第21話 

「黒宮侑輔・・・黒宮の兄・・・」


黒宮の口から一度だけ出てきた、大好きだった兄様という言葉。彼女の味方で居続けたと話す大鴉の言葉。合わせると、両親亡くなった後にも彼女を励まし続けていた黒宮が唯一心を許せていた兄。その人まで黒宮の元からいなくなった。先程は失敗したと思っていたがそれよりも悲惨だ。その時の黒宮の感情は俺にはとても計り知れるものじゃない。


黒宮の兄について思考を巡らせていると不思議な事が起こった。突如として記憶の扉が開いたのだ。何がトリガーだったのかは分からない。何か足りなかったピースが埋まる様な感覚で頭が割れるような激痛はしなかった。本当に唐突にそれは起きた。思い出した、というよりは知っていた、が正しいように思える。


「なんだ、これ・・・俺はこんなの、知らないはずなのに・・・」

『どうしたのだ?』

「その名前、聞いた事がある、気がする。いや、昔から・・・知っている?おかしい、今初めて聞いた名前のはずなのに・・・大鴉、黒宮の中にいたお前なら分かるはずだ・・・お前、俺を知っていたか?」

『知らぬな。本田祐也などという人間は』


黒宮侑輔、そいつの顔や声を思い出す事は出来ないが名前だけは聞き覚えがある。黒宮から聞いた覚えはないし他のところでも無い。これは俺が本田祐也になる前、記憶を失う前の事のはずだ。


つまり、俺は黒宮侑輔と記憶喪失前に会っていた?黒宮凉華とも?そしてそれなりに親しかった?それなら黒宮と会って頭に激痛が走ったのも、その兄の黒宮侑輔の名前を聞いた事があってもおかしくない。松崎先生曰く、脳に強い衝撃を受けると記憶が蘇ったりするらしい。そう考えると頭痛が走った黒宮は記憶を失う前の俺にとって中核をなす人物だったのかもしれない。


「大鴉、お前は黒宮が幾つ頃から外の様子を把握できる様になった?」

『丁度十の歳の時だな』

「そうか・・・俺は自分が黒宮兄妹と近い立場に居たんじゃないかと思い始めている。だから外を知れる状態のお前なら知ってるかもと思ったんだが」

『先程も言ったであろう。知らん。と』

「そうだったな。すまん。少し舞い上がっていたみたいだ」

『構わん。それよりも凉華が戦闘に入ったぞ』


大鴉に言われてその目線の先を見る。場面は黒宮がレッドウルフ三体に囲まれたところだ。


『助けに行かんのか。貴様なら余裕だろう?その右腕を振るえばな』

「流石神様、何でもお見通しってか?俺は行かない。それはお前が一番良く分かってるんじゃないのか」


話している内にも場面は進んでいく。黒宮を囲んでいたレッドウルフ達が一斉に飛びかかる。鋭い爪や牙が迫る中、それに相対した黒宮の動きは単純明快。ただ回転させるように薙刀を一振り。それだけでレッドウルフは消滅した。


「なっ!?」


想定外の結果だ。勿論、負けると思っていたわけじゃない。今の黒宮は想定より、強い。まさかレッドウルフ3体を一撃で倒すなんて。


そのレッドウルフを倒した黒宮が俺の方に走ってくる。


「どうでしたか!?」

「黒宮凄いな。想像以上だよ」

「今は何故か凄く調子がいいんです!」


調子が良い。そうだろうな。端から見てても動きはいつもより俊敏だし見えている霊力も上がっている。理由は察しがつくがここはより詳しい奴に答えてもらおう。俺は大鴉に視線を向ける。


『凉華よ。それは守護霊召喚の副次的な効果だ。守護霊は召喚と同時に契約者へ身体と霊力に強化を行う。今の其方の状態がそれだ。今の其方は非常に高出力の霊力を纏っている。それこそ凡百の陰陽師、退魔士が何人で掛かろうとも太刀打ち出来ぬだろう』

「私が・・・そんな力を?」

「元々のポテンシャルだよ。素直に喜べって」

「ええ、そうですね」


大鴉の解説は俺が思い至ったものとそう変わりはしなかった。だから予想外なのはその上がり幅の大きさだ。守護霊召喚とはここまで能力が上がるものなのか・・・もしここまでのものを一流の陰陽師がやったらと思うと黒宮の母の黒宮遥香は相当な実力者だったに違いない。


『そろそろ時間切れのようだな』


大鴉の体が霊力の塵となって黒宮の体に戻って行く。


『凉華よ。一つ言っておく。其方ならば直ぐに我を喚べるだろうから悲観するでない。それと、この男は信用に値する男であり実力もかなりのもの、困った事があるのならこの男を頼るがいい。そして、本田祐也、貴様にも一つ言って起きたいことがある。そ』

「あっ、消えちゃった・・・」


大鴉は完全に戻ってしまった。・・・・・最後まで言えや!!!言ってから消えろ!!!そ、の続きは何なんだよ!?変な所で終わりやがって!!俺、こういうのめちゃくちゃ気になるタイプなのに!!あのイントロの曲名なんだっけな~?を1日中考えちゃうタイプなのに!!


俺が頭を抱えていると黒宮が見かねたのか声を掛けてくる。


「師匠、気になるようでしたらもう一度大鴉様を喚びましょうか?コツは掴みましたので」


黒宮はそういうが額には汗が見え肩で息をしているのが分かる。こんな状態ではもう一度召喚なんて出来ないだろう。


「黒宮、まず自分の体をいたわれ。じゃないといつか黒宮自身が壊れちまうぞ」

「はい、すみません」


黒宮はばつの悪そうな顔をしている。


「謝んなって。俺の言い方が悪いのかもしれないけどな・・・こっちは黒宮を心配して言ってるんだぞ?それの返答がすみませんって。俺達は何だ?曲がりなりにも師弟だろ。なら返事に謝罪なんかいらない。ありがとう。これでいいんだよ」


何が驚くようなことだったのかは分からないが黒宮は驚いたような顔でこちらを見つめる。そして一拍置いて


「ふふっ。そうですね。ありがとうございます」

「何が面白いのか、少し気になるが・・・それでいい」


ふと思ったんだけど感謝の強要はパワハラじゃないの?だとしたらまたやっちまった訳だが本人が気づいていないからよし。


「疲れてる様だし今日の修行はここまでかな。一日目にしたら充分も充分なほど修行も進んだな。これは次回は二週間後でも良さそうだな」

「毎日は無理ですか?師匠が良かったらなんですけど・・・」

「毎日!?・・・まあ俺は時間作れるが・・・お前はどうなんだよ?ほら、仕来りとか?」

「何とかします!私は一刻も早く守護霊召喚を覚えたいんです!」


黒宮が力強い瞳で俺を見つめる。本気なんだな・・・


「分かったよ。お前が空いてる時間に連絡くれ。俺は基本暇だからな」

「ありがとうございます!!」

「へいへい。じゃあ、帰るか」

「はいっ!」


二人横並びでこの深紅の世界を歩いていく。他愛のない雑談をしたり共通の知人について話したりしていると黒く覆われた正方形の建物が目に入る。次元門を守るための防衛建築だ。


「この辺でさよならだな」


横を向き改めて黒宮の方を見る。


「はい!師匠!今日一日ありがとうございました!!!」


黒宮が大きく頭を下げる。俺は感謝されるような事をやった意識はないが途中で止めるのもおかしい。今回は甘んじて受けさせてもらおう。お辞儀の後、自らゲートを開いて帰ろうとする黒宮を止める。


「ちょっと待った。最後に一ついいか?」

「なんでしょう?」

「生活してて少しでも辛い事や苦しい事と感じた事が有ったら俺に言ってくれ。俺に出来る事なら何でもやるからよ」

「・・・どうして、そこまで・・・」


黒宮が動揺を隠しきれないまま呟く。確かに俺達はまだ二回しか会っていない。普通に考えたら過干渉だろう。それでも


「何つーかな・・・。どうしてかお前をほっとけないんだよな・・・家の事情とか関係なく、ただ一人の黒宮凉華として。どうしても気になっちまうんだ。例えるなら少し歳の離れたかわいい妹?みたいな」

「そう・・・うう」


黒宮が急によろめいたので急いで近寄って抱えた。


「霊力の使い過ぎだな」

「ありがとうございます・・・急に頭痛がしてしまって」

「気をつけろよ?一人で立てるか?」

「ええ、治まったみたいです」

「なら、良かった。気を付けて帰れよ!」


黒宮は一礼した後に軽く手を振りながら帰っていった。それにしても、黒宮のさっきの頭痛。あれは本当に霊力の使い過ぎだったのだろうか?似ていた気がする。俺の時の症状に。もしや黒宮も記憶を失っているというのか?いや、流石に考えすぎか。

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