第54話 旧病棟の秘密

 私とニニカさんは旧病棟まで急いで戻ってきた。病院の人たちは、財前マシロを含めて、ヒナコちゃんの治療が最優先事項で、私たちの動向を気にする人はいなかった。おかげで特に苦も無くここまで来れた。


 私たちが謎の男に攫われた後の事はニニカさんが簡単に教えてくれた。


「ブチ切れたメアリさんがトカゲ男ゾンビをすぐに追いかけたんだけど、外は暗闇だったし、隣の旧病棟の方に行ったことしかわからなかったんですね。これは時間かかるかもと思って、わたしはジョージさんに電話したんですよ。でも場所を伝えるのが難しくって、ちょっと時間かかっちゃいましたけど。その後に旧病棟の方に行って、トカゲ男が通った後を見つけて追いかけたら、気を失ってる財前マシロってお医者さんを見つけて、起こしてあげて。そのまま探し続けたらアピリス先生とヒナコちゃんを見つけたんです」

「なるほど、ジョージがメアリさんを助けに行ってくれてるなら安心ですね」

「いや、でもまだ見つけてないみたいですよ。『旧病棟の中で迷った!』って。ほらメッセージが来てる」

「ええ!?」

「とりあえず合流しましょうー」


 ◆


 大病院というのはただでさえ迷路のようなものだ。慣れていないと自分がどこにいるかすら分からない。それがすでに使われていない、明かりもついていない旧病棟の中ならなおさらだ。暗闇の中、ペンライトの明かりを頼りに探索を続ける。


 ニニカさんが電話で話しながらジョージの居場所へと近づいていく。旧病棟の中は静かなものだった。メアリさんと例の男が戦っているならもっと音がするかと思ったが。そうではないという事は、今は2人は戦っておらず、メアリさんが例の男を見失って探しているのか。・・・メアリさんがすでにやられている、という最悪の事態は、できれば考えたくなかった。メアリさんへ連絡をしても返事はない。とにかく早く探すしかない。


「え!?なに!?どうしたんですか?え?」


 ジョージと電話していたニニカさんが突然そんな声を発しだした。


「どうしたんですか!?」

「いや、ジョージさんが、とにかく早く来てくれって」

「メアリさんが見つかったんですか!?」

「いや、うーん、よく分からないんですよね。とにかくもう近くにいるみたいです!」


 ニニカさんとジョージは、病棟の壁に書かれたエリア番号を伝えあっていた。ジョージが指定した場所は地下だという。すでに大分近づいていたので、私たちは地下への階段を見つけてすぐに駆け降りる。


「こっちだ!!」


 ジョージの声が聞こえてきた。声の元に駆け付ける。そこは、周囲にいくつもの扉が並んだ長い廊下だった。


「ジョージ!」

「センセイ!ニニカちゃんも、大丈夫だったか!?」


 ジョージは私たちの姿を認めると、先ずはその無事に安心したようだ。それは私も同じだった。


「ヒナコちゃんは!?」

「多分、大丈夫です。財前マシロの腕は信頼していいようでした」

「そうか・・・」


 ジョージは改めてホッとした顔をした。


「それで、メアリさんは!?ここは!?」


 今度は私が問いただす。見たところメアリさんも、例の男もいないようだが。なぜジョージがここに私たちを呼んだのか?


「メアリちゃんはまだ見つけられてない。でもここはちょっと見過ごせなかったんでな」


 そう言うと、ジョージは周囲にある扉の一つを顎で指し示す。扉には除き窓がついていた。嫌な予感がしながら、そこから中を覗き見る。


「これは・・・!」


 扉の中は個室病棟のようだった。そこには、異常再生症の患者、それも自我を失いさ迷い歩くしかない、重度の意識障害の患者がいた。


 ◆


 患者がいるのはその部屋だけではなかった。周囲のいくつかの部屋にそれぞれ同じような症状の異常再生症の患者がいた。


「こ・・・これは!!」

「うわぁー、ゾンビがこんなにたくさん!?全員ノーマルゾンビみたいですね?」

「ノーマルゾンビって何なの?ニニカちゃん」

「こういう、由緒正しい普通のゾンビのことですよ。ジョージさんやメアリさんみたいな、普通に喋れたり特殊能力持ってるのはハイゾンビって言うんでしょ?」

「それはダンテ・クリストフたちがそう言ってるだけだけどね」

「ちょっと二人とも、そんな事言ってる場合じゃないでしょ!!」


 私は思わず声を上げて二人を咎めた。この二人、というか主にニニカさんだが、深刻さというものが足りない。まあ、メアリさんのように思いつめすぎるのも心配だが。


「こんな状態の患者をこんな所に!いったい誰が・・・!?」


 私が各部屋の患者の状況を覗き見ていると、後ろでニニカさんとジョージが様々な推理を展開する。


「病院の人が密かに閉じ込めてたとか?実は病院は既にゾンビの事を把握していて、対応に困って、とか。いや!逆に病院がゾンビを生み出す研究をしていたとか!?」

「そういう展開もあるかも知れないけど、それにしては環境が乱雑すぎるよな。研究目的ならもっと整理整頓されて、色んな資料や器具がありそうなもんだ。雰囲気は『使われてない施設に適当にゾンビを放り込んだ』って感じだぜ?やっぱりダンテ・クリストフ一派の仕業じゃないか?この前のあの刑事誘拐事件の時の大男ゾンビも、ゾンビを集めてダンテに渡そうとしていたみたいだし」

「つまりゾンビを集めておくために廃病院を勝手に利用している!?」


 盛り上がる二人の元に私は駆け寄る。


「話せる状態の患者はいないみたいです・・・。ここの患者も心配ですが・・・」

「緊急性でいれば、まずはメアリちゃんを助けに行く方が先、か。仕方ない、今はここはこのままにしておこう」


 私が言いにくいことをジョージが代弁してくれる。ニニカさんもその案に異論はないようだ。私は心の中で患者の皆に謝罪をして、その場を後にしようとした。その時、ニニカさんのスマホが鳴った。


「メアリさんからだ!・・・もしもし?大丈夫ですか?今どこにいるんですか!?・・・え?いまアピリス先生とジョージさんと一緒にいます。・・・・ヒナコちゃんは病院連れてったから多分大丈夫!・・・・はい、はい・・・・。それってどこ!?・・・あー、なんとなく分かりました!はい、多分行けます!!」


 ニニカさんは通話を続けたままこちらに向けて顔を上げた。


「メアリさん、トカゲ男ゾンビを追い詰めたって!今すぐ行きましょう!」

「どこに!?」

「外ですよ!そと。この建物の外だって!」

「外!?」


 この建物からもう出ていたのか。それなら見つからないはずだ。


「外のどこ!?」

「隣にある、廃工場の巨大煙突です!」


 ◆


 私たちが入院していた九定きゅうてい大学病院は元々、大きな製鉄工場群に隣接した病院だったそうだ。その名残で、新病棟の隣の旧病棟、さらにその隣に、大きな工場の跡が建物そのまま残っている。鉄壁の建物、血管のように張り巡らされた鉄のパイプ達、そびえ立ち夜空を黒い影で隠す巨大な煙突の数々。


 今はもう人気のないその場所に私たちがたどり着いた時、激しく何かがぶつかり合う音にまず気づいた。そしてその音の方向を見ると、煙突の合間を縫うように飛び回る二つの影。トカゲのようなしっぽを持つ男と、赤い髪をたなびかせ、同じく赤い刀を携えたメアリさんが、激しい戦いを繰り広げていた!

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