋を後にした。次に吉野先輩。隊長として最後まで戦い抜いた彼は自分の怪我も気にせず俺に謝罪に来た。俺は何の謝罪かわからなかったので逆にこっちが命令破ってすいませんと謝り合戦になってしまった。
松崎先生は省略。いつもと同じようなことしか言ってなかったから。
後は大鴉か。アイツとは戦いが終わった後、涼華を除いて二人で話し合った。頼みごともあったからな。後に頼みごとを控えていたから大鴉の行為を責めることはしなかった。
咲耶もだな。あいつには聞きたいことが沢山あったんだが避けられてるようで会話をする機会がなかった。
最後に涼華。俺は目が覚めた後、彼女には少し血とDNAをもらった。俺はそれを仕方なく松崎先生に預けた。理由は勿論、俺と涼華の兄妹かっていうDNA鑑定のためだ。はっきりいって俺はそうだと確信してるんだが俺が信じてなくてな。・・・・ん?俺今おかしな事を考えてなかったか?疲れてんのかな。とにかく!今日はその結果が分かる日で松崎先生の診察室の前まで来ている。
「ふぅ・・・行くか」
結果を知るのが怖くて10分程度心を落ち着かせるためにここ2日間を思い出していたがもう大丈夫。俺は決意を固めて扉を開けた。
「先生、結果は・・・!?」
「開口一番それかい?もっと世間話とかさあ・・・」
「忙しいんです。結果は!?」
「ふーん。じゃあはいこれ。僕への用事はこれだけだよね。奥でアレでもイジってくるかな」
松崎先生はそう言って奥の部屋に消えていった。まさか気を使ってくれたのか?・・・無いな。それはさておきこの封筒だ。中身を見る前に深呼吸深呼吸。
「よし!」
俺は折りたたまれた結果報告書を開いた。
「・・・・そうか」
そこに書かれていたものは俺と涼華のデータやら何やらだ。専門的な事はよく分からないしどうでもいい。そうして目を滑らせていたがある一文が俺の目を捕まえて離さなかった。
本田祐也と黒宮涼華が兄妹である可能性は極めて高い。
報告書にはもっと難しく書いてあったが要約するとこうなる。つまり、俺達は、兄妹だったのか・・・。ということは俺は黒宮侑祐って事になるがそれだとおかしい場所がある。侑祐が行方不明になったのが8月と聞いている。俺が目覚めたのは11月、3ヶ月も開きがあるしこれはおかしい・・・・無理だ。自分でも思ったが否定材料として弱すぎる。そんなの3ヶ月生死の境を彷徨ったとかどうにでも考えられる。・・・認めるしかないのか、俺と涼華が兄妹だって事を。
別に兄妹になるのが、というか戻るのが嫌という訳では無い。ただこれからどう接すればいいのか分からないだけだ。涼華が潜在的に求めているのはきっと「黒宮侑祐」であって「本田祐也」ではない。どちらも俺だが「本田祐也」には涼華との昔の思い出やその時の涼華や黒宮家、母の事、父の事、何もかもを知らない。あるのは目覚めてからの記憶だけ。涼華と過ごした時間も短い「他人」という立場だ。一方で「黒宮侑祐」は彼女の兄としてずっと彼女を守ってきた。しかし俺にその記憶はない。あるのは自分の意志に逆らおうとする強烈な自我や使命感を持つもう一人の自分がいるような感覚。今それがようやく解った。この意識は「黒宮侑祐」の物だったんだ。記憶は失ったが妹を助けたいという絶対的な使命感だけは失わず度々俺に命令を下していたわけだ。
涼華が会いたいのはそういう「黒宮侑祐」であって「本田祐也」じゃない・・・
だからどうした!涼華が心の中で何を思っていようが関係ない。彼女は記憶喪失の俺にも「兄様」と呼んでくれたんだ。ならなってやろうじゃないか。涼華の正真正銘の兄に!
俺は心の中で「黒宮侑祐」と思われる意識に向けて「今まで悪かった。これからはお前の望む通り涼華が尊敬できるような兄になるから」と謝罪と意気込みを発した。当然反応はない。だけど理解してくれていると確信している。何故なら「
涼華が尊敬できる兄になる。そう決めてからの行動は速かった。支部長に検査結果の報告を済ませ、前から考えていた今後の動きについて相談にも乗ってもらった。そして麻紗美さんにも連絡。アンタ正気?と精神を疑われたが至って正常だ。麻紗美さんと情報を交わし合い、件の日は次の土曜日という事になった。
そして、慌ただしく時間は過ぎ去りとうとう当日を迎えた。現在午後9時頃、黒宮邸が見える烏杜神社に来ている。今頃黒宮邸では恒例行事の報告日ということで皆集まっている。その中には涼華の姿もあるだろう。
「そろそろ行くか」
俺は財布をひっくり返して小銭を全て賽銭箱に突っ込んだ。困った時の神頼み。別に困ってもないし大鴉への献金みたいで嫌なんだけども。一応今回の作戦では仲間だからな。これくらいはな。
神社の長い階段を降りてそのまま歩き続ける。この道を通るのは二度目か。市ということで一応は栄えてる部類には入ると個人的に思っているこの仁原市、その仁原市においても珍しい周囲には田んぼや畦道がそこら中にある。後ろを振り返れば長い階段と深い森。この地一帯を所有しているというのだから驚きだ。
「着いたな」
感傷にふけながら歩いていたら目的地に到着していた。黒宮本家黒宮邸。来たのは2度目か。中から声が聞こえる。男の怒鳴り声・・・
「行くか」
入口の門の横にある引き戸に手をかけるが当然開いていない。仕方ないので塀を登る。庭に足がついた瞬間、異変を感じた。前回も感じた異変、前は気にも止めなかったが今は違う。俺はこの異変を知っている。これはいわゆる結界だ。この結界は部外者の侵入を知らせる効果と結界内の指定の陰陽師の霊力を上げる効果を持つ。言い訳だが俺がボコされたのもこの結界の影響が大きいだろう。
敷地に入って数秒直ぐに分家の者達が現れた。その中にはあの時俺を案内した男も見受けられた。
「またお前か。お前、今何してんのか分かってんのか?不法侵入だぞ」
「俺は黒宮家の当主代理に用事がある。通してくれ」
「用事?お前みたいな奴に用事なんかねーよ。また死にかけたくなかったら今すぐ帰れ」
「取り敢えず上がるぞ」
「てめえ!話聞いてなかったのか!!」
要領を得ない俺の反応に痺れを切らせ分家の男が掴みかかってきた。
場所は変わって中庭、男の怒鳴り声は未だに響いている。そして聞こえて来る少女の悲鳴。足は考えるより前に動き出していた。
バキィッ
中庭から続く部屋の襖を蹴り破る。最初に目に入って来たのは頬を押さえ倒れ込む涼華の姿だった。
「ッ!」
今直ぐ全員ぶっ飛ばしてやりたい所をグッと抑える。奥歯に力が入り過ぎて折れそうだ。だが駄目だ。今日は喧嘩を売りに来たわけじゃない。抑えろ。抑えろ。
「侵入者が何者かと思ったがまさか貴様だったとはな。分家の者を寄越したはずだが逃げてきたのか?」
一番最初に口を開いたのはジジイだった。他の者が呆気にとられてる中すぐさま反応したのはいいが、めちゃくちゃ煽ってくる。前に会った時の心境だったら腹が立っていたかもしれないが今はそんなことはどうでも良かった。ジジイを無視して倒れている涼華に駆け寄る。
「涼華、大丈夫か」
「はい、いつもの事なので。それより何故此処に本田さんが?」
相当な力で叩いたのか頬が赤くなっているが、これがいつもだから大丈夫?そんな訳がない。家の中で暴言を吐かれ怒鳴られ叩かれて大丈夫なはずがない。身体的には大丈夫でも心は傷ついているはずだ。自分ではそう思っていなくても心は傷だらけである日突然自ら命を立つなんて事もある。ケースは違うが俺も退魔士の同僚が心の傷が原因でその素振りも見せずに急に亡くなったのを見た事がある。改めて今日ここに来て良かった。
「検査の結果を知らせにな」
俺が用意していた嘘の理由を言うと涼華は顔を近づけて食い気味に聞いてきた。
「それで結果は!?」
「まあ、待て。どうせなら、他の家族にも聞いてもらおうぜ」
「それって・・・!」
涼華が理解して目に涙を貯めてるのを隠すため顔を手で覆っている。本当ならここで抱きしめてやるのも兄の務めかもしれない。が、俺はまだ兄という感覚に慣れておらず混乱してしまう。その後数秒戸惑いつつも頭を撫でた。そこから涼華の静かな嗚咽は止まらずにいたのでどうすればいいかわからなくなった俺は「少し待っててくれ」と言い残し、一旦立ち上がりジジイのいる後ろへ振り返った。
「と、いうわけだ。話が聞こえてただろ?つまり、そういう訳だ」
「何を言っている・・・?」
ジジイは俺のはっきりしない物言いに訳が分からない様子だ。まあ、それも無理もない。この手の輩は言葉で言っても理解しないし認めようとしない。だから俺の言葉じゃない信憑性のある物が必要だ。俺は無言で封筒を投げ渡した。
「お前宛だ。俺はこれを届けに来たんだ」
ジジイは警戒しながら封筒を開け中に入っている紙を読み始めた。そうして数十秒の静寂があった。それを破ったのもジジイだった。
「・・・ありえん!こんなのは出鱈目だ!」
俺はそれに首を横に振って応える。
「・・・ならば偽装、偽装だ!貴様ら退魔士共の十八番だろう!」
さらに声を荒げて否定しにかかるジジイ。そんなに俺に死んでいて欲しいのか。こんなのに言われたとしても少し傷つくな・・・少し煽ってやるか。
「俺が生きてたのがそんな嫌だったのか?お祖父様?」
「その呼び方は止せ!!反吐が出る!!貴様が侑祐の訳が・・・」
ジジイが漏らした言葉にその場にいた傍観者達がざわめく。黒宮侑祐というある意味タブーになっていたであろう少年。本家の長男でありながら低い霊力を持ち、非人道的な扱いをされ続け挙句の果てに未知の妖怪に食われたという黒宮家の汚点。その名前が出ただけでなく目の前の男がそうだと言う話。しかもそれを当主代理の口から出たというんだからそれは驚くだろう。
「科学的、生物学的な証拠でも信じられないのか。データは信用出来ない、古き悪しき前時代を地で行く奴だな。俺のお祖父様は。偽装を疑うのはまあ分かるが俺に何のメリットがあるんだ?」
「くっ・・・・」
「無いみたいだな」
ジジイは苦虫を噛み潰したような顔でこちらを睨んでいる。ふう、危なかった。メリット何て結構あるけど思いついてないようだ。
「だが偽装でないという証明も出来まい!」
「確かにそうだな」
「それに、兄妹だと言うなら何故最初から涼華とそのように接しなかったのだ!本田などと偽名を使って会った理由は何だ!貴様の行動は不可解な点が多い!よってこれも信じるに値しない!」
ジジイが不敵な笑みをこぼす。
「どうだ。何も言い返せまい」
「ああ、分かったよ。それが証拠にはならない。それは認める。この場では」
「フンッ」
ジジイは勝ち誇ったかのような顔をしている。
「そんなに黒宮侑祐が生きてるのが嫌か?」
「当たり前だ。あのような者は黒宮の汚点。生きてさらに黒宮の顔に泥をかけ続けているなど耐えられん」
「どうやったら信じてくれるんだ?」
「フンッ。もうこの面倒な問答も終いよ。気づかなかっただろう。儂が会話で気を引いている内に我が黒宮の陰陽師達がお前を囲っていることに」
「また力で黙らせる気か」
「前に貴様が言ったであろう。何故暴力に訴えかけるのかと。そして儂の答えも。単純明快、人を従わせる、人の優位に立つ、どれもこれも全て!力で解決するのだから・・・やれ」
その言葉を合図に四方八方から陰陽師が現れる。前回と同じ状況だ。そして奴らは手に霊力を溜めそれを俺に向かい放つ。霊力の弾丸。これも前回と同じ状況。ただ前回と違うこともあった。
「大鴉。頼む」
俺にはいけ好かない味方がいてこの時の為の策があるという事だ。
俺の合図と共に涼華から大鴉が飛び出す。困惑する涼華をよそに大鴉は自身の霊力を声に乗せて俺にぶつけた。少しよろめく俺に少し離れたところへ移動していたジジイは大鴉に制裁を加えられたとほくそ笑んでいる。そして目前まで迫る霊力の弾丸。俺はそれを避けなかった。
「何!?」
攻撃した側の陰陽師達が驚愕の声を上げる。それもそのはず、放たれた霊力の弾は一発も命中していなかったのだから。
「貴様、何をした・・・!」
理解の出来ない現象に声を荒げ俺を睨みつけるジジイ。陰陽師達の方は何が起きたか理解したようでジジイの護衛と思しき男が耳打ちしていた
「お祖父様は俺の持って来た証拠を切り捨てたよな?証拠にならないとかで。まあ、ここに来る前からそんな風になるかもなぁって思ってたわけよ。だからお祖父様が信じる、いや信じざるを得ない証拠を考えてきた。インパクトのあるように実際見てもらったらいいかなと思ったんだ。で、どうよ?俺の中にいる分霊の鴉は?大鴉に協力して出してもらったんだが」
俺は左手に鴉を抱えていた。その鴉は弱々しく横たわる白いアルビノの鴉だった。
「ぐっ・・・」
「これは言い逃れ出来ないだろ。俺が黒宮家の人間であるという一番の証拠だ」
「だが、まだ侑祐と決まった訳では・・・分家の子かも知れぬではないか!」
「往生際が悪いな。もうすぐ往生するってのに。その線が無いことも今の流れで証明できている。分家のアンタ等が俺に向けて放った霊弾は俺に当たる前に消失した。それは何故か。答えは分霊の霊格の差だ。アンタ等の中にいる大鴉の分霊が俺のコイツに攻撃することを拒んだんだ」
「そんな事があるはずがない!今まで一度もそのような事態にはならなかった!」
陰陽師の一人が反論してきた。うーん。餅は餅屋だな。俺は大鴉に目配せをして代わりに説明をしてもらうのがいい。俺も詳しく知らんし。
『我が大鴉の分霊とは、かつて野良神であった我の眷属の鴉達が霊体化したものだ。眷属にも“格”が存在する。そして分霊は平等に配られる訳では無い。基本的には本家の者にはそれに見合った分霊が与えられるのだ。しかし稀に現れるのだ。そこの男のような異分子が。この男に憑いたのは体が弱く碌に霊力も持ち合わせていない眷属の鴉。この分霊を宿した人間は陰陽師には成れないと言えるほどだ』
「お前、そんな弱ってたのか」
大鴉の話を聞きながら腕に抱えた分霊の鴉を撫でる。霊体なので傷つくことはないと思うができるだけ優しく撫でながら、霊力を赤ちゃんにミルクでもやるようにゆっくりと与えた。確かに俺の霊力が少ないのはコイツが俺に憑いているという理由もあるのだろう。だが、それはコイツのせいじゃない俺には同情こそすれ恨みなんて抱くはずもなかった。
『それでも、この分霊の霊格は高かった。人間は時折珍妙なものに神性を感じる事がある。今ではアルビノという名前が付き一般にも知る人間の多いが昔の人間はそれを見て神の使いだ何だと敬ったものだ。霊格が高いのはその影響だろう。』
大鴉が俺の分霊のルーツを話していく。俺の中にいたのに俺が気付かない位の霊力のこいつがそんな霊格が高いとは。
「お前そんな偉い奴だったんだな」
『そこの陰陽師。貴様は一度もないと言っていたな』
「は、はい。私は修行の一環として模擬戦闘を行うこともありますがそのような事は一度もありませんでした」
突如話しかけられた陰陽師は一瞬驚きつつもすぐさま冷静さを取り戻した。
『それは分家の者同士でだろう』
「っ!?」
陰陽師は鳩が豆鉄砲喰らったかのような顔で驚いている。
『想像すらしていなかったようだな。まあ無理もない。特別に教えてやろう。まず前置きとして、これは同じ守護霊を持つ家の者同士での話だ。他の守護霊の事は知らん。結論から言おう。そこの男の話は合っている。同じ家の分家の者の攻撃は本家の者には当たらない。分霊を召喚している間に限るがな』
『お前達は何を見ていたのだ。まさか未だに訳が分からないとは言うまいな。なあシゲ坊よ』
「ぐっ・・・・お、大鴉様、その呼び名は止めて頂きたいと・・・」
なるほどなあ。ジジイ、シゲ坊って呼ばれてたのか。それにジジイも大鴉には頭が上がらないようだ。・・・つくづく思うがこの問題、大鴉が積極的に介入していれば簡単に終わったんじゃねーの?いや神は不干渉なのは知ってるけどさ。今回はいいのかって話。涼華が関わってるからか?いやでもそれは最初から関わってただろ?分からん。何にも分からん。思考が読めなすぎる。つくづく人とは違う種であることを実感させられるな。
『ならば答えてみよ』
「・・・大鴉様の分霊は本家の者にそれに見合った分霊が与えられると仰っておりました。つまりそこの男もそれに見合った、つまりは本家の者に与えられるべき分霊がちゃんと与えられていた。分霊にも階級のようなものがあり下の者が上の者に攻撃することは許されない・・・」
『成る程、ならばお主の中でもう答えは出てるようだな。茂三よ。この期に及んで我に嘘はつかんだろうな?』
大鴉から暴風のような霊力が吹き荒れる。非戦闘員とババアはとっくに消えていて残っているのはジジイと分家の陰陽師だけなのだが、その陰陽師達が恐怖に慄いている。大鴉さん立派な脅しだよそれは。
「目の前の男を・・・・黒宮侑祐だと認める・・・!」
苦虫を噛み潰したような顔でそう告げる。よし、やっと認めてくれたな。どんだけ粘るんだよ全くよぉ。何て考えていたら後ろからとんっと少しの衝撃が。後ろを振り向くと涼華が抱きついてきていた。
「悪い。大分待たせたよな。何せあのシゲ坊が認めないの一点張りで・・・」
「貴様!」
後ろでシゲ坊がうるさいけど無視だ無視。構ってらんねーよ。
「もう、呼んでもいいのでしょうか。その、に、兄様と」
背中なので表情までは分からないがきっと真っ赤な顔をして言ってんだろうな。恥ずかしいと思ってるのか?振り返って真っ直ぐに見つめる。
「駄目」
「そうですか・・・」
「ああ!ちょっと待った!続きがあるんだよ!」
やっちまった。ちょっとした意地悪のつもりだったのに目に見えて落ち込んでるじゃねーか。ヤバいヤバい。リカバリーリカバリー。
「あのー、兄様は恥ずかしいからせめて兄さんにしないか?」
その言葉にパーっと明るくなる涼華。感情七変化かよ。まあ妹がやってると思うと可愛いからいいけど。
「・・・にい、さん・・・?」
慣れない呼び方に恥ずかしがりながら小さい声で呟く涼華。何故だろう。何か心の中から湧き出すものが・・・。なんてことは置いといて、あまり長居しても外の連中に迷惑だしな。さあ、ここからが今日の本題だ。
「強要してるわけじゃないからな。ゆっくり変えていってくれると嬉しい」
「はい!頑張ります!兄様!あっ・・・」
言ったそばからそれかい。この子話聞いてたかしら?でもいいのよ。無理しないでね。
「頑張らなくていいの!兄様でもいいし。強要してないって言ってるだろ?俺はお前が自然に言えるようになるまで待つさ」
「兄様・・・」
そこで会話は途切れてしまった。いや、途切れさせたという方が正しいか。俺はわざとらしく部屋を見回す。そして涼華に問いかける。
「なぁ、涼華。この家は好きか?」
涼華は周りの反応を窺っている。周りと言ってもジジイと戦闘陰陽師しかこの場にいないが。勿論、この問いを投げかけるのは彼女にとって酷なのは分かっている。それでも、聞かなければいけない問いだった。
「・・・・」
「・・・・」
黙って答えを待つ。俺から手助けはしない。俺と大鴉がいるから他の奴なんか気にせず話せ。そんな事は今は言ってはいけない。ここからは彼女の自主性が問われるのだから、簡単に手を貸しては無意味なんだ。
大きな壁掛け時計の秒針の音だけが響ている。そんな中、ようやく彼女が口を開いた。
「・・・・好き、ではありません。確かにこの家にはいい思い出もありますが、嫌な、思い出が、沢山・・・」
「貴様!!!黒宮本家を侮辱――――」
「アンタは黙ってろ!これは俺と涼華との話だ!」
うるさい外野に霊力をブチ当てて黙らせる。
「そうか、話してくれてありがとう。それなら・・・」
涼華の前に手を差し出す。
「ここを抜け出して俺と一緒に暮らさないか」
「えっ・・・」
「ほらアレだよ。俺とお前が兄妹だって分かったわけだし。独り立ちした兄の家に泊まり込むのも普通のことなんじゃないかと思ってだな。この家が好きじゃないならその方がお前にとってもいいんじゃないか?あ、でもアレか。兄と分かったとはいえ思春期の女の子なら兄でも嫌か。それなら・・・・」
カッコつけて放った言葉が後から恥ずかしくなってきて早口で弁明する色々残念な俺に対して涼華は、一瞬驚いてそして両目から涙を溢れさせた。
「私との約束、覚えて・・・?」
「ああ、大きくなったらお前を連れ出す、だろ?」
涼華が、ゆっくりと、俺の手を取った。
「はい。末永くよろしくお願いします。兄様」
それはそれは今まで見たこともないくらいの可愛くて綺麗な笑顔で。
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