第15話 蘭葉メアリ

「嘘だ!!そんなはずはない!」


 赤髪ゾンビはベッドから身を乗り出して急に怒りだした。これに対してアピリス先生は、彼女が単にゾンビが治ったことを信じられないのだと思ったようだ。優しいお医者さん特有の、患者に寄り添うように語り掛けた。


「安心してください。あなたの病気はちゃんと治療すれば症状を抑えられるんです。今回は勝手に治療してしまってすいませんが、これからも私のところに通院してもらえれば、日常生活も問題なく送れますよ」


 それを聞いて、赤髪ゾンビは安心して喜び、感謝する。そういう反応が返ってくると、アピリス先生はそう思っていただろう。だけど、赤髪ゾンビの反応はそうではなかった。


 赤髪ゾンビは自分の両手の平を見つめながら体を震わせて独り言をわめきだした。


「そんな・・・だって・・・ゾンビになった人間は決して元には戻らないって・・・。だって、そう言っていたのに・・・!」


 突然のことに私もアピリス先生もジョージさんも、どうすることもできず彼女を囲んでオロオロするしかなかった。


「だから私は、!人間に戻せた?だとしたら、私は・・・私は・・・・・!イヤァァーーーーー!!」


 彼女は自分の頭を抱え込み、髪をかき乱し、その場に叫びながら倒れこみ・・・・そしてそのまま、再び気を失ってしまった。


 ◆


 気絶した赤髪ゾンビが再び目を覚ました時、私達は彼女がまた錯乱して暴れだすかもと身構えていたが、実際はそうではなかった。彼女は疲れ切った様子で、ベッドの縁に座ってうなだれているだけだった。事情は分からないが、相当のショックで全く気力がわかないらしい。


 アピリス先生は彼女に上着をかけてやり、温かい紅茶を手渡し、彼女の横に座って寄り添った。しばらくすると多少は落ち着いたのか、彼女はぽつりぽつりと事情を語りだした。


 彼女の名前は蘭葉らんばメアリといった。


 ◆


 蘭葉メアリはこの春、大学入学に伴いこの街に引っ越してきた。新大学生として、それなりに楽しく過ごしていた。その一方で多少の悩み事もあった。同じ高校から一緒に入学してきた友人、保谷ほたにルイとのことだ。悩みと言ってもほんの些細なことだ。もしが無ければ、後々笑い話になるか、もしくはすっかり忘れてしまうか、その程度の話だっただろう。


 新しい環境に変わった時にはよくあることだ。メアリとルイは大学に入っても変わらず友人であったが、メアリにはメアリの、ルイにはルイの、新しい友人関係が生まれる。それはいいのだが、ルイは自分の新しい友人の輪に、メアリを入れようとしてきた。一方メアリは、ルイの新しい友人達は自分とは趣味趣向が合わない、と感じていた。最初は仲良くなれるかも、と前向きに参加していたが、好みや相性というのはどうしようもないのだ。無理につき合う必要はない、と思い、ルイにその旨を伝えた。ルイとは変わらず友人だが、ルイの友人との集まりには呼ばなくていいよ、と。しかしルイはその話を聞いて不機嫌になってしまった。彼女は「みんなで仲良く」したかったようだ。


 そうしてルイとの関係が微妙になったタイミングで、さらにメアリにとって気乗りしないイベントが訪れた。ルイの友人グループに誘われた肝試しだ。最近話題になってる都市伝説、ゾンビが現れるという廃ビルに皆で行こうというわけだ。ゾンビの噂はともかく、不法侵入じみた事をするのは嫌だったのだが、ちょうどルイとの関係が微妙になったタイミングだったので、断るとさらに関係が悪化するかも、と思い、参加することにしたのだ。


 ルイの友人の車で向かった先は山奥のビルだった。メアリとルイを入れた合計6人で建物に入る。人の気配は無いが廃墟というわけではなさそうだ。しかしカギはかかっておらず、素直に入れた。それがまた不気味でもあったが、しばらくは何も起きなかった。ルイと友人たちは懐中電灯で辺りを照らし、キャーキャーと騒ぎながら歩みを進めていたが、とある広い部屋に足を踏み入れた時に異変が起きた。


 突然、入ってきた部屋の扉が閉まったのだ。誰も触れていないはずなのに。全員驚き、無言になる。そして・・・・


 ギシリ・・・


 何かがきしむ音。それは―――上から聞こえてきた。

 彼女たちが頭上を見上げると、天井を這うように男が

 懐中電灯の光に照らされ、青緑色の肌はぬらりとした光沢を見せ、丸く大きい目は黄色く光っていた。巨大なトカゲを思わせる異様な体勢。

 メアリたちは悲鳴を―――あげる暇も無く、上から飛び掛かってきたその男の爪に悉く体を貫かれ、意識を失った。


 ◆


 メアリが次に目覚めた時、目の前に広がっていた光景は地獄のようだった。血まみれのルイと友人達。それが、生気と正気を失い、焦点の定まらない瞳、そして青緑色にくすんだ肌で、今まさにメアリに掴みかかろうとしていたのだ。それはまさに彼女が都市伝説に聞いたゾンビそのものだった。

 まさか本当にゾンビがいるなんて・・・。いや、ルイがゾンビになるなんて!


 メアリは訳も分からずパニックになったが、自分の身を守るための防衛本能だけでその場から立ち上がり、逃げだした。部屋の入り口の方はゾンビ達がいる。反対側の部屋の端に追い詰められるように逃げる。


 すると、その先の机に一人の男が座っているのが分かった。またゾンビかと、メアリは身構えた。先ほど天井に張り付いていた男かも知れない。だが、違うようだった。その男の肌は青緑色ではなかったし、その目は正気を失ってもいないようだった。だがあまりにも場違いだった。金髪碧眼、端正な顔立ち。白のスーツに身を包んだ、すらりとした長身の男。


 彼は優雅な微笑みを讃えたまま、メアリに語りかけてきた。


「かわいそうに。あなたもゾンビになってしまったんだね」


 そう言われた時に初めて、彼女は自分の異変に気づいた。


 まず髪が異様に長いことに気づいた。その長い髪を手に取ると、黒髪だったはずの自分の髪は鮮やかな赤色になっていた。そしてそれと同時に、自分の手、自分の肌が青緑色になっている事にも・・・・。


 男はさらに続ける。


「私はダンテ・クリストフ。ゾンビになったあなた達を、救ってあげよう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る