第8話

そうだよ。市役所の地下の施設で話せばよかったじゃん。いや、欠点が一つだけあった。


「・・・やっぱダメだ!機関の施設は無理だ」

「何故じゃ?」

「頭のいかれた博士がいるんだよ。聞いたことあるだろ。松崎大誠って名前」

「確かうちの科学者達が口を揃えて言っておったな。正道なき天才と」


京都の科学者達には俺も会ってる。俺の右腕の調整をしてもらうためだ。科学者達は俺の義手の内部機構やプログラムを見て、あまりの複雑さと独自性に絶望したりしていた。最終的には科学者総掛かりで調整をしていたくらいだ。それを彼は雑談しながら1時間かからずに完全な状態に仕上げた。やはり天才なんだろう。それも希代の天才科学者だ。しかし天は二物を与えず。彼には天才科学者だが性格が死ぬほど悪かったというわけだ。


「そんな奴をお前に会わせたくない」

「ほう」


咲耶はニヤニヤしている。何が面白いのか、さっぱりだ。松崎先生に会わせたら何を言われるか、何をされるか分かったもんじゃない。彼はこの56番とやらにご執心のようだし。


「だから家に呼んだんだ。分かったか」

「なるほどのう」

「さっきから何だよその反応は・・・とにかくこの話は終わりっ!俺が聞きたいのは───」


咲耶は俺が話すのをちょっと待ったと手で制し、


「その前にお主の現状を聞かせてくれんか。話に集中できん」


と言ってきた。そりゃ気になるか。俺だって今まで静かだった奴が数日後に会ってみたら急に人格が変わったように話してるのを見れば何があった?と思う。勿論、本人の努力で喋ろうとするのなら良いことだし応援もするが、俺の場合はそうは見えないらしい。




咲耶にここ数日の出来事を事細かに説明した。本日二回目なので大変面倒だったが、友人が聞きたいというのだから無碍にするわけにもいかない。長く話したので喉が乾きペットボトルの水を飲み干す。この水素水、味は普通の水だな。高いしもう買わないでいっか。


「なるほどのう・・・少女に出会った時に頭痛がして、次の日にはこうなっていたという訳じゃな?」

「ああ、そうだ」

「それで、その少女を探そうと思っていると」

「ああ、そうだ!」


咲耶には本当の事を話した。彼女なら黙っていてくれと頼めばそうしてくれると思ったから。根拠は無いけど、信じている。友人ってそういうものだと俺は思う。


「ふむ・・・」

「やっぱり・・・前の俺の方がいいよな・・・」


咲耶と友人になったのは一昨日までの俺だ。記憶は失わなかったが、今の俺とは話し方も、考え方も、別人のそれだ。俺は自分が変わったとは思いたくないし、彼女の事は今も友人だと思っている。しかし、彼女の方はどうだろう。友人だった俺は前の俺で。今の俺は彼女にどう映っているのだろう。今の俺に落胆しているに違いない。こんなのは本田祐也じゃないと。


「ん!」


何だ?咲耶は下を指差すジェスチャーをしている。何か落ちてる訳でもないし、座ったらいいのか?床に座ると咲耶は俺の額を中指で軽く弾いた。


「そんなことを考えておったのか馬鹿者。前のおぬしも今のおぬしも何も変わりはない、わらわの友人じゃ。例えおぬしの記憶が再び失われようとそれは変わりはしない。わらわの友人、本田祐也はわらわの目の前におるお主じゃ。他の誰かに何と言われようが気にするな。わらわがそう言っておるのだからそうなんじゃ」


咲耶は俺の目を見ながら真剣な顔で話す。咲耶の言葉一言一言が心に染み渡ってゆく。自分の存在を肯定してくれる人がいるとこんなに心が安らぐなんて。記憶の混濁による自己同一性の揺らぎ、その真っ只中の俺にだからこそこんなに響くのだろうか。はっ、まだ混乱してんのかな。何故か視界が滲んで見える。


「泣いておるのか。わが胸に飛び込んできてもよいぞ?優しく抱き止めてやろう」

「誰がするか。そもそも泣いてねえ。目に虫がぶつかってきただけだ」

「虫など見えんがな」

「見えない位小さいのがぶつかって来たんだよ」

「強情じゃのう」

「・・・でも、ありがとな。大分気が楽になったよ」

「そうそう、そうやって素直になれば可愛げがあるというのに。まあ意地になるところもそれはそれで、じゃがの」

「うるせー。可愛いとか嬉しくねーよ」


男には可愛いと言われて嬉しいと思う奴とそうじゃない奴がいる。俺は後者だ。そもそも誉められ慣れてないのにカッコいいとかならともかく可愛いと言われても恥ずかしい。誉めてくれるのは嬉しい嫌ではないけども。だからカッコいいと言われるように頑張ろうと思いました。




「俺の話はもういいだろ?そっちのことを聞かせてくれよ」

「知りたいか」

「知りたいから聞いてるんだ。何の用でこっちに来たんだ」

「用がなければきてはいかんのか?」

「いやそうじゃなくてさ、遊びに来たなら来たでいいんだ。でもお前転勤って言ってたよな?」

「そうじゃが何だ?言葉の通り転勤してきただけじゃが」

「どうやって?そう簡単に出来る立場じゃなかったろ」

「わらわは特別じゃからな。転勤もよゆーじゃ」


特別って何だよ。確かに見た目は特別だけど。・・・もしかして。俺の脳裏に一つの答えが浮かび上がった。


「特別無能だったから、転勤も許されたってことか!?」

「違うわ!」

「じゃあ特別ってどういうことだよ?」

「それは、じゃな・・・」

「言いたくないんなら別にいいけどさ・・・」


咲耶が言い淀むって事は俺に言いづらい何かがある。今問い詰めても答えはしないだろうし、取りあえず転勤を許されたって事だけ頭に入れておこう。


「じゃあ、転勤したんなら何の役職何だ?」

「前と同じく対魔対策室室長じゃ」


対魔対策室。その名の通り、魔物に対する対策を考案する部署。基本的には魔物による人的被害を抑える方法を研究、提言する役割を担っている。


「まあ、松崎先生に気を付けろよ、位しか言えないな」

「うむ。出来る限り関わらん」

「それがいいよ」



無茶苦茶だ。今の室長はどうなるんだろうか。副室長になるのか?なら今の副室長は?咲耶は京都でも対魔対策室長には過ぎた権力を持っていた。これが特別って事なんだろうけど。


「この辺に住むのか?」

「少し行った所にあるマンションじゃな」

「マンションね・・・ひょっとしてだけどグランドタワーか?」

「確かそんな名前じゃったような気もするのう」

「マジか・・・」


この街、千葉県仁原市に建つ千葉県でも屈指の階数、59階を誇る高級タワーマンションじゃねーか!やっぱどっかのお嬢様だったりするんだろうか。いや、別に負けてないし?通勤を考えたら俺の家の方が近いし?なんて心の強がりもタワマンという言葉のきらびやかさにあてられ燃え尽き灰と化した。




「聞きたいのはこんなもんか」

「大分話したのう」


壁に掛けられた時計を見れば現在午後2時、俺達は昼食も忘れすっかり話し込んでしまったようだ。


「わらわも市役所の方に用がある。そろそろお暇させてもらおうかのう」

「そっか。市役所で会ったのは偶々だったもんな。悪いな。時間とらせて」

「構わん。気にするな。それよりもだ。もう昼も過ぎたし、昨日の約束通り飯を作ってやろう!」

「あっ・・・」


咲耶は分かりやすく腕を捲り、キッチンの冷蔵庫に向かった。そして意気揚々と冷蔵庫を開ける。


「何も、ない!!?ほんとに水しかないじゃと!?」

「あー、うん。そうだよ?」


咲耶が野菜室、冷凍室と開けていく。


「何じゃこの冷凍の数は!わらわが言ったのを無視しおって・・・!」

「カップ麺とかコンビニ弁当ばかり食べるなって話だろ。冷凍だから大丈夫」

「子供みたいな言い訳するな!まったく・・・!」



その後、お小言をもらいいつまで続くのかげんなりしていたが、必殺自炊したいから一緒に買い物に来てくれ作戦を発動。お母さんこと咲耶は約束じゃからな!と言いながら帰っていった。この俺は一応自炊しようとは思ってるんだ。全部前の俺が悪いよ。全部。




さて、咲耶が帰った後の俺はといえば、さっそく街に繰り出していた。


「よし。黒宮捜索大作戦、開始だ!」


通りすがりの老夫婦に変な目で見られたが、そんなのは気にしてはいけない。気にしていたら心が折れちゃうからな!!










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