第16話 救い

「ゾンビ!?ふざけたこと言わないで!!」

「ふざけたこと?あなたも、あなたの友人たちもどう見てもゾンビだろう」


 目の前の金髪碧眼の男、ダンテが、掌を上にしてメアリの後ろを存在を示す。メアリは、先ほど見た光景が夢であってほしいと思いながら振り返るが、現実は変わらない。ルイや友人たちは、ダンテの言う通り、だ。うめき声をあげながらゆっくりとした動きでこちらに迫っている。今はまだ部屋の反対側にいて距離があるが、しばらくしたらメアリとダンテがいる場所までたどり着くだろう。


「でも私はちゃんと喋れてる!あんな風になっていない!」

「ゾンビのなり方には個人差がある。あなたは特別なゾンビになったということだ。でもゾンビであることは変わらない」

「特別な・・・・!?」


 その言葉は気になったが、もっと大事なことがある。


「じゃあ助けて!私達を助けてくれるんでしょ!?早くゾンビから治してよ!!」


 助けてあげる、ダンテは確かにそう言った。元よりパニックになっていたメアリはこの得体のしれない男に縋るしかなかった。だが、その期待はすぐに打ち破られることになる。


「治すのは無理だよ。一度ゾンビになったら元に戻ることは無い」

「え!?」

「ゾンビになった者は、いずれ必ず彼らのように自我を失う。ただあるのは人の肉を食らいたいという欲望だけ。体は崩れ、その痛みに苦しみながら、獲物を求めさまよい続けるしかないんだ」

「そんな・・・・」


 告げられた残酷な運命にメアリは一瞬言葉を失う。


「そんな!助けてくれるって言ったじゃない!!」


 ダンテに縋りつき、後ろに迫るルイ達を振り返る。メアリの頭の中は恐怖と困惑でメチャクチャだった。ルイ達も助けてほしいのか、それとも襲ってくるルイ達ゾンビから助けてほしいのか、自分自身でも分からなくなっていたが。とにかく叫ぶしかない。助けてと。


 それに対してダンテは妖艶の笑みを浮かべながら答えた。


「言っただろう。ゾンビになった者は治ることは無い。救うには、殺して楽にしてあげる事だけだ」

「殺す・・・?」


 ゾンビを殺す?ルイ達を・・・?いや・・・・


「殺す?私も・・・?」


 ダンテはメアリもゾンビだと言っていた。だとすれば自分のことも殺そうと言っているのか?


 縋りついていた手を緩め、メアリはダンテの表情を伺い見る。

 彼の表情は変わらず笑みをたたえていて、その真意は読み取れなかったが、その代わりにメアリにとっては全く想像できない答えを口にした。


「彼らを殺してあげるのはあなただよ」

「・・・え?」

「言っただろう。あなたは特別なんだ。自我もハッキリしているし、そして特別な力がある。とても強力な能力が目覚めるはずだ。その力でお友達のゾンビを殺してあげるんだ」

「何言って・・・」

「それが出来なければあなたはお友達に食われて、先に死ぬだけだ」

「何言ってるの!!?」


 つらつらと語り続けるダンテを遮り、メアリは叫んだ。もう限界だった。いや、とっくに限界は来ていたのだ。受け入れがたい事実を立て続けに突き付けられて、もう叫ぶしかなかった。


 だがダンテは全く意に介さないようだ。


「何度も言うが君は特別なんだ。お友達を・・・ゾンビを安らかに救ってあげられるのは君しかいない。もちろん、キミもゾンビとしていつか自我を失う時が来るだろう。だがそれまでは・・・他のゾンビ達を君が救うんだ」

「もうやめて!助けて!私を助けてよ!!」


 メアリはもう一度ダンテに縋りつこうとした。だが、次の瞬間ダンテは幻のように消えてしまった。支えを失ったメアリは床に倒れこんだ。すぐに周囲を見渡すが、どこにもダンテはいない。目に入るのは、メアリにもう少しでたどり着こうとしているルイ達ゾンビの姿だった。


「そんな・・・・」


 頼るものの無くなったメアリは壁に手をつきゆっくりと立ち上がる。そしてルイが目の前に迫る。高校時代からずっと見慣れていたルイの顔だ。それが今は、肌は青緑色に変色し、血まみれで生気なく、それでいて明確にこちらに掴みかかり、その口で自分を食い殺そうとしている。


 友人の変貌を悲しむべきだろうか。だがメアリは、あまりの死への恐怖、それを振り払うことで頭がいっぱいになった。とにかく、とにかく・・・死にたくない!


「いやああああ!!」


 目をつぶると同時に、思わず体が動いた。自分でもなぜかわからないが、両手を上にかかげて、そして握りしめて振り下ろす!

 握りしめる。何を?

 自分で疑問に感じて目を開けるとその手には赤い刀が握られていた。

 振り下ろしたその刀に打たれたルイは足元に倒れこんでいた。斬れたわけではない。だが、その時メアリは、この刀の事が、自分の力の使い方が不思議と理解できていた。無我夢中だったが、とにかくどうすればいいのか体が知っていたのだ。


 別のゾンビもメアリに迫る。


「うわああああ!」


 そちらも刀で殴り倒す。

 だが、先ほど打ち倒したルイがまた立ち上がって襲ってくる。殴りつけるだけじゃダメなんだ。やっぱり、あの男が言った通りんだ。


 再び迫るルイ。友達ではあったが、親友という程ではない。何よりも大切な人とはいうわけではない。


 でも、友達だった。


 でも――――


「うわああああああ!!」


 刀を振り下ろす。恐らく一番殺せる場所。首に。

 自分の力を使いこなすのは、意識せずとも自然と出来た。刀はメアリの赤く伸びた髪の毛が集まって出来たものだ。その刀を振り下ろせば、刀から放たれた髪の毛がその場所に巻きつく。そして刀を振りぬくことでその髪の毛は引き絞られ、強力なピアノ線のように、巻きついた部分を切断するのだ。

 そう、その首を斬り落としたのだ。


 ゴトリ・・・


 これまで以上に現実味のない光景ができあがった。

 友人の首が地面に落ちた。


 無我夢中だった。だが明確な意思をもってルイの首を斬り落とした。

 もう戻れないと思った。

 それと同時に自分に言い聞かせる。

 これは、救いなのだと。ゾンビは治ることは無い。だから自分が、殺して、救ってあげるしかないのだ。

 すべてのゾンビを。

 そうでなければ・・・・ルイを殺した事が間違っていたことになってしまう―――。


 その時、部屋の奥で何かの叫び声が聞こえた。


 男だ。今まで気づかなかったが、一緒に来たルイの友人達ではない。サラリーマン風のスーツの男。知らない男。だが、それもゾンビであることは、肌の色を見ればわかった。それが叫んだらしい。そして、その場から逃げようとしている。


 人殺し――――と叫んだ気もする。


(違う、私は人殺しじゃない)


 メアリは自分に言い聞かせる。そして先ほど立てた誓いを叫んだ。


「逃げるな!ゾンビは全部、私が殺してやる!」


 その夜メアリは人間ではなくなった。ゾンビでありながらゾンビを狩る者。

 深紅の獣。『クリムゾンビースト』となったのだ。

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